第1話 異世界転生
あれ? と少女が不思議に思ったのは、何やらふわふわと心地いい感触に包まれているからだった。トラックが走ってきて、夢中で道路に飛び出し、とても痛くなって……それから?? 疑問を抱きつつも、瞼が重くて目が開かない。睡眠時の半覚醒状態のよう。意識はあっても身体が動かない。まだまだ眠っていたい、心地よい中にいたい、と起床することを少女は放棄する。あまりにもベッドが感触の具合がよかった。
それから何日も経った日のこと、天井から明かりが射し込んできた。目を閉じていても感じる眩しさに、否が応でも少女の意識は
徐々に頭上の明かりが広がっていき、まるで朝方にカーテンが全開になったような光が部屋を満たす。
とうとう少女は目を開け、身体を起こした。大きく両腕を高く上げて伸びをする。
「ふぁあ……」
それから寝惚け眼に周りの光景が飛び込んでくると、眠気がすべて吹き飛んだ。そこは自室でも病室でもなく、外——しかも木々や草花が生える森の中だ。
「えっ?!」
予想外の状態に起きたばかりで少女は目を白黒させる。
しかも、ベッドだと思っていた柔らかいものは寝具ではなかった。白色の五枚の花弁からなるラッパ型の花だ。
そんな不可思議なことがあるのだろうか。まるで童話の親指姫だ。事故で頭がどうかしてしまったのではないか。それとも、まだ夢の中なのでは……。
頭はすっきりと冴えているし、太陽の光や草花の香りは現実的だ。肌を撫でる風の感触までする。ますます訳が分からない。一体何が起こったのだろう。
身動ぎをすると、背中に花びらが当たった。といっても、直接的ではない——背負ったリュックサックに触れたような間接的な感触だ。リュックサックなど背負っていないはずだが——。
少女は背中に手を伸ばし、身体を捻って確認しようとした。
「はっ?!」
背中に出来物がある……? いや、羽だ。セロファンのような半透明の薄い二対の羽が背中にある。苦労して指で根元まで辿っていくと、肩甲骨辺りから直接生えているのだ。皮膚にしっかりと繋がっている。糊やテープなど、何らかの方法でついているわけではない。まさに身体の一部になっている。
小さな身体、背中から生えた薄い羽——まるで少女が大好きな本の中に出てくるファンタジーの妖精だ。
そして、景色ばかりに注意が向き、忘れていた最も大事なことにやっと気がついた。柔らかい花に包まれていたから違和感が少なかったのだろう。意識を失う前は制服を着ていたはずが、なぜか一糸まとわぬ姿になっていた。
「きゃっ」
——何が起こったの?? どうして裸なの?
慌ててしゃがんで花の中に隠れた少女に、何枚かの葉が風もないのに飛んできた。しかも、その葉はすべて金色に輝く光をまとっている。生きているように少女の周りを泳ぎ、身体に巻きついた。タオルの役目を果たしてくれたのだ。
不思議な現象に首を傾げるも、これで恥ずかしがる必要はなくなった。思い切って花から身を乗り出す。すると、背中の羽が上下し、身体が宙に浮かんだ。どうやら羽は手足のように自然に動かせるらしい。それでも乗りたての自転車のようにバランスを取るのは難しい。ぐらつきながら外の様子を見る。
木や花の形が近所で見るものとは違う。木は幹が太く捻れ、どれも歴史を感じさせる。花は大振りで亜熱帯地方のものを思わせる種類が多い。それぞれが幻想的な雰囲気を醸し出している。やけに鮮やかな色の大きなキノコも生えている。
日本じゃないみたいと目を見張っていると、草むらから野ねずみが現れた。ちょろちょろと少女の近くを走り抜けていく。その背中に大きなカタツムリの殻のようなものがある。
今度は頭上で大きな羽音がした。見上げると、空を飛んでいるのは、鳥ではなく馬。白馬が羽を広げて空を駆けている。まるで本で読んだような空想の世界だ。
「どういうこと??」
理解を通り越して目眩がする。気が遠くなりかけた中で、威厳のある女性の声が頭に甦った。意識を失っているときに聞いていた気がする。目覚めたときに消えてしまう夢のような感覚だ。それを思い出したのだ。
『哀れな娘よ、こちらの世界での生は終わりを迎えた。永遠の眠りにつく前に、新しい命をそなたに与える。こちらではない別の場所で愛を知れ。それが私の最初で最後の贈り物だ』
頭の片隅に残っていた言葉は、夢の一部ではないのかもしれない。「別の場所」——今、目の前に広がる光景が裏づける。ここは別世界なのだ。そして、夢でも幻でもなく明らかに現実。
少女は頬に手を当て、呆然と言葉を発するのだった。
「おとぎ話の世界にでも来ちゃったの??」
どこか遠くへ行きたいとい願望が、憧れていたファンタジーの世界を引き寄せてしまったのだろうか。
少女は花から離れ、現状を知る手がかりを探し始めた。空を飛べるのは便利だが、どうやら身体が小さくなってしまったようだから、移動するのも一苦労だ。おまけに鋭い牙や爪のある動物が時折現れる。どれも見たことがない生物だ。もしかしたら、大人しい性質かもしれないが、少女にとってはすべてが恐怖の対象だ。もし攻撃を受けたら、小さな身体は一溜りもないだろう。
草の陰に隠れながら少しずつ進み、三十メートルほどーー彼女にとっては大冒険だーー移動したところで、小川があるのをやっと見つけた。ちょろちょろとせせらいでいる。
少女は恐る恐る川に自身の姿を映した。亜麻色の波打つ髪に若緑の瞳、髪の隙間から尖った耳が覗いている。凹凸が少なく性別を意識させない胴体から華奢な手足が伸びている。そして、背中には半透明の薄い羽。太陽光を受け、きらきらと輝いている。お伽噺の妖精だ。
少女は呆然とその姿を見入った。まるで今までの自分と異なる。映っているのは確かに自分であるはずなのに実感が湧かない。
しばらくそうしていると、川の中にいる妖精が自分と同じタイミングで瞬きをしていることに気がつき、ようやく少しだけ隔たりが狭まった。
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