勇者「魔王様、内政の時間です」~元ブラック企業サラリーマンが、スローライフしたい最強のぐうたら魔王と理想主義の謀略家聖女とする王国改革~

ユキミヤリンドウ/夏風ユキト

第1話 日本人コンサル、異世界に勇者召喚されるも魔王に敗れる

 魔王の一太刀が俺に突き刺さった。

 防壁が砕けて肩から腰に掛けて焼けるような痛みが走る。


 愛用の聖剣レヴァンティンが少し離れた地面に突き刺さっているのが見えた。

 立ち上がろうとしたが、足が立たない。もうレヴァンティンを抜きに行く力もなかった。


「終わりだな、勇者よ」


 黒い鎧に黒い仮面をつけた魔王ガリア―ドが言った。

 ちょっと甲高い声。俺より小柄で華奢な女の子のようにも見えて、最初は少し侮ったが……実際に剣を交えるとその強さは魔王と呼ぶにふさわしかった。


 横では相棒であるハイエルフのユーリが項垂れていた。

 彼女も魔力を使い切って立ち上がる気力もなさそうだ。


 ここは魔王領の都市マルセレの近くだ。

 妖精族と魔族が睨み合いを続ける最前線。


 魔王ガリア―ドを倒すべく魔王領に潜入して3か月目。こいつが少人数の供だけを連れてマルセレの視察に来ることを掴んだ。

 頼れる伝手があるわけでもない、魔族の風習も知らない俺たちが魔王領で自由に動き回ることは難しい。

 どうしたものかと思っていた……そんな時に普段は魔王領の奥に居る魔王が前線に来るという話を聞いた。


 正直罠かとも疑ったが、千載一遇のチャンスだった。

 やるしかない、と思って仕掛けてみたが……罠ではなかった。単に相手が強かった。


「さすが妖精どもの最後の希望の勇者。

単身で乗り込んできた勇気とここで私を狙った知略、そして素晴らしい戦いぶりだった。名を聞こう」

「……ケントだ」


「……聞かぬ名だな……それに見慣れぬ姿だ。ドワーフでもない、エルフでも、小人族リリパットでもない。何者だ?」


 魔王ガリア―ドが首をかしげた。


人間ヒューマンだよ」

「ほーう、人間……人間とはそう言う姿をしているのか、初めて見たぞ」


 ガリア―ドが重々しい口調に似合わない好奇心を感じさせる口調で言う。


「耳も尖っていないし、エルフよりは体格がいいが……ドワーフや小人族リリパットより背が高い。しかし獣人ほどは大きくないな。なんというか、中途半端だな」


 ガリア―ドが珍しそうに言う。

 まあこの世界には俺以外には人間はいないらしいから珍しいのは分かる。


 人間、というか、正確には吉村賢人。26歳の元日本のサラリーマンだ。

 ブラックなコンサルタント会社の中間管理職。


 会社では上と下に挟まれ、仕事では顧客や利害関係者の調整に明け暮れる俺だったが、疲れ果ててうちに帰ってきたら部屋の中に光る球体が浮いていた。

 勇者召喚の儀式の球形多層魔法陣だったらしい。

 そしてその儀式なるもので、この中世ファンタジーのような世界に引っ張られたのが1年前。


 この世界には人間はいない。というかかつては居たらしいが滅びてしまったんだそうだ。

 戦争なのか、それとも疫病とかなのか他の理由なんだか、その辺は分からないが。


 俺を召喚したイーレルギア森王国はエルフが治める国だ。

 そして、イーレルギアを含めた4か国は、魔王とやらと戦い続けて敗退寸前だった。


 そして、戦況を打開するための窮余の一策として勇者召喚なる魔法を使ったらしい。

 なんでも、何度も失敗した挙句、ようやく成功して連れてこられたのが俺だったそうだ。

 ……俺の意思はどうなっている。


 とはいえ、勇者適正なるものが俺にはあったらしい。それは本当だった。

 誰にも使えない王国の国宝、聖剣レヴァンティンを使う事が出来た。

 そして魔王と戦って世界を救ってほしいと言われたわけだ。

 

 勇者よ、選ばれしものよ、その力を持って魔王を倒してくれ、世界に平和をもたらしてくれ……このセリフをリアルに聞くことになるとは思わなかった。

 こういうのはゲームとかでよくある話だが、自分の身に降りかかると酷い話だと思う。

 

 美人の姫様と結婚できるとしてもまったく割に合わないし、王になるなんて実際は面倒なだけだ。

 世界の半分なんて貰っても困る。初期装備が銅の剣と布の服じゃない点は良心的だと思うが。


 そもそも、少数のパーティで魔王の城まで行って魔王を倒せなんて、無茶ぶりにもほどがある。

 本当に魔王を倒すならもっと周到な計画を立て組織的に戦うべきだろうが。本当に倒す気があるのか


 とはいえ、勇者適正と言うのは確かにすごかった。

 俺の力は並みの魔法使いや剣士の500人分以上に匹敵する。いわゆる国一番の騎士とか魔法使いも俺の足元にも及ばなかった。


 そう言う意味では仲間を連れてきても大して意味は無かっただろう。

 足手纏いになるだけだ。


 イーレルギア森王国の隣国、イシュトヴェイン魔法王国の宮廷魔導士、ハイエルフのユーリだけは俺に近い力をもっていた。

 王の一族であり120歳にして全系統の魔法を使いこなす天才魔法使い。


 ……120歳と言うと俺的には色々と思うところはあるんだが、ハイエルフにとってはまだ若者ってことらしい。

 話によると寿命が600年くらいだそうだが、見た目は20歳くらいにしか見えない。


 銀色の長い髪をもつその美しさがエルフ以外の他国でも称えられるほどの才媛だ。

 そんな義理もないだろうに、一人で魔王領に行かせられそうになった俺について来てくれた。


 細心の注意を払って魔王領に入り込み、魔王を奇襲した。

 俺を召喚したイーレルギアの騎士団長殿は、堂々と魔王城に行き、名乗りを上げて魔王を打倒すべき、と言っていたが。

 正気じゃない。正面突破なんてしても成功するはずもない。


 限られた状況ではあったが、出来る限りの計画は立てた。

 この町に来るという魔王の行動とかを調べ上げて一番手薄になり、援軍が割って入ってこない場所で仕掛けた。


 だが魔王とその左右に控える側近は俺の予想以上に強かった。

 勇者適正がある俺と互角以上に戦えるくらいには。


「すまない、ユーリ」

「いえ……ケント様。あなたこそ、他の世界からきて私たちの戦いに巻き込んでしまって」


 ここで死ぬのか。

 日本に置いてきたものが色々と思い出される。家族、友達。色々やりたいこともあったが。

 魔王が俺達を見下ろした。 


「お前らの強さと勇気に免じて殺しはしない」

「殺しなさい!魔王の情けなど受けません!」


 ユーリがそういうと、魔王が首を振った。


「そうではない。我々は強きものに敬意を払うのだ。連れていけ」


 こうして俺達は魔王城に連行され、尖塔の最上階の部屋に閉じ込められた。



 俺達は文字通り、妖精族の最後の希望だった。

 俺達に匹敵する能力を持つ奴はいない。


 高い尖塔の小部屋の上から遠くを見る。

 遠くて見えないが、荒れた感じの地肌が広がる魔王領の大地の向こうにはイーレルギア森王国とかの国があるはずだ。

 俺達は此処で妖精の世界が蹂躙され支配されるのを見ることになるのか。


 ユーリが悲し気な目で妖精の国の方を見ていた。

 俺にとっては突然連れてこられた世界だが、彼女にとってはかけがえのない故郷だ。


「これからどうなるんだ?」

「恐らくですが……イシュトヴェイン、イーレルギアを含む4か国賢人会議が行われます。

その場で魔王に4か国の王の座が与えられるでしょう。私たちが倒された今、魔王に対峙できるものはいませんから」


 確かに、俺たちで勝てないならあいつに対抗できる奴はいるまい。

 俺やユーリは騎士団一つくらい単独で相手どれる。俺たちを退けたんだ、


 しかもあの側近も恐ろしい剣士と魔法使いだった。4王国すべての軍隊でかかっても死体の山ができるだけだろう。

 供を殆ど連れずに移動していたのは、油断していたとかそういうのじゃない。

 あの連中が最強で、他の護衛なんて必要なかったんだろうな。


「きっと多くの血が流れます」 


 ユーリが悲しそうに言った。

 あのガリア―ドが王の座についても大人しく従う国ばかりじゃないだろう。エルフは誇り高く、ドワーフはタフで頑固だ。無謀と分かっていても戦い続ける奴はいる。

 1年もいれば俺にも親しく付き合った人はいる。せめて少しでも平穏であってほしい。


 ……その後、俺たちは魔王城に幽閉され続けた。

 とはいえ、牢に押し込められるというほどでもなく、待遇は悪くはない。

 部屋は飾り気がなくて簡素だが必要なものは揃っているし、召使が毎日掃除してくれるから清潔だ。

 

 食事も魔王領の料理の上等なものが出てくる。

 魔王領の料理は、煮ただけとか焼いただけとかのシンプルなものだが、香草とかスパイスが効いた刺激的な料理だ。

 ユーリは不慣れなようだが、俺としては東南アジアとかインド風のエスニック料理って感じで美味い。

 3か月も潜伏していれば魔王領の料理にも慣れたが、気を使ってくれているのが分かる。


 魔王城の中なら割と自由に歩き回れた。

 この待遇を見る限り魔族は強さに敬意を払う、という言葉はどうやら嘘ではないらしい。


 俺はレヴァンティン、ユーリは魔法の発動をするための真理エメスの錫杖を取り上げられていたから戦闘力は無かったが、それでも扱いは丁寧だ。

 俺たちへの敬意というか、あの魔王と互角に戦ったという畏れのようなものを感じるが。


 とはいえ、囚われの身であることには変わりない。

 妖精族の王国との交渉とかがどうなっているかとかという情報は教えてもらえなかった。


 何も分からないというのは嫌なもんだ。

 世界から自分が切り離されて暗い海にぽつんと浮いている気分になる。


 そしてそんな感じで日々が過ぎた、半年後。  

 けだるい昼下がり、ドアがバンと開かれた。


「どういうことよ!」


 一人の女の子が部屋に怒鳴り込んできた


「えっと……」

「誰?」

「は?何言ってんの、アタシが分からないわけ?」


 その子が露骨に不思議そうな顔をするが、分からない者は分からない。

 会ったことはないと思う。


「ガリア―ドよ、ガリア―ド」


 その子が言う。

 ……ガリア―ドだと?


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