水の国編

水の国へ

水の国は自然豊かな国だ。

国の国力は王の力で決まる。

リーゼ王は間違いなく優れた力を持った王だということは水の国の民なら皆が感じているところだった。


アルフィスとアゲハは北西門を抜けて、まだ見ぬ大地を見渡し、新たな旅路に胸躍った。


「他の国は初めてだな!」


「私は二つ目の他国。まさか自分がこんな大冒険をするなんて……」


二人は新たな冒険に感動していたが、アゲハがあることに気づく。


「そういえばアルフィス、ここからはどうやっていくのですか?」


「え?」


重要なことだった。

なにせ最北端まで行くとなると道も知らぬ二人では厳しい。

以前セントラルとべルートを行き来したように、レイアや舎弟二人のような案内役は必要だった。


「どうすっかなぁ。なんも考えてなかったぜ……」


「どうしましょう?中央のベネーロを目指すには荷馬車が必要ですね」


そう言って地図を広げるアゲハ。

その地図を見ると最初の村までも歩くと二日はかかりそうな距離でアゲハは言葉を失っていた。

明らかに中央までは一週間はかかりそうな距離だ。


「んー。この北西門から出てきた荷馬車に乗せてもらうってのはどうだ?ヒッチハイク的な」


「ひ、ひっちはいく?それは一体どういう……?」


そんなやり取りをしていると一台の荷馬車がアルフィス達の前を通ろうとしていた。

アルフィスは迷わず親指を立てる。


「へーい!そこ荷馬車!よかったら乗せてってくれ!」


その異様な姿にアゲハも御者のおじさんも困惑の表情を浮かべる。


「あ、ああ、別に構わないが、先客がいるが大丈夫かい?」


アルフィス達は荷台の方を見ると一人の魔法使いらしき青年が座っていた。

その魔法使いがアルフィス達を見るとニコッと笑った。

その魔法使いは黒髪短髪で大きい杖を持ったローブ姿の垂れ目の男だった。


「私は構わないぞ!旅は道連れって言うからな!」


「お!話が分かる!アゲハこれ乗ってこうぜ!」


「え、ええ」


アルフィスのようなテンションの先客に困惑するアゲハ。

だがお構いなしのアルフィスは荷台に乗り、アゲハもその後に続いた。

こうして荷馬車をゲットしたアルフィス達はまず中央を目指した。



______________________




ある程度進んだ場所で、目の前に座る魔法使いはアルフィス達が気になって話しかけてきた。


「君たち聖騎士、魔法学校の卒業生かい?」


「まぁそんなところだな」


ニコニコしながら、その魔法使いが質問する。

アルフィスが気になったのはその魔法使いが持つ杖だった。

見たことのないくらいの大きさだ。


「そうかぁ。私も魔法学校の卒業生なんだ、君たちの先輩だな!名前はなんと言うのだね?」


「へー。俺はアルフィス・ハートル。こっちはアゲハだ。お兄さんの名前は?」


アルフィスは先輩という話にはあまり興味なかった。

しかし、ここから旅も長いし名前だけは一応聞いておこうという社交辞令だった。


「よくぞ聞いてくれました!!私は泣く子も黙る大魔法使い!ロール様だ!」


アゲハは呆気に取られ言葉を失っていた。

アルフィスは頭を傾げている。

どこかで聞き覚えのある名前だったからだ。


「ロール……?どっかで聞いたことあるような……」


「……え?そ、そうりゃそうさ!私くらいになると世界に名が轟くからな!」


そう言って高笑いをするロール。

アルフィスは以前出会ったロールという青年を思い出していた。

容姿も違うし、持っている杖も、目の前にいるロールという青年はあきらかに前に出会ったロールではない。


「大魔法使いともなれば、もしかして二つ名持ちでしょうか?私は情報に疎いもので……」


アゲハが質問する。

それに反応するようにアルフィスはロールを睨んだ。

見た目は全く強そうには見えないが二つ名持ちならかなりの手練れだ。


「え?あ、いや、私は二つ名は持ってないんだ……」


「そうなんですか」


キョトンとするアゲハ。

バツの悪そうなロールを見てアルフィスはすぐに睨むのをやめた。

名前も同名ってだけで、大した意味はないのだろうと思った。


「それよりお嬢さん、顔色が悪いようだが大丈夫かい?」


「え?ああ、最近無理したからだと思います。ですが大丈夫ですよ」


アルフィスはアゲハを見ると確かに顔が青ざめていた。

ここまで来るまでに火の国へ行ったり、エンブレムの形状変化だったり、対抗戦だったりとハードだったからだろう。


「最初の村で下ろしてもらうか。そこで少し休もう」


「いえ、急ぐ旅ですから、このまま行きましょう」


「あまり無理してもよくねぇよ。それに三年かかるところ二年も短縮したんだから大丈夫さ」


アゲハはアルフィスの優しさに少し頬を赤らめ頷いた。

ロールはその二人の姿を見てどこか寂しげな表情をしていた。



______________________




水の国、最初の村のグイン目前というところで事件が起きた。

アゲハが高熱で倒れてしまったのだ。

ロールは医学知識があったため診てもらうと流行病の可能性があるとのことだった。


そしてようやく水の国の最初の村に到着した。

アルフィスはアゲハを背負い、ロールと御者のおじさんに別れを告げるところだった。


「すまない、世話になったな」


「……私も降りるぞ」


ロールの言葉にアルフィスが驚いた。

ここまで来る会話の中で、ロールの目的地が中央と言っていたからだ。


「この村には私の知り合いの医者がいる。こんな村に置いておくのは勿体ないほど腕の立つ医者だ。そこに案内しよう」


「マジか!」


アルフィスとロールは御者のおじさんに別れを告げ、その医者の診療所へ向かった。


村の面積はそれなりにあったが、建っている家屋は三十軒ほど。

アルフィスはこんな辺鄙へんぴな村に医者がいるのに驚いていたが、ロール曰く水の国は医者が多いらしい。


診療所は他の家屋と比べて大きく、アルフィスの屋敷ほどあった。

明らかにこの村に似つかわしくない大きさだ。


「なんか異様にでけぇな。俺の家くらいあるぞ……」


「水の国は医療に力を入れてるからな。小さな村でも医療施設は基本的に大きいのさ」


ロールはそう言って診療所へ入っていく。

アルフィスもアゲハを背負い後を追った。


「たのもー!ヘッケルはいるか?」


ロールが呼んだヘッケルという人物がこの診療所の医者なのだろとアルフィスは思った。

すると奥の部屋から80代ほどの背の低い老人が姿を現した。


「なんだ、騒々しい……ん?お前はロールか。なんの用だ」


明らかに怪訝そうなヘッケル。

構わずロールが状況を説明してくれた。


「なるほど、まぁ金持ってりゃなんでもいい。奥のベッドに運ぶといい」


ヘッケルに案内され奥の部屋へ通された。

その部屋はかなり広くベッドが十台は置いてあり、そこの一つにアゲハを寝かせた。


「診てみるから少し待ってろ」


ぶっきらぼうなヘッケルにアルフィスはイライラしていた。

ここまで横柄だと流石になアルフィスでもキレそうになる。

部屋の隅でロールと待っているが我慢が顔に出ていた。


「おい、あのじじい大丈夫なのかよ」


「ああ、口は悪いがこの国ではトップレベルだろう」


なぜトップレベルの医者がこんな何もない村にいるのかは不明だったが、アルフィスは信じる他なかった。


少し待っていると終わったようでヘッケルがこちらまで来た。


「免疫力低下による感染病だろう。最近他の国へ行ったか?」 


「ああ、火の国へ」


「なるほどな。国によっては病が違う。その国の人間でない者が他国を訪れた場合、こういうことが起こりうる」


「マジかよ……」


「特に女性は病に対して反発する力が弱い。女性ほど短命なのはそのためだ」


この世界の女性が短命という話は初めて聞くアルフィスは驚く。

一方、ロールは当たり前の如く頷いていた。


「てか、そんなのはどうでもいいんだよ。治せるんだろ?」


「治せる……が、治せん」


「はぁ?どういうことだそれは!」


「薬がないんだ」


「なに!?ヘッケル!薬が無いってどういうことなんだ!」


ロールが驚いた表情で割って入る。

流石にここを紹介した手前があったからだ。


「薬品の材料になる薬草が取りに行けないんだよ。北西の泉に魔物が発生していてな」


「なんだと……中央には知らせたのか?」


「もちろんだ。聖騎士と魔法使いの部隊がこっちへ向かってきたんだが、北の方で問題があったとかで戻ったみたいだ。ようやく来たと思ったら四人だけだった」


ヘッケルは苛つきながらさらに続けた。


「あれから一週間ほど経つが全く音沙汰がない。恐らく魔物にやられたんだろう」


「そんな……」


ロールが青ざめていた。

水の国の聖騎士と魔法使いの部隊といえば、この国のシックス・ホルダーが率いる精鋭部隊。

どの国よりも統率が取れ、その実力は一番とも言われていた。

四人とはいえ相当な実力を持つ聖騎士と魔法使いが帰ってこないというのは異常事態だった。


「おい、あんた、その泉の場所わかるか?」


不意にアルフィスがロールに尋ねる。

ロールは目を丸くしていた。


「あ、ああ、わかるが、それがどうしたのだ?」


「俺をそこまで案内してくれ」


ロールがその言葉に絶句する。

明らかに気が気ではない様子だった。

そこにヘッケルが割って入る。


「中央からの物資を待った方がいいんじゃないのか?」


「ここから中央までの距離は?それに、いつ来るんだそれは?」


「中央までは四日ほどはかかる。物資がいつ来るかはワシにもわからん……」


ヘッケルが表情を曇らせた。

距離の四日というのは長すぎる、さらにいつくかわからない物資を待っていたらアゲハがどうなるか。

アルフィスがロールを見る。


「泉までの距離はどれくらいだ?」


「こ、ここからなら半日くらいだが……ま、まさか本当に行くのか!?」


「そうだ。ついでにその魔物も倒してくる」


ロールの声は裏返り、顔はさらに青ざめる。

この目の前にいる魔法使いは頭がイカれてるのかとロールは思った。


「何馬鹿なこと言ってるんだよ!せ、聖騎士もいないんだぞ!前衛がいないんだ!魔法使い二人でどうするんだよ!」


「前衛は俺がやる。あんたは後ろで補助してくれればいい」


ロールはその言葉にまた絶句する。

魔法使いが前衛をやるなんて聞いたことがない。


だが、もし魔法使いで前衛ができる人間がいるとすればただ一人、この国のシックス・ホルダーだけだった。

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