第49話 『聖女』は眼鏡を装備する

 瑠美夏と君塚君と色々あった週の土曜日。

 今日は柊さんのお屋敷で、竜太も入れた三人で勉強会をすることになっている。

 中学時代。僕は真ん中より上の順位をキープしていたし、柊さんは学年一位を常に取っていたと聞いているので、今回は竜太の学力の底上げだ。

 竜太は体育会系だけど、それでも勉強ができる方だ。けど、もう少し順位を上げたいと言ってきたので、今日の勉強会が決まった。

 昼食を食べた僕と柊さんは、僕の部屋でコーヒーを飲みながら二人で竜太を待っていた。

 今日の柊さんの服装は、白のロングワンピース。

 柊さんの清楚さをさらに引き立たせる装いだ。

 最近、柊さんを見ているとドキドキするんだけど、今日はそれだけじゃない。

 なんか、こんな白いワンピースを着ていた女の子を、子供の頃に、どこかで見た記憶があるんだ……。

 どこだったか、そしてそれが誰だったのかは思い出せない。でも、別れ際に名前を教えてくれたような気もするけど……うーん。

「上原さん。どうかなさいましたか?」

「えっ!? いや、なんでもないよ。あはは……」

「? そうですか」

 柊さんは首を傾げた。そんな姿も可愛く見える。

 これ以上思い出そうとしてもわからないから、今はこのあとの勉強会に集中しよう。

 そのとき、部屋のドアがノックされた。

「はい」

「お嬢様、上原様。坂木様がお見えになりました」

 僕はドアまで駆け足で行った。

「いらっしゃい竜太」

 ここは僕の家ではないから、「いらっしゃい」はどうかと言ってから思った。

「よ、恭平。柊さんも」

「こんにちは坂木さん。加奈子さんもありがとうございます」

「恐縮です。では私はこれで。何かあればお呼びください」

「瀬川さん。案内ありがとうございます」

 瀬川さんは一礼してドアを閉めた。


「へぇー、いい部屋だな。それにちゃんと片付いてるし。さすが、柊さんの屋敷と恭平の主夫力しゅふりょく

 竜太は僕の部屋を見渡して言った。というより。

「ねえ竜太。主夫力ってなに?」

 そんなこと初めて言われたんだけど……。

「そのままの意味だよ。普段から思ってたけど、高校一年……いや、もっと前からか、とにかく男子でここまで家事ができる奴も珍しいだろ? お前もう主夫を仕事に出来んじゃね?」

「それに、屋敷の人も言ってました。上原さんの部屋は片付けが行き届きすぎて仕事のしがいがないって」

「そ、そんなに!?」

 普段家でもしてきたことをここでもやってるだけなんだけどな。

 それに、ここにいるあいだは料理をしなくていいから、その分の時間を掃除や整頓に費やせるんだよね。

「極めちまえよ主夫道」

「き、極めるとかは考えてないよ。それに就職はちゃんとするつもりだし」

 その、もし将来誰かと結婚して、その相手がバリバリのキャリアウーマンで、どうしても家庭に入ってくれって言われたら考えないでもないけど、それはレアケースだと思うから、やっぱり僕は普通に就職かな?

「毎日お前の手料理を食べられる奥さんは幸せだぞ」

 そう言って、竜太はなぜか柊さんを見てにやにやしている。

「さ、坂木さん? なぜわたくしをそんな顔で見てるのですか?」

 柊さんも竜太の視線を不審……いや、なんか顔がひくついている。どうして?

「いや別に~? 俺は柊さんに同意を求めただけなんだが、どうして柊さんはそんなに焦ってんだ?」

「…………もぉ、坂木さんはいじわるです」

 柊さんは頬をぷっくりと膨らませた。

 こんな『聖女柊さん』の一面を見れることこそレアケースなのでは?

 僕は柊さんを見てドキドキしている。

「あはは、悪い。じゃあ二人とも、悪いけど勉強を見てほしい」

 竜太の一言で勉強会が始まった。

 基本、僕と柊さんが竜太に教えるといった感じだけど、僕もテストに向けてしっかりと復習をしておかないと。

 柊さんには敵わないかもだけど、少しでも上の順位を目指すためにも。

「なあ恭平。ここなんだけど」

 今は数学。

 竜太は時々こうやって質問をしてくるんだけど、なぜか僕にばっかり質問してくる。

 僕も理解している箇所は多い方だけど、やっぱり分からないところもあるわけで───

「ごめん竜太。これは僕も分からないや」

 このような事態になるわけで、こうなると柊さんを頼るしかない。

「そっか。柊さん、ここ分かるか?」

「はい。任せてください」

 そう言って柊さんはメガネを装着した。

「え!?」

「ん? どした恭平?」

「上原さん?」

 竜太と柊さんは、「何かおかしなところでもあった?」みたいな顔で僕を見てくる。

 柊さんが頭をこてんと傾げてるのがかわい……じゃなくて!

「柊さん、そのメガネ……」

「メガネがどうかしましたか?」

「いつもつけてたっけ?」

「いえ、今回は少し気分を変えようと思いまして、メガネをかけてみたんですが……へ、変でしょうか?」

 変なんてとんでもない! そのメガネをつけることで柊さんの魅力がさらに引き出されているし、見たことがない柊さんのメガネ姿に、僕の心臓がすごくドキドキしてる。

 だけど、それを直接言う勇気がもてない僕は、首をぶんぶんと横に振った。

「恭平は柊さんのメガネ姿にドキドキしてるんだよ」

「ぴゃっ! ……そ、そうなのですか?」

「ち、違くて! その、いつもつけないのに、珍しいなって……」

 竜太はニヤニヤしながら僕の心を見透かして、それを聞いた柊さんが頬を赤く染めながら、上目遣いでおそるおそる聞いてくる。

 その姿も破壊力抜群で、僕はつい否定的に答えてしまった。

 柊さんは頬を赤くして俯き、両手を膝の上に置いた。

 ただ、柊さんの腕はピンとまっすぐ伸びていて、その両腕の間に柊さんの豊満なバストがはさまって……。

 い、今は柊さんを見ない方がいいな。

「と、というか、竜太は見たことあるの? 柊さんのメガネ」

「俺はお前ほどうぶじゃないってだけだ」

 モテるから、柊さんがメガネを装備していてもさして気にならないのかな?

 それとも、柊さんのメガネ姿を見慣れてるから平然としていられるのか……。

 最近、柊さんと仲良いし、そんな機会があっても不思議じゃないもんね。

「っ!」

 って、なんでそんなことを思うんだよ僕! 竜太と柊さんが仲良いのは喜ばしいことじゃないか!

 なのに、それを思うと心が無性にザワザワする。

「っと、それより柊さん。ここなんだが……」

「あ、ここはですね───」

 柊さんは自分のノートの端に、竜太が質問してきた箇所の公式を書いている。

 身体は離れているんだけど、竜太も柊さんが書いている式を見ようと顔を近づけているから顔だけは近い。

 お互いに意識してないから平常心なのか、それともそれが二人の距離なのか……。

 だ、ダメだって! 今はテスト勉強に集中しないと!

「ひ、柊さん。ここってどうやって解けばいいのかな?」

 途中、僕も分からない問題があり、柊さんに聞いた。

「はい。ここはですね、ここをこうして───」

 柊さんはまるでなんでもないようにスラスラと問題を解いていく。そしてすごく分かりやすい。

「───と、このように解けばいいですよ」

「なるほどね。ありがとう柊さん」

「い、いえ。……これくらいは」

 僕がお礼を言うと、柊さんはなぜかまた顔を赤くして俯いてしまった。

 竜太がそんな柊さんを見て、またニヤニヤして、それに気づいた柊さんがまた頬を膨らませて不満を表現していたが、竜太はそれを軽くあしらっていた。

 はたから見たら、この二人は本当にお似合いなんだけど、やっぱり見ててザワザワする。

 それからもテスト勉強は三十分ほど続き、休憩になった。

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