思わぬ来客(2)
中央ザッサム
日中、暑い日差しが辺りを焦がす。
ダイアス家の屋敷裏には野外修練場があった。
イザベラは修練場にいた兵達を全て帰らせていため、そこにいるのはイザベラとリーゼだけだった。
イザベラは気になっていた。
なぜここまでリーゼがこの国のシックス・ホルダーにこだわるのか。
隣に立つリーゼはニコニコしながらマーシャを待っている。
一体、リーゼが何を考えているのかイザベラは疑問だった。
「リーゼ王、伺いたいことがございます」
「なんでしょう?」
リーゼは笑顔でイザベラを見た。
「なぜここまでシックス・ホルダーにこだわるのでしょう?それにリーゼ王は何か急いでいるように見えます……」
「うむ。それは……宝具と竜血の関係にあります」
「どういうことでしょう?」
「宝具は血を欲する故に使い手がいなければ竜血を引きよせてしまう。逆に使い手がいれば、いつでも血を吸えるという安心感からか、宝具は竜血を引き寄せない」
その話を聞いたイザベラは驚く。
イザベラはこの国にシックス・ホルダーがいないことに危機感を感じたことはなかった。
それは宝具と竜血の関係がわからなかったからだった。
「この300年あまり、この国にはシックス・ホルダーがいなかった。そのせいで竜血はこの中央を目指して流れてきている。これを一刻も早く止めることを優先したい」
「なるほど……」
「ノア団長の聖剣ライト・ウィングを一時的にこの国の宝具にします。元々あったこの国の宝具はセントラルに移動させます」
イザベラはノア・ノアールとは昔、社交パーティーで少し話したくらいだった。
この話を聞くにノアに何かあったのかと思ったがイザベラは詮索はしなかった。
「ですが、なぜ私の娘なのですか?」
「面白い噂を聞きましてね」
「……呪いの件ですか?」
イザベラは"噂"というのは呪いの件なのではないかとすぐにピンときた。
ダイアス家はノアール家と同等の大貴族であるため、その噂は土の国には広まっていた。
「最初は稽古から逃げる口実でマーシャが嘘を言ってるものだと思いました。だがリューネとは……」
「"リューネ"……懐かしい名前だ」
リーゼは笑みを溢した。
その表情は昔を思い出しているかのようだった。
「"リューネ"は100年前の聖剣ライト・ウィングの使い手。シックス・ホルダーでした。大賢者シリウスと共にこの国に出現した大魔獣・黒獅子を討伐した戦女神」
「リューネがシックス・ホルダー……?」
イザベラは驚く。
確かにリューネというのは、この国では"魔法使いケルベロス"と共に有名な歴史的な人物。
だが、あまり文献が残っておらず、存在したという記録くらいしかない。
「もし……マーシャさんの言っていることが本当だとして、彼女の中にリューネがいるのだとすればノア・ノアールを超えるシックス・ホルダーになる。私はそう考えた」
「……」
「恐らく彼女と握手すればすぐわかる。だがそれだとつまらない」
イザベラはリーゼの言葉に首を傾げる。
リーゼが一体何を考えているのかさっぱりわからなかった。
「私だって魔法使いだ。強さを見極めるならこちらの方がいい」
そう言うとリーゼはニヤリと笑った。
そんなやり取りをしていると屋敷の方からマーシャが歩いてきた。
マーシャはワイシャツに聖騎士学校のスカート、軽い鎧をその上に羽織り、左手にはショートソードを持っていた。
リーゼはマーシャの方を見て笑みを溢した。
一方、マーシャは真剣な表情でリーゼを見る。
「決闘形式でいきましょう」
「はい!」
リーゼとマーシャは向かい合って立つ。
その距離は5メートルほどだった。
その間にイザベラが立ち、コイントスの準備に入った。
「あ、あの!エンブレムの発動は?」
マーシャは相手が魔法使いであることに躊躇していた。
王とはいえ、自分がエンブレムを発動すれば魔法は無効化される。
それでは勝負にならないと思ったのだ。
「どうぞ発動して下さい。でなければ私はあなたを殺してしまう」
「……!」
優しそうなリーゼ王からは想像がつかないような発言にマーシャは驚いた。
この言葉からわかるのは相手は本気で戦おうとしているということ。
マーシャにはもう迷いはなかった。
イザベラは両者を見る。
リーゼとマーシャがお互いイザベラに対して頷くと、それが合図となった。
イザベラは左の親指で勢いよくコインを弾く。
コインは大きく跳ねて、すぐさま地面に落ちた。
「エンブレム!!」
マーシャは左手に持っていたショートソードを抜剣すると同時にエンブレムを発動した。
そして一気に猛ダッシュし、リーゼに斬りかかろうしていた。
「ほう。なかなか早い」
リーゼは直立不動。
魔法を唱えようともしていなかった。
そこにマーシャの左から右へ横一線の斬撃。
しかしリーゼは少しバックステップしてそれを回避する。
さらにマーシャは追撃で一歩踏み込み、縦一線の斬撃を繰り出した。
だがリーゼはまたもそれを横に回避する。
マーシャは凄まじい踏み込みで、無数の斬撃を繰り出すがリーゼは全て回避していた。
「ここまで動いて息も切らさぬとは……」
確かにリーゼにマーシャの攻撃は当たっていない。
だがマーシャのスピードにリーゼの回避はギリギリだった。
そしてマーシャが右下から左上への切り上げ攻撃の際、リーゼは回避が間に合わないと思ったのか、左手に持っていた杖でマーシャの剣を弾いていた。
「なるほど……これほどとは……」
マーシャはさらに一歩踏み込み、突きの攻撃動作に入った。
その突きはリーゼの顔を狙っていた。
リーゼは少し首を傾けて突きをかわす。
その時、リーゼの頬は少し切れた。
マーシャはショートソードを引いて構え直すと縦一線の斬撃を放った。
それはリーゼに直撃し、その体を切り裂いた。
だが体は一瞬にして水になり地面に落ちる。
マーシャがハッとして振り向くと、後方5メートルほど先にリーゼが立っていた。
「エンブレム範囲外で助かりましたね。少し距離をとっていてよかった」
リーゼは笑顔で語っているが、すぐに真剣な表情になった。
マーシャはリーゼから放たれている異常なまでの殺気に身震いしながらも剣を構えた。
「私も少し本気でいきます……"魔力覚醒"」
リーゼがその言葉を言った瞬間に周囲は冷気に包まれた。
リーゼの髪の色は銀色に変わり、さらに瞳も発光する。
「こ、これは……」
マーシャはアインの魔力覚醒は見たことがあったが、その魔力覚醒とは全くレベルの違う圧に後退りする。
確かにリーゼが言う通り、エンブレムを発動していなければ体が消し飛ぶほどの魔力量を感じた。
「"魔力武装"」
「え……?」
マーシャは困惑した。
今、リーゼは何と言ったのか?
マーシャの困惑をよそにリーゼの体は徐々に氷に纏われていく。
その氷は蒼い甲冑のようで、完全にリーゼの顔、体を包み込んでしまった。
そして左手に持っていた杖にもどんどん氷が纏われ、最後には蒼く巨大な盾になった。
「氷結の
近くで見ているイザベラは言葉を失っていた。
先ほどまでマーシャの猛攻を見て心のどこかで"勝てるのでは"と思ったが、今のリーゼの姿を見てその考えは改められた。
「さて……これが私の力の70%ほどになりますが、どこまでやれるものか……」
人間がスペシャルスキルを一つ持っているだけでも崇められるこの世界で、王は全てのスペシャルスキルを所有すると言われる。
そのリーゼの蒼く神々しい氷の甲冑を見たマーシャは手が震えていたが、それは恐怖からではない。
この世界の"王"という存在の偉大さに対する高揚だった。
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