七、何処の姫(一)

 眼を開けると、見知らぬ景色があった。家ではないし、宿でもない。

 宝劉は起き上がろうとして、身体を縄で縛られている事に気付く。慌てて周囲を確認すると、隣で彩香が同じように縛られていた。

「彩香! 彩香、起きて!」

 呼びかけに応え、彩香が眼を開ける。見知った場所ではないと分かると、彼女はぱっと起き上がった。

「気が付いたようですね」

 男声がした。聞こえた方を向くと、男が一人、畳に座っている。

「祥斉さん!」

 宝劉は敵の正体を知り、その人の名を口にする。

「これはどういう事なのか、説明してくれるかしら?」

 身体を起こして訊ねると、祥斉はにやりと笑った。

「簡単な事です、殿下。私はあなたを拉致したのですよ」

「ああ、そう」

 宝劉が驚かないのを見て、祥斉はいぶかしがる。

「おや、驚かないのですか」

「うーん、まあね」

 宝劉は落ち着いて言う。

「私を狙ってる追手がいるのは気付いてたし、城に帰り着くか、敵に捕まるか、どっちが早いかしらと思っていたわ」

「……いつから敵の存在にお気づきに?」

 追手の存在を必死に隠していた家臣代表の彩香が、恐るおそる訊く。

「うーん、舜䋝が迎えに来た頃から、かしら」

「え……?」

「だって、私は現王の妹よ。普通なら、正式に迎えをよこすはずだわ」

 しかし、迎えに来たのは王の私軍、蓮華に所属する舜䋝だった。

「いとこの胤劉いんりゅうが兄様と対立してるのは知ってるわ。誠家が彼の方を支持している事もね」

 誠家は、貴族の中でもずば抜けた権力を持っており、国政には欠かせない存在となっている。

「正式に私を迎えに来ようとすると、誠家の人間が黙っていないんでしょう。だから兄様は、蓮華をよこしたのよ」

 この方に隠し事をするのは無理ではないか、と彩香は息をつく。こんな事なら、わざわざ敵の存在を隠さなくても良かったかもしれない。

「あ、でも、確信したのは大根の時よ」

 柏津町に着いた翌朝、舜䋝の着物に染みがついていた。それを落としておくよう彩香に言ったところ、彼女は夜、厨房に大根を借りに行ったという。

「大根と言えば、血痕を落とす時に使うものだもの。舜䋝の服についていた染みは、返り血だったんでしょ?」

「……」

 図星をつかれて返す言葉が無く、彩香は黙り込む。

「それにしても、国の危機が去った途端に拉致するとか、意味が分からないわ」

 宝劉は祥斉を睨む。

「少しはゆっくり休ませなさいよ。ああもう、一難去ってまた一難もいいとこだわ」

 突然拉致されて今は敵の前に居ると言うのに、気にするところはそこなのか。やはり、劉家の神経は分からない。

「まったく、私は疲れてるのよ。お茶くらい出しなさいな」

 先刻、茶を飲んで敵に眠らされたのだが、覚えていないのだろうか。そして縛られた状態で、どうやって湯呑を持つつもりだろう。

 これは、予想以上に手強い相手を拉致してしまったのかもしれない。祥斉の首筋を冷たい汗が伝っていった。

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