第62話 フルールSIDE 今夜はゆっくり眠れそうですわ。




「待て、俺に考えがある。だから今日はこのまま帰ろう」


「本当に大丈夫なのですわね? 甘い考えでないのですわね」


「まぁ理人様が言うなら仕方ないですわね」


私はこの瞬間…失望をしてしまいました。


『凄く甘い』そう考えてしまったのですわ。


『人を殺せるチャンス』を見送る、それに何の意味があるのでしょうか?


私の今迄の人生のなかでこんな決断は有りませんわ。


例えば、相手がグレー、限りなく白に近いグレーでも私は殺してきましたわ。


先代黒薔薇からも、その様に教育を受けて参りましたから、どうしても理人様のこの行動が理解できなくて、許せませんでしたわ。


優秀な黒騎士にも詰めの甘い者は多くいます。


ですが、この詰めの甘い者は戦闘力がいかに優秀でも『簡単に死んでしまいました』わ。


偶にゴブリンが可哀想だからって見逃す駆け出しの女冒険者が居ますが、それじゃ次に自分が負けた時に見逃してくれるのか? そんな事はありませんわ。

確実に手足を折られて苗床一直線なのですわ。


人も全く同じなのですわ。


『死にたくない』『助かりたい』その一心から涙ぐみ慈悲を乞い、靴まで舐める者も多くいます。


ですが、そんな存在の多くも、自分が有利になった途端に反旗を翻すのですわ。


『敵を殺せるチャンスを捨ててはならない』これは、私の生き方なのですわ。


理人様の事は凄く愛していますわ。


その反面あの時の判断は『自分の生き方』を否定されたみたいで凄く悲しくなりましたわ。


私は理人様が好きなのですわ。


苦しい位にお慕いしているのですわ。


絶対に、死ぬ所を見たくありませんわ。


ですが、この様な甘さを持つ理人様はこの先きっと長く生きられない様な気がしますわ。


悲しくて仕方がありませんでしたわ。


自分と同じような生き方をしようと『光り輝く存在』そんな理人様が…死んでしまう。


そんなビジョンが頭の中をぐるぐる回ります。


考えた末、私は少し距離を置く事にしましたわ。


愛してなければ…きっと理人様が亡くなっても、何とも思わない。


ですが、今の私が理人様を失ったら…多分壊れる気がしますわ。


狂ってしまいますわ…八つ当たりで無関係な人間を沢山殺しそうで怖いのですわ。


光を見てしまったからこそ『暗闇だけの世界』に戻るのが怖いのですわ。


理人様はああ言うけど、心配で眠れませんわ。


ああっ殺したいですわ。


ジャミルを殺さないと、夜が怖い。


いつかばれて襲ってくるのか心配で眠れませんわ。


自分が死ぬのなんて怖くありませんわ。


理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が理人様が…殺されてしまいますわ。


眠れない…本当に眠れませんわ。


『人を殺さず見逃す』


黒薔薇の私には怖くて仕方ないのですわ。


耐えられませんわ。


『こっそりと殺したい』


だけど、きっと理人様はその事に気がつく。


殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。


このままでは私、壊れてしまいそうですわ。


◆◆◆


「まぁフルール、今日は俺に付き合え」


「まぁ奴隷ですから付き合いますよ」


寝不足と心配で、ついこの様な態度をとってしまいましたわ。


「ここはワイバーンの岩場ですか…まさかワイバーンを狩れる所を見せてご機嫌をとろうとでも?」


「いや違う、まぁ暫く様子を見ていろよ」


「まぁ見ろというなら見させてもらいます」


ワイバーンなんて狩っている場合じゃありませんわ。


『ジャミル』をどうにかしないといけませんのよ。


えっと…あれはジャミルですわ..


どういう事ですの。



◆◆◆


黙って様子を見ることにしましたわ。


いきなり挨拶をして会話を始めました。


何をするのですか?


「貴方はジャミル男爵様ですか?」


「そうだが、その顔は私と同じ『異世界人』だな、綺麗な女を連れているようだが…同胞からは奪わない、安心…するんだな」


「有難うございます」


「それで…その様子じゃこちらに来たばかりか? うちの屋敷にくるか?」


「それはどういう事ですか?」


「まぁ解らないかもしれんが5職以外の異世界人の中には先の異世界人に仕える存在も多い…まぁ俺に仕えるなら、金と女はやるぞ…平民で良かれば犯し放題にしても許される方法も教えてやる」


「そうですか? 有難うございます」


心臓を一突き…実に見事ですわね…私は何も心配する必要はなかったのですわ。


この瞬間、理人様が死んでしまうという不安感は消し飛びましたわ。


ああっ嬉しいのですわ…理人さまは『死にませんわ』


死んだ死体をワイバーンに放り投げる理人様…なんて素晴らしいのでしょう。


思わず見惚れてしまいますわね。


あそこで咀嚼しながらジャミルを食べているワイバーンの背景も素敵でしてよ。


「終わったな」


「これはどういう事ですの?」


理人さまが『死なない』と解かると何故こんな事をしたのか疑問が湧いてきましたわ。


「最初からこうするつもりだった…あそこで殺してしまえば二人の女性に金が払われない。生かすつもりはなかったが、時と場所が悪かった。それだけの事だ。そして今は時と場所が良い。この場所に他の人間は居ない。殺してワイバーンが食べてしまったら、もう証拠は残らない『黒薔薇』としてどうだ?」


「流石は理人様ですわ。私の予想以上ですわ。すみません私とした事が理人様のお考えに…」


「気にする必要は無い、裏仕事をしてきたフルールからしたら俺は相当甘く見えたのだろうな」


これは策略であって『甘さ』ではありませんわ。


本当に、本当に感心しましたわ。


「敵には厳しく、それ以外には優しい。それは別に問題ありませんわ」


理人さまは『理人様』


私が心配なんてしなくて良いほど素晴らしい方なのですわ。


多分私が今後、気に病む必要はありませんわね。


「それじゃ帰るか」


「ええっ」


もう心配はありませんから、今夜からはゆっくり眠れそうですわね。








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