HR終わりの隙間時間

HRで佐渡島が連絡する。

今日一日の授業スケジュールと提出物を確認して、一か月後に体育祭があるから六限のロングホームルームで役職決めをするということをアナウンスして解散になった。

解散と言っても授業はクラス全員同じだから、解散したのは佐渡島だけなのだが。


必要最低限のことしか言わない佐渡島のおかげで、一限まですこし時間ができる。この隙間時間にトイレに行くものや、予習に励むもの、近くの友達と喋るもの人によってさまざまだ。

わりあい喋り出すひとが多いから、けっこうクラスの中はガヤガヤしている。


この教室は黒板に向かって右側に廊下があり、寺木の席は廊下側から二列目で前から数えて三番目のところにある。


「一限目化学ここでやるんだよね?」


静岡がたずねてきた。静岡の席は一番廊下に近い列で、僕から見て右斜め前にある。


「今日はそうだったはず」

「いやだなぁー」


静岡が嫌がっているのは、化学の授業を教室でやることではなく、科学の授業すること自体だ。

というのも静岡は他の科目はすべて学年十位以内に収まるレベルでできるのに、理科科目だけは——本人曰く——下から数えたほうがはやいというほど苦手なのだ。


「話聞いてりゃいいだけじゃん」

「……だって綿貫先生、僕にばっかり答えさせるから……」


綿貫というのは頭部がツルツルの中年化学教師で、他は優秀なのに理科だけできない静岡を面白がって質問攻めするのだ。


「あ~、昨日もおまえ、炎色反応の色答えられなくて泣きそうだったもんな~」


この声は佐々木だ。


「んなっ、泣くわけないだろっ!」

「嘘つくなって」


会話を聞きつけた佐々木が教卓の上からあざ笑うような表情で静岡を見下ろしている。


「授業中に泣くようなヘタレじゃないよっ」


佐々木が教卓から降りて、静岡に近づく。


「ふーん、じゃあ授業中じゃなかったら泣くってことね」

「そういうことじゃな……」


佐々木が静岡のあごを掴んで引き上げる。

静岡の眼鏡がずれて、切れ長の眼があらわになる。


「……んあ、ちょっ、やめろって!」


両手で佐々木の腕を払いのける静岡。

佐々木の右手がぶわりと揺れる。


「ふんっ」


佐々木は不満そうに静岡を見下ろし、すたっと踵を返して自分の席に——佐々木の席は中庭側、つまり僕と静岡と反対側にある——戻っていった。



僕は動物園で柵の外から眺めるような気持ちで、ほほえましく観ていた。


「……」

「なんだよ」

「い、いや。なんかいいなぁと思ってww」

「……なんだそりゃ」


静岡は顔を赤らめていたようにもみえたが、小さな声で「ったく……」とつぶやくと肘にあごをのせて正面に向き直ってしまった。



二人がとても仲がいいことはわかっていたけど、僕の知らないこともあるかもしれないなぁと想像することしかできないのだった。

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