第15話 バーの楽しみ方 メーカーズマークミントジュレップ

「バーの楽しみ方でございますか?」


 唯は、“リカー男子に恋をして”のコーナー反響に伴い、記事のスペースが多くなったので、バー初心者でも楽しめる方法をマスターに質問する事にした。マスターがふむと考える。そして、


「楽しみ方は人それぞれですが、何か目的を持ってくる必要もないですよ? 何かお好きなお酒が飲みたい、待ち合わせに、バーテンダーと話をしに、ご友人やご家族で、何も考えない為、あるいは何か考え事があって、ご本を読まれる方もいますし、そうですね。例えば、“リカー男子に恋をして”の記事をご覧になってそのお酒を飲んでみたい等でもよろしいかと思いますよ? もちろん全てのお酒を用意しているわけではないので、先にあるかを確認頂くのが宜しいかと」


 ふむふむと唯はメモを取ると、次に聞きたい事。


「ありがとうございます。じゃあ、最初にこれを飲んだ方がいい! というお酒ってありますか?」


 マスターはそれに関しても唯に微笑んで話してくれる。


「特にありませんよ! お好きなお酒を楽しんでいただく場所ですので、ウィスキーをロックで飲まれる方もいますし、ジントニックを決まって注文される方もいますし、ビールを楽しまれる方もいらっしゃいますね」


 ふむふむと話を聞きながら、唯はバーに来て何も頼んでいなかったと慌ててマスターに注文をする。


「マスターごめんなさい。何かお酒頼まなくちゃ、どうしようかな、こういう時はマスターのおススメでもいいんですか?」

「もちろんですよ。どんなお酒を飲まれるのか、とか教えていただければいくつかご用意してお話させていただきます」

「じゃ、じゃあウィスキーを飲んでみたいんですけど、甘いお酒とかが好きなんで私におススメの物ってありますか?」


 マスターはリカーラックからとんと二つのボトルを用意する。

「こちらメーカーズマークと、メーカーズマーク・ミントジュレップでございます」

 キャップが赤いメーカーズマークと、キャップが緑色のメーカーズマーク。


「バーボンウィスキーになります」

「バーボン、ダブルで! とかですよね?」

「さようですね。大概のバーには置いてある銘柄かと思います。それだけ飲みやすく、親しみやすいウィスキーですね。蜂蜜などの風味を感じられるとよく言われます。そしてこちらの緑色のボトルはメーカーズマークのミントジュレップ。ミントとお砂糖で味付けをしてあるのでより飲みやすいお酒になります。こちらなどいかがでしょうか? ウィスキー・ソーダなどがおススメですよ」


 そう、“バー・バッカス”のマスターはこうして提案してくれる。その中で飲みたい方法、飲みたい酒を……


「じゃ、じゃあこのミントジュレップをオンザロックでいただけますか?」

「かしこまりました」


 ロックグラスをトンと出すと丸い氷を置いてそこにグラスの半分まで注いでくれる。唯は「いただきます!」とそれを口にする。


 あぁ、これミントシロップだ! というほどに甘い。お酒感が極めてないので、これは確かに飲みやすい。飲みやすいのだが、さすがにちょっと甘すぎる。それを察したらしいマスターは、


「ソーダ水で加水いたしましょうか? 夏などにはよく好まれて皆さま頼まれますよ?」

「お願いできますか?」


 トールのカクテルグラスを用意すると、メーカーズマークミントジュレップのハイボールを作ってミントを添えてくれる。まだロックグラスの中に同じ物があるので、それで作ってくれればよかったのになと思うが、きっとそこはマスターの美味しい物を出したいというプライドなんだろう。


「どうぞ!」


 いただきま……と、気が付くと涼しい森の中。つなぎを着たわんぱくそうな男の子。麦わら帽子を首にかけて人懐こく唯のもとに手をふって往来の友人のようにやってきた。

「唯ちゃん、どうおいし?」

「ミントジュレップくんね? うん美味しい! 夏とかに飲むとすごい合いそう!」

「えへへ、そうそう海とか花火とかね! ステイツだとケンタッキーダービー! 競馬の公式ドリンクなんだよー!」


 なるほど、それで彼は牧場にいそうな感じなんだなと唯は納得する。今までと違い、ミントジュレップくんは自分の分もハイボールを作ると唯のグラスにコツンとつけて、


「乾杯!」


 やっぱり美味しい。炭酸で割るだけでこんな美味しいカクテルが出来上がるなんてこれは唯でも簡単に美味しい物を作れそうだ。という事で唯はミントジュレップ君にこう伝えた。


「ミントジュレップくん! 今度私、君を購入して家で美味しいハイボール作ってみるよ!」

 するとミントジュレップくんは少しだけ困ったような顔をして何かを言おうとしたが……そろそろ夢が覚める頃合いなんだろう。まどろみの中から唯は目を覚ますとそこにはバー、空になったオンザロックのミントジュレップにハイボール。どちらも飲みやすいとはいえ、ウィスキー。そこそこの度数があるのだ。


「唯さん、こちらを」


 チェイサーを出してもらったのでそれをくぴりと飲んで唯はミントジュレップくんに言った事をマスターにも伝えた。


「これ、とっても美味しかったから今度買おうと思います。家でも同じ物が作れるか挑戦してみますね!」


 やはりマスターも少し困った顔をする。メイカーズマークミントジュレップのボトルをめでるように指で撫でながら、


「こちらは終売ボトルですので、手に入れれなくはないですが、プレミア価格で取引されていますので、あまりおススメはしません。ですので、代価案なんですが、こちら通常のメイカーズマーク。レッドトップを使います」


 目の前に置いてある赤いボトルの方をマスターは開ける。そして、トールのカクテルグラスを用意すると、そこにメイカーズマーク。ガムシロップを入れて二回程ステア。そしてミントを取り出してマドラーでつぶしながら混ぜる。そして氷、炭酸水と注いで唯の手元に「どうぞ!」と置く。


 口にするとグリーンキャップとは違うがこれも同じくすこやかで美味しい。このカクテルは作れるという事を提案してくれるマスターはいつも通り微笑。


“ここでおススメのバーについて少し語りたいと思います。ライターのYUIが通う都内某所のバーではマスターが様々なお酒について教えてくれます。バーってなんだか入りにくいという気持ちがあると思います。私もそうでした。でも勇気を出して入ってみると、そこは子供の頃に夢見た大人の世界。そして、優しくていつも私達に寄り添ってくれるバーテンダー……ありゃりゃ名前聞いてないや(ワラ)。毎回好きなお酒でもいいし、マスターにおススメを出してもらうのもいいですよね? 気取らなくてもいいんです。お酒の事なんて全然知らなくてもいいんです。お酒が好きならマスターが貴女の為のおススメのリカー男子を紹介してくれんですから! この記事を読んで勇気を出した貴女の背中を少しでも押せるように、都内某所にある高架下に現れる蜃気楼のようなバーをおススメします”


「こんなところかな?」


 唯が書いた記事を上から見たマスターは少し苦笑する。そして、都内某所にある高架下のくだりを指さして……


「とても申し訳ないのですが、こちらの一文を当店とは思えないようにぼかしていただく事はできますか? 狭い店内ですから、もし多くの方が来られた時お待たせしてしまいますから」


 そう、マスターは自分の店に多くの客を呼ぶ事をあまり好ましく思っていないようだった。それが何故なのかは分からないが、唯はマスターとの関係も壊したくないので、斜線を入れて頷く。


「分かりました! ちょちょいと編集しますね!」

「ありがとうございます。お詫びと言ってはなんですが、来週。ささやかなお祝いをさせて頂いてもよろしいですか? 唯さんの初執筆の記事が掲載された際、風邪をひいてしまっていましたので」




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