二、深森の姫(四)
「ありがとうの。助かったんだの」
蛇を身体に巻いた亀の土地神が、嬉しそうに言う。
「これで、山の生態系も元に戻るの。の?」
亀に振り返って声をかけられ、蛇はふんと鼻を鳴らす。
「俺からも礼を言ってやるよ。一応な」
「ありがとう存じます」
宝劉は、苦笑を隠しながらそう返す。
「お二方の統べるこの土地が、末永く平穏を保ちますように」
「の」
「おう」
さて、と宝劉は立ち上がる。
「恐れ入りますが、近くの村への行き方を教えていただけませんか」
「の。そうだったの」
亀はうんうんと頷うなずく。
「また、失礼させていただきますね」
宝劉はそう言い、今度は馬に土地神を乗せる。
「じゃ、案内するんだの」
「よろしくお願いいたします」
土地神の言葉に従い、一行は馬を進める。
人の手によって整備されたであろう山道に出て、四半刻ほど歩くと、土地神は馬を止めさせた。
「案内できるのはここまでなんだの」
「この道をまっすぐ行けば、村に出る」
「はい。ありがとう存じます」
宝劉は馬から降り、土地神を地面に降ろす。
「さよならなんだの」
「じゃあな。この先も、せいぜい気を付けて旅をする事だな」
「はい、ありがとうございました」
人間たちが頭を下げると、玄武は姿を消した。
「さ、行きましょう」
「ええ」
「はい」
三人は、西日の混ざる木洩れ日の中を進んでいく。
「ちょっと、大変な目にあっちゃったわね」
「そうですね」
宝劉がぼそっと言うと、舜䋝が苦笑いする。
「でも、解決して良かったです」
「そうね」
彩香が前を見て目を細くする。
「今日中に、村へ着けるでしょうか……?」
「大丈夫よ。この道をまっすぐって、おっしゃってたもの」
「どのくらいで、等はおっしゃっておりましたか?」
「あ……おっしゃってないかも……」
人間と違い、神は嘘を言わない。言わないが、その分言葉足らずになったり、誤解を招いたりする事もある。
「心配になってきたわ……」
眉をひそめる宝劉の横で、舜䋝が空気の匂いを嗅ぐ。
「大丈夫そうですよ、宝劉様。この先から、人の生活の匂いがします」
「あら、そう?」
「はい。陽が落ちる前には、到着できるのではないかと」
「良かったぁ」
宝劉は胸をなでおろす。
「それを聞いて元気が出てきたわ。もう少しよ、行きましょう」
「御意」
「はい」
果たして、舜䋝の言った通りであった。一里も行かないうちに視界が開け、夕日に照らされた茅葺の屋根やねが現れた。
「村が見えたわ」
宝劉が言う。
「今日は、あの村に泊めてもらいましょう」
「ええ」
「そうですね」
見えたのは、そう大きな村ではない。山に囲まれて小さな家がぽつぽつと集まり、橙色に染まっている。
小さな集落とはいえ、人のいる場所に着いたのだ。三人は安堵して、その村へと、歩を進めるのだった。
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