トリプル・アタック

アゲハ・クローバルはメルティーナの前に立ち、サーシャと向かい合う。

距離は5メートルほどで、あまり離れていない。


その距離をサーシャは一気にダッシュで詰める。

そのスピードはアルフィス並みの速さで、後ろにいるメルティーナには全く見えなかった。


「確かに速い……だけど……」


アゲハの目の前に現れたサーシャは右ストレートを打ち出していた。

それをアゲハは刀の柄を上へ向け、少し引き抜く。

柄頭をサーシャの右の手首に当てて仰け反らせた。


「天覇一刀流・雷打!……私はアルフィスのスピードを何度も見ている。もうそのスピードには慣れました」


そのままアゲハはサーシャの胴を狙い抜刀するが、抜いた瞬間に反りを返して峰打ちする。

切れはしないが、かなりの衝撃がサーシャの胴に伝わり、吹き飛んだ。


サーシャは吹き飛び様に、また姿を消してアゲハの前に現れ攻撃するが、ことごとく柄頭で弾かれ、抜刀の峰打ちをくらい吹き飛ばされる。


後ろで見ていたメルティーナはそのあまりの美しい剣技に言葉を失っていた。

さらに、あのサーシャのスピードに対応できる人間がいることに驚きもあった。


「なかなかの硬さですね……しかし、これではらちが明ない……」


対応はできるが、何度やっても攻めてくるサーシャに対してアゲハは、ここからどうするか考えていた。


そこに数十メートル前方、アゲハはアルフィスが立ち上がっているのが見えた。

そしてアルフィスは左足に付けたバックから魔石を取り出して、宙に放り投げていた。


「アゲハ!これを斬れ!」


そう言って、アゲハに向かって右ストレートで魔石は打ち出された。

その瞬間、アルフィスはその場から消えた。


アゲハは高速に近づく魔石を下から上へ抜刀して斬る。

すると別れた魔石が二つの木に着弾し燃える。

アルフィスはちょうど二つ燃える木の間の木肌に着地した。

そして両隣の燃え盛る木から両手のグローブに炎を吸収して纏う。


サーシャは構わずアゲハを攻撃していたが、次にアゲハがサーシャを抜刀の峰打ちで吹き飛ばした隙を狙ってアルフィスは瞬間移動した。


炎嵐フレイム・テンペスト……」


ちょうどサーシャが着地した目の前にアルフィスが現れ、灼熱の左ストレートをサーシャ目掛けて放った。


サーシャはクロスガードして防ぐが、白い肌がジリジリと焼け焦げ、その肌は黒く変色していった。


「熱い……!!」


あれほど冷静だったサーシャが初めて苦痛に叫んだ。

アルフィスは素早く左手を引いて、もう一歩踏み込み、灼熱の右ストレートを放った。

それもサーシャのクロスガードに当たる。

周囲には熱波が広がり、その熱量は明らかに鋼鉄並みのサーシャの体にダメージを与えていた。


「これで、どうだ!!」


アルフィスは右拳を振り抜くと、サーシャは何十メートルも吹き飛ばされ、森林を抜けてダイナ・ロア前の平野まで飛ばされた。

サーシャはなんとか着地するが両手で肩を掴み、激痛に耐えている様子だった。


アルフィスもすぐに森を走って抜けた。

アゲハとメルティーナがそれに続く。


「熱い……痛い……」


サーシャは涙を流していた。

その姿を見てアルフィスは躊躇した。

歳を考えれば、アルフィスの妹のリンと同じくらいの歳だ。

流石にこれ以上の追撃に気乗りしなかった。


「アルフィス……その子は?」


「アインの妹だ」


アルフィスの後ろにいたアゲハは驚く。

途中で合流したアゲハはこの状況があまり飲み込めていなかった。


「人を魔人に変える薬を飲んだんだ……」


「そんな……そんな物があるなんて……」


アゲハは悲しそうな目でサーシャを見つめている。

それはその後ろにいるメルティーナも同じだった。


そんなやり取りをしていると、あれほど痛がり震えていたサーシャの動きが止まった。

そして腕の黒ずんだ火傷の跡が割れ、地面に落ちる。

皮膚は完全に再生しており、白い肌に戻っていた。


「マジか……再生するのか……」


アルフィスが驚いていると、サーシャの白銀の髪が逆立つ。

そしてアルフィスを鋭い眼光で睨む。

なにか異様な雰囲気に三人は息を呑んだ。


「なにか……やべぇな……」


三人は臨戦体制だった。

アルフィスは左足のバックから火の魔石を取り出し握り、アゲハは刀を左腰に構え、メルティーナはいつでも弓が撃てるように下に構えていた。


「うああああああああ!!!!」


サーシャが叫んだ瞬間、その場から姿を消した。

そのスピードはアルフィスのテンペスト並みのスピードだった。

アルフィスはサーシャの姿は見えないが目の前に現れることを予想して左ストレートを放つ。

同時にアルフィスの目の前にサーシャが現れ、右ストレートを打った。


ズドン!という音と共に拳と拳がぶつかる。

アルフィスが握っていた火の魔石が砕け、左グローブは炎を纏う。


「熱いのは苦手だろ!!」


サーシャの拳はみるみる焼け焦げ、前腕までその熱が伝わっていた。

アルフィスはこのまま押し切ろうとするが、サーシャの"白銀の髪"が揺れて伸び、サーシャの腕からアルフィスの腕まで包帯のようにぐるぐると包んでしまった。


「な、なんだこれ!」


そしてその髪の毛がほどけると、アルフィスの纏う炎が消えるどころか、自身の補助魔法すら解除され、さらにサーシャの腕の火傷も治してしまった。


「この髪、エンブレムか!?」


そのままサーシャはアルフィスの腹に右の足蹴りを放ち、吹き飛ばす。

アルフィスは数メートル後方の森林まで吹き飛び、木に叩きつけられ、地面に倒れた。


「な、なんという強さ……」


アゲハは驚愕した。

ここまで強い者とは恐らく戦ったことはない。

間違いなく今までで最強の敵が目の前にいた。


そしてサーシャの次の獲物はアゲハだった。

アゲハを睨む眼光は鋭く、それにアゲハは息を呑む。

しかし、その威圧をものともせずアゲハは刀を腰に構えた。


「援護をお願いします」


「は、はい!」


メルティーナはアゲハの言葉に応え、そして弓を構える。

メルティーナの心にはもう迷いは無かった。

今できることはサーシャを楽にしてあげることだけだとメルティーナは思った。


サーシャはその場から姿を消すと、一瞬でアゲハの目の前に現れ、空中で右の回し蹴りを放った。

アゲハはそれに反応し、上体を低くして回避する。

そのまま抜刀した瞬間、サーシャは姿を消した。


「速すぎる!」


コンマ数秒、アゲハの抜刀を回避するためにサーシャは姿を消した。

しかし、すぐに目の前に姿を現したサーシャは地上で体勢を低くして、右ストレートを抜刀姿勢のアゲハの腹に叩き込む。


「がは……」


数メートル後退するアゲハだが、なんとか踏ん張って耐える。

メルティーナがサーシャのアゲハへの追撃をさせまいとすぐにサーシャへ向けて矢を放った。

だがその矢のスピードはサーシャに対応され、右の回し蹴りで落とされる。


「や、やっぱり弓だと……」


メルティーナが力なく肩を落とした。

しかし、その瞬間、メルティーナの後方からビュンと音がした。


その正体は火の魔石だった。

サーシャはまだ矢を落とす動作が完了した瞬間だったためか、その魔石はサーシャへ着弾した。

サーシャはクロスガードで防ぐが、両腕の前腕が炎で包まれていた。

そしてアルフィスがサーシャの目の前に現れ、右ストレートを溜めていた。

その右拳にサーシャの腕の炎が全て吸収される。


「ナイスだメル!炎嵐フレイム・テンペスト……ダブル・ダウンだ!!」


アルフィスの灼熱の右ストレートはサーシャのクロスガードへ放たれた。

ドン!という轟音が響き渡り、その衝撃で熱波は周囲に広がる。

その熱波は地面の雪をすぐさま溶かした。

アルフィスが纏う炎の熱量は今までとは比べものにならないほどの高熱で、一瞬でサーシャの両肩まで燃やしている。


そしてアルフィスはサーシャの白銀の髪が伸びる前に右拳を振り抜く。

その瞬間、アルフィスの拳から爆発が起こり、サーシャを吹き飛ばした。

全身が炎で包まれたサーシャは勢いよく飛ばされ、ダイナ・ロアの外壁に叩きつけられて地面に倒れた。

その衝撃で外壁にヒビが入り少し崩れる。


サーシャは倒れながらも髪の毛を伸ばして自分を包み、全身を覆っていた炎を消した。

傷も消したが、体力限界なのか、そのまま倒れたまま動かない。


「ハァハァハァ……これで終わってくれ……」


アルフィスはそう呟くが、それはここにいる皆が思っていた。


だが無常にもサーシャはゆっくりとではあるが立ち上がり、アルフィスを睨む。

アルフィスはそれを見てニヤリと笑った。


「根性あんじゃねぇか……気迫も充分。どっちが先に倒れるか……我慢比べといこうか!!」


そう言ってアルフィスは左足のバックから火の魔石を取り出して握る。

そしてその魔石を宙に投げ、右ストレートを溜めた。


その時だった。


ダイナ・ロアの一帯に雨が降り始めた。

それを見たメルティーナは驚く。


「ここは雪しか降らないはず……雨なんて……」


アゲハも空を見る。

そして自分の体に起こっていることき気づいた。


「痛みが無くなっていく……これは"癒しの雨"?でも私はエンブレムを発動しているのに……」


水の補助魔法の"癒しの雨"はヒール能力があった。

恐らくこの雨はそれだろうとアゲハは思ったが、エンブレムを発動しているので無効化されるはずだった。


アルフィスも空を見上げた。

宙に放った火の魔石を、そのまま左手でキャッチしてサーシャを見返した。

するとサーシャの髪の色が"白銀"から徐々に"青色"変わり、うずくまっていた。

それはまるでここの気温に耐えられず、寒がっているようだった。


アルフィスはすぐにサーシャへ近づき、自分の着ている防寒具を脱いでサーシャに着せた。


「兄様……」


涙を流すサーシャには、もう殺気は無かった。

アゲハとメルティーナもアルフィスのもとへ駆け寄るとサーシャは気を失った。


それを見届けると同時に、数百メートル壁沿いのダイナ・ロアの門が轟音と共に開く音がした。

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