君が戦わなかった世界
何か長い夢を見ていたような気がする……
アルフィスが目覚めると、そこには見慣れない男性がいた。
長髪で赤く、そこに少しだけ黒が混ざり、後ろで束ねている。
服装は魔法学校の制服の上にダボダボの白衣を着ていた。
ベッドに寝るアルフィスの横で椅子に座って本を読んでいたが、顔色が悪かった。
「アル君!ようやく起きたね……」
事態があまり飲み込めていないアルフィスは周りを見渡すと、そこは病院の病室のようだ。
部屋は個室のようで、アルフィスと椅子に座る赤髪の男性しかいなかった。
「お前……もしかしてレイか?ここはどこだ?」
「ここは学校から近くの病院さ」
そこにいたのはレイア・セレスティーだった。
小柄な体型は相変わらずだが、どこか雰囲気が大人びている。
アルフィスはすぐにレイアだとは気づかなかった。
「俺は寝ていたのか……」
「うん。随分、長いことね」
アルフィスは状態を起こそうと上半身に力を入れ、レイアがそれを手伝う。
「俺は……どのくらい寝てたんだ?」
「3年……くらいかな?よりにもよってリナと戦うなんて」
アルフィスは絶句した。
ありえない時間経過だったからだ。
「リナは剣技はそこまでではないけど、口が上手かったからね。あの頃は上手く乗せてライバルを潰してたんだよ」
「……」
「アル君?大丈夫?」
アルフィスは混乱していた。
一体どうなっているのか、状況が全く掴めていなかった。
「ちょっと待て……アゲハは……アゲハはどうした!?」
「ああ……アゲハさんは、アル君が起きないことを自分のせいだと思ってたみたいで、ずっと誰ともバディ組まずにいたよ」
アルフィスの記憶だと、このあたりで、ドアが開いてアゲハが入ってくるはず。
無意識にそれを期待していたが、その気配は全く無かった。
「2年に上がったあたりだったか、アゲハさんの実家から手紙が来たんだ。それで学校辞めちゃって。お父さんが問題を起こしたみたいでね……クローバル家は……」
「ば、馬鹿な……俺はアゲハと一緒に対抗戦を優勝したんだ……」
それを聞いたレイアは眉を顰める。
憐れむような眼差しに、アルフィスの心は締め付けられた。
「言いづらいんだけど、クローバル家がなくなってさ。アゲハさんは行方不明だよ」
「なんだと……」
「風の国のシックス・ホルダー討伐でノア団長に協力してたんだけどね。ノア団長が戦死しちゃって、それから行方がわからないんだ。なんとか宝具は取り戻したみたいだけど」
あまりの衝撃に言葉がないアルフィス。
だが、この数年内に起こった事件は、まだあった。
「確かに俺達は対抗戦で優勝して、すぐに水の国へ行ったんだ!そしてアインの妹を救って、薬も取ってきた!」
「え?スペルシア家の令嬢は亡くなったよ。葬儀もやったみたいだし」
「俺は、その後の話をしてるんだ!ダイナ・ロアで戦って助けた!」
「ああ、北の医療施設だよね。あそこはもう無いんだ」
「無い……だって?」
「誰かに襲撃されたみたいでさ。あとローズガーデン家の令嬢も亡くなったし……水の国は大混乱だよ」
「それって、まさか……」
「アル君、知ってるの?マルティーナさんの妹さん」
それはメルティーナのことだった。
メルティーナはカミラの泉で助けた。
確かに、あの時、ロールと一緒に薬草を取りに行かなかったらメルティーナは死んでたかもしれないと思っていた。
「1年の頃、対抗戦を優勝したアイン君とマーシャさんも土の国へ行ったっきり行方不明だし……最近は色んなことがあるよ」
「なんだと!?」
アルフィスの記憶だと1年の頃の優勝はアルフィスとアゲハだった。
だが、アルフィスが目覚めなかったことで、優勝はアインとマーシャになったのだ。
つまり、この2人が土の国へ行く時期が1年早まったことになる。
「この行方不明事件は風の国のシックス・ホルダー討伐と重なってさ。みんなショックを受けてたよ」
ノアが戦死したこととアインとマーシャが土の国へ直接行ったことが重なっていた。
このことで、2人はシックス・ホルダーにならずに黒い薬の件を調査しに行ったのだ。
「風の国の事件で二つ名も半壊しちゃったしね……」
「なに?ナナリーはどうした!!」
「ナナリー?ああ、魔剣の。亡くなったよ。エイベルさんって人と2人。その時、アゲハさんも一緒にいたみたいだけど、アゲハさんは助かったみたい」
「アゲハと一緒だった?どういうことだ……」
「2人はアゲハさんを守ったって聞いてるけど」
風の国のシックス・ホルダー討伐で二つ名招集があったのは間違いない。
推測するに風の国のマルロ山脈、クローバル家の別荘を目指したチームの中にアゲハがいたということなのだろう。
そして、アゲハだけが助かり、ナナリーとエイベルが戦死した。
「ありえない……俺が戦わなかったせいで……こんな……」
アルフィスはベッドの上で頭を抱えて俯く。
この、あまりにも酷い状況に精神が耐えられなかった。
「少し休むといいよ。僕は出かけるからさ」
「……」
レイアは優しく、そう声を掛けて病室を出た。
アルフィスは涙していた。
これほど絶望的な気持ちを味わったのは前世の母が死んで以来。
だが、今度は何人もの人間が不幸になっていた。
「どうして……こんな……」
そう言うアルフィスのベッドの上に何かが乗った。
恐る恐る顔を上げるとそこには一匹の"黒猫"がいた。
「お前か……なんでこうなったんだ……」
そう、悲痛に問いかけるが、黒猫は無言でアルフィスを見つめている。
「俺は確かに戦った!!戦ってきたんだ!!それなのに、こんな……」
「君は確かに戦った。これは"君が戦わなかった世界"だ」
「なに?」
「君が戦わなかったら、何人の人間が不幸になったかわからない」
「……」
「だけど君は戦い続けた。みんなを救い、そして僕の願いを叶えてくれた。だから今度は僕が君の願いを叶えるよ」
「どういうことだ?」
「君は諦めかけてる。"あの化け物"に勝てないと、そう思い始めてる」
「そうだよ。あんなのにどうやって勝つんだ?何度殴ってもダメージが無い!」
「……確かに」
「俺はもう戦いたくない……痛いんだ……苦しんだよ!!魔法を使う度に体が軋む……少しづつ歪んでいくのがわかる……」
「でも、君は辿り着いた。この場所にね」
「何を言ってる……?」
「君は選ばれたんだ。この世界で"最強の宝具"に」
「宝具だと……?」
「僕は将来、必ずこうなると思った。だからこのスキル構成にしたんだ」
アルフィスは首を傾げた。
このスキル構成は"ファイアボディ"を重ね掛けして肉体を強化して戦うためのものだと思っていた。
だが、猫アルの話しだと、まだ別の重要な何かが隠されているのではないかと思った。
「あの化け物に勝って火の王に挑め、ホウジョウシンゴ。そうすれば君の願いは必ず叶う」
「俺の……願い……」
「アゲハさんと一緒にベルートに来た時に頭をよぎったろ?」
「ま、まさか……」
「さぁ、宝具を使え。"魔竜絶爪ヴォルヴ・ケイン"は君のものだ」
そう言われた瞬間、一気に目の前が眩しくなった。
そしてアルフィス・ハートルは"覚醒"した。
________________
土の国 グランド・マリア
北門の前に立つジレンマの顔は引き攣っていた。
大竜のような咆哮を聞いた後、あり得ないものが見えていたからだっだ。
北門から凄まじい量のオーラが放出されていたのだ。
オーラは赤黒く、竜の両腕のように見える。
鋭利な爪を持ち、両側の壁面を掴む。
そのオーラは今にも北門の暗闇から這い出してきそうで、思わずジレンマは後退りしていた。
「な、なんだこれは……闘気……なのか?」
そして、北門の暗闇の中から感じる鋭い視線。
ジレンマは完全に蛇に睨まれた蛙だった。
今まで感じた事のない感情。
それを理解できないまま、ジレンマはあまりの"圧"に黒翼を広げて羽ばたく。
無意識に闘技場の中央へ戻っていた。
この行動は自分自身ですら、訳がわからなかった。
そして暗闇から少しづつ姿を現す影。
それは両腕にシルバーガンドレットを装着したアルフィス・ハートルだった。
全ての髪が銀色で、その眼光は冷ややかだが鋭い。
ガンドレットは腕を覆う作りで、それはアルフィスの腕に完全にフィットしていた。
段々と折り重なった竜の鱗のような外装からは赤黒いオーラが放たれている。
手を覆う部分には鋭利な爪があり、それは握るだけで出血するような形状をしていた。
「アルフィス……ハートル……」
ジレンマは顔面蒼白になった。
まさかアルフォードが言った通りになるとは思いもよらなかったのだ。
さらにジレンマが見たものは、アルフィスのありえないほどの闘気量。
その闘気は、横幅が数メートルにも及び、さらに上に伸びるオーラは天を貫くほどだった。
「貴様……なぜ、その宝具を身につけて平気な顔でいられる!!」
「わからない……だが、凄まじい量の魔力が"循環"しているように感じる」
「なんだと……?」
ジレンマは首を傾げた。
アルフィスの言ってることの意味がわからなかった。
「ジレンマ……みんなが繋いでくれた、この戦いは無駄なんかじゃない。これで終わりにするぜ」
そう言うと、アルフィスは右手の甲を相手に見せるように前にかざす。
そして一気に、その"拳"を力強く握った。
「"エクスフレイム・マジック"」
その瞬間、アルフィスの立つ場所に巨大な赤い魔法陣が展開し、バチバチと赤い雷撃が周囲に走る。
そして大竜の咆哮のような轟音が響き渡ると、熱波がアルフィスを中心として幾度となく円形状に広がった。
最後に、アルフィスの両腕のシルバーガンドレットは"黒い炎"を
ジレンマは、その"黒炎"を見た時、数分前に自分が感じた感情を初めて理解できた気がした。
それは"恐怖"なのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます