第39話 『悪女』は恭平を睨む

僕が教室に入ったのは、予鈴が鳴る五分前だった。

「お、上原。おはー」

「上原君。もう大丈夫なの?」

「前見た時はやつれて見えたけど、元気そうで良かったよ」

僕の姿を見たクラスメイトが、声をかけてくれた。みんなの声が嬉しい。

柊さんは既に教室に入っていて、クラスメイトの女子と談笑をしていた。

カラオケの迎えもあったし、柊さんは近くまで車で来ているのかもしれないな。

柊さんが僕に気付き、笑顔で手を振ってくれた。

「っ!」

柊さんにドキッとしつつ、僕は控えめに手を振り返した。

……僕、柊さんのこと、本当に何も知らないな。

それから僕は、瑠美夏をチラッと見る。

パッと見は変わらないけど、制服にシワになってるし、顔色もあまり良くない。

僕がいなかったから、食事もコンビニやインスタントで済ませ、家のことはほとんど手付かずなんだろうなぁ……。

僕が瑠美夏を見ると、瑠美夏は僕を睨んできて、僕の口から「ひゅっ」と声が出る。

やっぱりまだ、あの時の光景がフラッシュバックして身体が震える。

でも、瑠美夏とちゃんと話さないと。いつ瑠美夏が来ても良いように、覚悟だけはしておこう。

僕は、体の震えを気合いで止めて、自分の席につき鞄を置いた。

ちょうどそのタイミングで、竜太が僕の席にやってきた。

「おっす恭平。もういいのか?」

「おはよう竜太。うん、だいぶ良くなったと思う。ありがとう竜太」

「俺はお前のためにそこまでした覚えはないよ。お前がこの短期間でここまで笑顔を見せれるようになったのは、やっぱり柊さんのおかげだろ」

後半部分は僕に顔を近づけて小声で言ってきた竜太。

「そう、だね」

「……柊さんに惚れたか?」

「な、何言ってんの!? 僕は別にそんなんじゃないよ!」

竜太がとんでもないことを言ってきたので、僕は慌ててしまった。顔が熱いよ。

その時、本鈴のチャイムが鳴り、同時に担任が入ってきた。

「お前ら席に着けー。ホームルーム始めるぞー」

「ま、頑張れよ」

竜太は一言だけ告げると、僕の肩をポンと叩いて自分の席に帰っていった。

柊さんとは、そんなんじゃないから。

「お、今日は登校してきたか上原。もう大丈夫なのか?」

先生がそう言うと、クラスメイトみんなが僕を見た。あまり目立つの好きじゃないんだけどなぁ……。

「は、はい。ご心配おかけしました」

「病み上がりだからな。体調が悪くなったらすぐに言えよ。それじゃあ日直、号令を」

日直の男子が号令を出し、その後はショートホームルームで簡単な連絡事項(ほとんどが来週からの中間テストのこと)を担任が伝えた。


それから午前の授業が始まった。

少し久しぶりの授業だったけど、竜太と柊さんがノートを見せてくれて、復習もちゃんとしていたから、ついていくことができた。

ただ、体力に自信のない僕は、少し久しぶりの授業で少しだけ疲れた。体力作り、しないとな。

そして休み時間は竜太と柊さんがずっと僕と一緒にいてくれた。

瑠美夏が僕に接触出来ないように、僕のそばにいてくれたんだろうけど、流石に十分の休み時間で瑠美夏が行動を起こすとは考えにくい。

実際に行動は起こさなかったけど、休み時間の度、最低一回は僕を睨んできた。やっぱり僕に言いたいことがいっぱいあるみたいだ。

瑠美夏の家、今はどうなってるんだろう? あ、でもおばさんが帰って片付けしてくれていると思うから、やっぱり家の中は綺麗だったり。

でも、おばさんはかなり忙しくしている人で、朝早くに仕事に行き、帰りも夜遅くになる。その為、最近僕も全然会ってない。

数年前に離婚して母子家庭となったから……おじさんからの養育費はあるみたいだけど、やっぱり大変なんだろうな。

小泉夫妻が離婚したばかりの頃、おばさんに言われたことがある。

『私が家を空けてる間、娘のことよろしくね。恭平くん』と。

僕はその頃から知らず知らずのうちに瑠美夏に好意を抱いていたと思うし、おばさんも尊敬していたから、僕は二つ返事で了承した。

僕は瑠美夏のために一生懸命家事を覚え、瑠美夏のためにひたすらに家のことをやった。

主夫みたいだと思ったけど、僕はそれでも瑠美夏を支えられていると思っていた。

……でも、そう思っていたのは僕だけだった。

瑠美夏は、僕を恋人として見てくれていなかったのが本当にショックが大きかった。

竜太と柊さんに助けてもらってなかったら、今頃僕はどうなっていたのか……想像するのも怖かった。

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