悲しみのデメリット
土の国 グランド・マリア
闘技場、ジレンマの死体を見下ろす1人の女性がいた。
茶髪で白いキャミソールにホットパンツの女性、クロエ・クロエラは憐れむような目で、それを見た。
「なんで、そんなに満足そうな顔してんのよ」
様々な記憶が駆け巡ると怒りが湧いてきた。
クロエは、その感情に耐えきれず、ジレンマの顔面を踏みつけて潰した。
だが思った以上に感覚はなく、全身が灰になって消えていくジレンマの死体を見る。
物理的な感覚は無い……だがクロエの心には達成感よりも、なぜか少しだけ"悲しみの感覚"だけ残っていた。
クロエは人がいなくなった町を懐かしむように歩く。
そして因縁の町、移動都市グランド・マリアに火を放ったのだった。
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土の国 ザッサム
グランド・マリアから、難民の女性や子供達は一旦ザッサムに移動していた。
土の国のシックス・ホルダーである聖騎士マーシャの活躍によって、みんなが救われたと、町では大騒ぎだった。
広場には難民達が集まり、難民の男女や子供達との再会を喜ぶ人々がいた。
その中央をマーシャが歩く。
町に帰還すると、みなが英雄を見るような目でマーシャを見た。
その視線に構うことなく、マーシャは誰かを探すように周囲を見渡す。
「アインさん……」
マーシャはグランド・マリアから移動した際、アインを確かに見かけた。
だが、捕虜の避難に手を取られて声を掛けられなかった。
マーシャには気掛かりなことがあったのだ。
避難の際、アインと目が合っていた。
確かにアインはマーシャを見た。
だが、すぐに目を逸らされた。
それは赤の他人のようなそぶりだったことにマーシャは首を傾げたのだった。
その行動はマーシャの任務を邪魔しまいと思ってのことなのだろうと自分に言い聞かせていた。
そこにマーシャに駆け寄る少女がいた。
捕まっていた難民の1人だろうと思った。
「お姉ちゃん!」
少女は手に一輪の花を持ち、笑顔でマーシャの前に立った。
マーシャは困惑しながらも、片膝をつき、しゃがみ込む。
少女は手に持つ花を差し出してきた。
「助けてくれて、ありがとう!」
それを受け取ろうと手を伸ばすマーシャだが、少女の後方に立つ、親らしき女性の姿を見て躊躇する。
だが、その女性と隣に立つ夫と思われる魔法使いの男性はマーシャに笑掛け、涙ながらに頭を下げた。
「ありがとう」
そう言って、マーシャは笑顔で花を受け取った。
少女は振り向き、親の元へ戻っていく。
それを見届けると、マーシャは立ち上がった。
もう、この国にマーシャを蔑む人間はいなかった。
多くの難民達を謎の組織から助け出し、救った英雄。
そこにいるのは"戦女神の生まれ変わりである聖騎士マーシャ・ダイアス"だった。
そして振り向き様、マーシャは数メートル先を歩くアインの姿を見つけた。
ハッとして、すぐにマーシャはアインの元へ駆け寄った。
「アインさん!」
「え?」
息を切らすマーシャを見たアインは困惑気味だった。
以前とは違い、"大きい水晶がついた竜の尻尾のような杖"を手に持っていた。
「あの町へ来て、助けてくれて、ありがとうございました!」
「……」
マーシャの鼓動は高鳴っていた。
俯き、顔を赤らめ、涙目……
アインは本当に自分のピンチに駆けつけてくれた。
それが、とても嬉しかったのだ。
「私……やっぱり、シックス・ホルダーを辞めて、アインさんと一緒に……」
「あ、あの」
不意にアインの言葉。
俯いていたマーシャは顔を上げてアインを見つめる。
アインは恥ずかしそうに目を合わせたり、合わせなかったりで落ち着きが無い。
明らかに様子がおかしかった。
「アインさん?」
「あの……どこかでお会いしましたか?」
「え?」
マーシャは眉を顰める。
アインの言葉の意味を理解できなかった。
「ごめんなさい。記憶が曖昧で……なぜ、あそこにいたのかも思い出せなくて……」
「……」
言っている最中も、アインは恥ずかしいのか目を合わせたり合わせなかったりだ。
マーシャは言葉が無かった。
なぜアインに記憶が無いのかわからなかった。
だが、マーシャは、"これは何かの導きなのだろう"と思うしか無かった。
「申し訳ない……です……あの俺と、どこかで……」
「いえ……セントラルで少し会っただけです。スペルシア家への挨拶と思って、呼び止めてしまいました」
「ああ、そうでしたか。じゃあ俺はこれで」
アインはそう言って頭を少し下げて振り向く。
そしてマーシャに構わず歩き去ろうとしていた。
「あ、あの!」
マーシャは歩き出したアインに向かって無意識に声をかけていた。
振り向いたアインはキョトンとした顔でマーシャを見る。
「行き先は……どちらですか?」
「えっと……」
アインは少し考えて、思い出したように口を開いた。
「……火の国へ」
そう言って、アインは再びマーシャに頭を下げると歩き去った。
「これで……よかったんだ……」
自分に言い聞かせる。
マーシャは胸の前で両手を組み、少女からもらった花を強く握りしめた。
自分には、この国を守る使命があるのだと、そう受け止めるしかなかった。
「さようなら……アインさん……またどこかで……」
恐らく、もう会うことはない……
だが、ほんの少しの期待感から出た言葉だった。
マーシャは悲しみの中に涙を浮かべ、アインの姿が見えなくなるまで、それを見つめ、ずっと立ち尽くすのだった。
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