第13話 危ないバーテンダーとロングアイランドアイスティー

 唯の勤める会社の主戦力雑誌“タイトリィ―”発行部数2万5000。その発売日に唯は緩んだ表情で5冊自腹で購入。もちろん、保存用・観賞用・布教用である。

 しかし、異様な事が起きているのも事実だった。表紙にリナ先生の本来の仕事、ソシャゲとご当地コラボのイラストが全面に、そして唯の記事のリカー男子イラストが小さく描かれており、リナ先生効果ですでにネット売買アプリ等で転売が行われていた。


「えへへ、うへへ!」


 はじめて自分の記事が掲載されたそれを見て穴が開きそうな程見つめる。唯、それに上司の高橋は「おい、秋田。反響凄いな、嬉しい悲鳴だ。気持ちもわかる。だが手も動かそうな?」


「はいー、がんばりますー」


 ダメだこりゃと、部内で今日くらいは大目に見てやるかと仕事の割り振りを地味に減らす。メールでのお問合せコーナーは、唯の記事の続きを楽しみにしているという物が多かった。学生寮に見立てた各種スピリッツ達、そして指名形式でそのお酒の擬人化したリカー男子が自分の特徴を説明してくれる。どこの国で生まれて、どんな飲み方あおススメなのか?


 リナ先生による視覚効果は強烈で、いくつかのお酒を推しとしてSNSにアップする者も現れる。不定期連載という事になっていたが、当然。


「秋田くん、来月もリカー男子の記事よろしくね」


 と編集長のありがたいお言葉に唯は、脊髄反射したかのようにピンと編集長の方を向き。


「一生懸命頑張らせてもらいますー!」


 と元気よく返事した。今回はざっくりと各種カクテルベースのお酒の紹介を行ったわけだが、次はそれぞれに注目していくのか、あるいは別のお酒を紹介するのか、まだ何も考えていない。このまま一発屋で終わるわけにもいかない。期待は重圧になるけど、唯にはみんながいるし、なにより“バー・バッカス”のマスターがついている。


「今日も何か美味しいお酒が飲めるかなー♪」


 だなんてスキップでもしそうなテンションで高架下にある”バー・バッカス“へ、ふと外だしの看板の文字が異様に達筆な事から既に不穏だったのかもしれない。その昭和時代の純喫茶を思わせる英国調の扉を開くと、唯に飛び込んできたのは、クラブミュージック。普段マスターは好んでジャズをかける。お酒によって曲調を変える事から何か、クラブで飲まれるようなお酒でも……


「へい、らっしゃい!」


 どうした、どうした? マスターどうした? それとも店を間違えたか? と思ってマスターを見ると……マスターじゃない。いつ時か、お店にやってきたマスターにちょっと似ている女性、名前は確か、


「ダンタリアンさん?」

「うぇーい! 唯ちゃんだっけか? 今日はマスター君が風邪こじらせたからアタシが1日マスター、許可は取ってない!」


 やべぇ、帰ろうとバーを出ようとしたが、ダンタリアンはカウンターから出てくると唯の上着をはぎ取るように奪い席に案内する。


「唯ちゃん、まぁ1杯やってきなよー! アタシもまぁまぁお酒作るの上手いんだぜぇ!」


 マスターと真逆、プライベートスペースにぐいぐい入ってくるし、表情はころころ変わって大きな子供みたい。1杯飲んでいかないと帰らしてもらえそうにないので、


「じゃ、じゃあラム酒を、キャプテンモルガンのプライベートストックをコーク割りで」

「ほいきたー!」


 そう言ってダンタリアンはコーラの瓶をトンとおく、そしてホワイトラム? 既に頼んだ物じゃないけどまぁいいか……と思うとテキーラ、ジン、ウォッカ。そしてホワイトキュラソー?? これは唯の知識にはない。というかほぼ全て頼んでいない。


 鼻歌を歌いながらカクテルのトールグラスに氷を敷き詰めてそれらをそこはちゃんと計測するんだ。という量を測って入れていく、そしてかき混ぜる。


「ここでもうひと味、じゃじゃーん! プレミアム焼酎! アタシのガソリン、『魔王』」


 それを適量入れると唯の前に「アタシのオリジナルカクテル。レディーキラー。ロングアイランドアイスティー……、改めディザスターだぜ!」

 災厄はこのお酒じゃなくて、貴女よダンタリアン! と言ってやりたかったが、とりあえずそのやばそうなカクテルを一口。


「え? 何これ?」

「どう? どう? 大百景でしょ?」


 唯の言葉に某TV番組をかけてきた。でも、美味しい。ダンタリアンの腕は本物らしい。勝手に人の店のカウンターに立ってお酒を出しているという問題行為を除けばの話だが……


「これは?」

「ロングアイランドアイスティーってカクテル。四大スピリッツを全部使うから度数は25度くらいあるんじゃない? お酒とジュースだけでアイスティーの味を完全に表現した凄いカクテルね。で、アイスティー飲んでみるみたいにぐいぐいいけるけど、焼酎ストレート並みの度数があるから、女の子がぶっ倒れてそのままホテルに連れこんじゃえ! って事からレディーキラー、でそれに魔王をツイストした感じフレーバーアイスティーに早変わりさ! こういうお酒を出されたら唯ちゃんみたいな女の子は要注意ね!」


 そう言ってレディーキラーをくいっとダンタリアンは飲み干してしまう。そして最初に所望したキャプテンモルガンのプライベートストックをトンと出すと、コカ・コーラでそれを割って最後にライムを乗せて出してくれる。


「はいよー、ラムコークあがりぃ!」


 凄い美人なのに、このテンションと行動、わんぱく小僧みたいでとても愛嬌がある。いつしかラムコークを飲みながらダンタリアンに唯は自分の記事が初掲載された事を話していた。


「でね? ダンタリアンさん、この記事。こんなに小さいんですけど、めちゃめちゃ反響あるんですよー」

「えっ、あ、うん。凄いね。うん、一部くれるの? あー、その辺かざっとくよ。結構唯ちゃんやばい客だね」


 そんなヤバい客達をいつも相手にしているのがマスターで、ダンタリアンはロックグラスに氷を入れて魔王を注ぐ。


「ダンタリアンさん、焼酎って美味しいんですか?」

「おいしーよー、不味かったら飲まないじゃん。というかさー、焼酎って面白いんだぜー! 例えばこれ、格安スコッチ、カティーサーク。と……この辺でいいかな? 黒霧島」


 ショットグラスに少量注いだ物を唯の前に置く。焼酎は多分ダンタリアンの持参品だろう。飲み比べてみて、というので、唯は……黒霧島。スコッチっぽい。いや、カティーサークが芋焼酎っぽいのか……


「次はこれ、甲類の韓国焼酎JINRO、とスミノフのでいっか、ウォッカね。はい飲み比べ―!」

「いただきます」


 ややJINROの方が癖があるような気がするが、確かにウォッカとあまり変わらない気がする。次々にダンタリアンはお酒をだしてくる。


「唯ちゃんの大好きなラム、これは飲み比べなくてもいい? 黒糖焼酎の奄美。同じサトウキビが原料だから、まぁ似るよねー! 国産ラムだなんて言われてるし」


 これは唯でも普通にクセなくラムじゃん! と思ってしまう。焼酎と言ってもこんなに味の幅があるのかと……


「じゃ、最後ねー。はい! アタシの魔王とクラフトジン岡山。飲み比べてみ。これはさすがに海外のドライジンだと少しこれじゃない感あるから国産ジンにさせてもらったけどね」


 ふだんマスターに出してもらうタンカレーとは違ってやや辛みを感じるジンだなと思う。そしてプレミアム焼酎魔王。初体験、少しだけ嬉しい。


「これって……」

「やばいでしょ? 大根おろしみたいな風味、味。これ芋焼酎なの! って叫びたくなるのわかるー。てな感じで焼酎も中々面白いでしょ? アタシからすればマスターくんなんてまだまだ小童なんだからー」

 またまたぁ~と話していると、店内に入店する客。女性、20代から30代だろうか?

 ダンタリアンが「らっしゃい!」とまたまた店内に合わない声で応対。

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