第10話 訓練



話し合いの次の日から訓練が始まった。


俺は『無能だから訓練についていけないだろう』そう言う判断と『戦力には決してならず追放する存在』その二つの理由から参加は自由…そう言われたが、昨日の今日で、また平城さんに何かあるといけないので参加する事に決めた。


明らかに騎士に見える男が優しい口調で


「まずはこの訓練場を20周して下さい! 走って見れば、ジョブやスキルの恩恵が良く解る筈です」


そう言いだした。


日本だったらどう考えても鬼にしか思えないが、話を聞くと、どうやらジョブやスキルの影響で、余裕で走る事が出来るそうだ。


これじゃ、確かに『無能』の俺は訓練に参加しないで良い…そう言われるわけだ。


恐らくこんな距離、前の世界の学生じゃ余程のスポーツ校の部活じゃ無ければ走らない。


幾ら体を鍛えているとはいえ、スキルやジョブが無い、本来の俺には『少し辛い』筈だ。


だが、大樹からジョブを奪った俺なら楽勝で走れる。


だが怪しまれると不味いから、あえてジョブを貰ったクラスメイトに、ついていくのがやっとの振りをしながら、少し遅れて走った。


平城さんは俺に併せて横を走ってくれている



「大丈夫、理人くん」


「これ位ならどうにかついていけるよ」


正直言わせて貰えば、余裕過ぎる。


大樹から奪ったジョブとスキルのせいか…軽々走れる。


一体、あの辛い修業はなんだったんだろうか?


そう思える程、楽々だ。


「そう、それなら頑張ろうね」


平城さんはチラチラ俺をみてきて、なんだか嬉しそうだ。


平城さんに並走して走っていると、次々とクラスメイトが冷やかしてくる。



「へぇ~神代、平城と付き合っているんだ! 頑張れよ」


「うん、お似合い、お似合い」


「理人と平城さん、なんかしっくりくるなぁ」


クラスメイト達は穏やかに普通に話しかけてくる。


担任の緑川先生も同じだ。


「まぁ、こんな世界だ結婚するなら文句は言わない…頑張れよ」


こんな感じに誰も僻んでいない。


平城さんはクラスで凄くモテていた。


俺だって平城さん程じゃないけど、そこそこはモテていた気はする。


だが…同級生の眼中に俺や平城さんは無い。


それどころか、同級生の殆どは、クラスのイケメンや美少女にほぼ興味は無くなっていた。


その理由は解っている。


『此処が異世界だからだ』


此の世界にはリアルに『エルフ』等伝説に出てくるような美女も居れば本物の貴族令嬢や王女がいる。


クラスの男子の多くは同級生そっちのけで、それらに憧れる。


女子の多くも『エルフ』に『イケメン貴族』に熱をあげている。


それが彼らにとって高嶺の花ではない。


この世界には『奴隷』というシステムがあり買う事も出来る。


異世界人は優れたジョブやスキルがあるから。


『お金を貯めて買う事』も『手柄を立てて令嬢との恋愛』する事も出来る。


その為、同級生には全く関心を示さなくなったようだ。


実に見事な手のひら返し、中にはクラス公認のバカップルも居たが、この現実の前に、この世界に来て直ぐに別れてしまった。


物語の主人公やヒロインの様な存在に手が届くのだから、これは致し方無いのかも知れない。


今や同級生の仲で『付き合っている』と言えるのは最早『俺と平城さん』だけなのかも知れない。


まして俺は『無能』になっていて、そういう栄誉には手が届かないと思われている。


きっと、裏でかなりの同級生にマウントを取られているんだろうな。


平城さんは地味だがクラスの人気者で、当人は気がついて居なかったが、かなり多くの男子が思いを寄せていた。本当に、厄介な事にならなくてよかった。


此処だけは少し、異世界さまさまだな。


『本当に馬鹿だよね?見栄えだけの良い紛い物を欲しがるなんて』


俺がそんな事を考えているとテラスちゃんの声が聞こえてきた。


『紛い物?』


異世界といえ、ちゃんと存在している存在が紛い物?


何でそうなるんだ?


『そうよ、紛い物よ! 紛い物じゃ無ければ『粗悪品』ね』


『どういう事ですか?』


『そうだね、説明してあげるよ! その前に、だけど何でこの世界の女神が態々地球から人間を誘拐しているか解るかな?』


なんでだろう?


解らないな。


『解りません』


『簡単に言うと、この世界の神じゃ神格が低くて、地球の人間程優れた存在を作れないからなんだよ!』


テラスちゃんの話では、異世界の女神では『強いジョブやスキル』に耐えられる肉体を持った存在を作れないのだそうだ。


その為この世界の人間は『弱いジョブ』しか付与できない。


無理にこの世界の人間に強い『ジョブ』や『スキル』を与えると体が耐えられず、体が崩壊して死んでしまう。


だからこそ、この世界の神の多くは『人攫い』をせざるを得ないと言う事らしい。


『そういう事ですか』


『そうよ、貴方達、僕達が造った地球の人間が最高級のリムジンだとすれば、此の世界の人間は精々原付バイク位…その位価値と潜在能力に差があるんだよ。貴方達はとんでもない長い時間を掛けて僕達が作りあげた存在なんだ!僕たち『地球の神々』が造った最高傑作なんだ! 本当に馬鹿だよね?そんな素晴らしい存在が、あんなガラクタと結ばれたいなんて!』


確かにテラスちゃんの言い分は解かるけど、流石に...恋愛は自由だと思うな。


誰しもが優れた存在と結ばれたい。


そう思っているわけじゃ無いんだから。


『まぁ、人を好きになると人間は馬鹿になるもんですよ』


『確かにそうなのかもね?…だけど『異世界の住民』はその価値を知っているんだよ! 僕たちの作り上げた人間と交配させると、その一部が子供に遺伝する事をね!まぁ片側が出来損ないだから精々が3代で失われるけどね...だからこそ転移者は無条件でモテるんだ』


『正に種馬扱い…理由をしると少し悲しくなる』


『面白い事言うわね…その通りだね』



「理人君 大丈夫! 急に黙って…」


「少し考え事していただけだよ」


テラスちゃんとの会話(念話)は周りに聞こえないから、気をつけないと不味いな。


「何か悩んでいたりする」


心配させてしまったか。


「まぁ今後の生活とかね」


「私も不安は凄くあるよ、だけど理人くんと一緒なら『幸せ』だと思う」


「俺も同じだよ」


ジョブというのは凄いな!


こんな長距離を走りながら、こんなに余裕で会話ができるなんて。


そう言えば大樹達を警戒していたんだが…途中からリタイヤする様に居なくなった。


大樹だけなら兎も角、三人も一緒に居なくなった。


一体どうしたんだ。

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