異形異質

闘技場内の盛り上がりは異常だった。

観客席は満席で、その試合を見たいがためにセントラルに赴いた聖騎士、魔法使いもいるほどだ。


闘技場中央にはアルフィスとアゲハ。

相手の水の国の聖騎士ミリアと火の国の魔法使いヴィンセントが向かい合う。

ミリアはショートソードを持ち、服装は聖騎士団学校ブレザーで軽装の鎧を身につけていた。

ヴィンセントも魔法学校のブレザーを着用し大きい杖を持つ。


両チームの間にはコイントスをおこなう教官が立っている。


ベスト16まで到達したミリアとヴィンセントは間違いなく強かったが、今まで以上に緊張していた。

それは勝ち抜く緊張感だけでは決してない。

目の前のアルフィス・ハートルという男子生徒の目に見えぬ圧力と冷静沈着なアゲハの表情が二人の心を圧迫させた。


「ミリア、あいつは聖騎士より早く、一瞬で間合いを詰めてくる。一旦距離を離してくれ、魔法で先に"魔拳"を倒す」


「了解」


二人の警戒の矛先は完全にアルフィスだった。

なにせ、こちらは聖騎士を前衛としたポジションに対して、相手はアルフィスが前でアゲハが後衛のポジションだったからだ。


これには闘技場内もどよめいていた。

魔法使いが前衛なんて今まで誰も見たことも聞いたことも無い。


そんなのはお構いなしの冷静なアゲハ。

二人の特訓の成果を今見せる時が来ていた。


「アルフィス、恐らく相手はあなたを最初に潰しに来る。作戦通りにいきます」


「あいよ」


両チーム、戦闘体制に入る。

距離は15メートルほど。

教官がコイントスの準備に入る。


緊張感の中、教官が勢いよくコインを上に弾く。


立ち合う両チームにはそのコインの落ちるスピードはスローに見えていた。

集中力が限界点まで達している。


そしてコインが地面に落ちる。


「複合魔法」


アルフィスの足元に魔法陣が現れるが一瞬で消え、それと同時にアルフィスもその場から姿を消す。


「エンブレム!」


ミリアがエンブレムを発動し、目の前にアルフィスが現れることを先読みしてバックステップを踏む。


アルフィスは一度、目の前で止まって力を溜めてから拳を放つため、距離を少し離しておけばいいという対策だった。

ただしエンブレムの範囲外となり魔法は解除できないため二回目の追撃にも備えなければならない。


案の定、ミリアは拳の範囲外でアルフィスの右ストレートは空を切る。


「ファイアアロー!」


ミリアの真後ろから魔法が飛んでくる。

ちょうどミリアを横にかわして、二本の火の矢が左右からアルフィスに襲い掛かる。


「エンブレム・完全形状変化シェイプチェンジ


アルフィスの真後ろで光を放ち発動されたエンブレム。

アルフィスは一瞬でまた姿を消すが、その場に現れたのはアゲハだった。

アゲハはアルフィスの真後ろにいたのだ。


アゲハの右肩には半透明のマントを羽織っており、アゲハはそのマントをなびかせ時計回りに回転した。

ちょうどそこに火の矢が到達しアゲハを襲うが、半透明のマントは火の矢を完全に消してしまった。


「ば、馬鹿な……!」


「な、なんなの?それは!」


ミリアとヴィンセントは驚く。

魔法を消したということはエンブレムなのだろうがあんな形状は見たことがない。


アゲハはさらに踏み込みミリアを狙う。

ミリアはたまらず剣を振り下ろすが、それは間違いだった。


「天覇一刀流・雷打!」


ミリアが振り下ろした剣にアゲハの刀の柄頭が当たりミリアが後ろに仰反る。


そこにアゲハの左後ろ、アゲハのエンブレムの範囲外からアルフィスが現れる。

アルフィスはアゲハの真後ろにいてミリアには見えていなかった。

そのまま仰け反っているミリアの右脇腹に左のショートフックを叩きこんだ。


「インパクト!ボディがガラ空きだ!」


ドンと凄まじい轟音。

その部分は鎧で覆われ、さらにエンブレムでアルフィスの魔法は解除されるが、確実にその拳は内側に衝撃を伝えた。


「がは……」


「ミリア!……ファイアアロー!」


ミリアは体はくの字に曲がり、そのまま壁端まで吹き飛ばされる。

ヴィンセントはアゲハの右肩にエンブレムが集中していることをすぐさま見抜き、火の矢をアルフィスがいる方向へ放物線を描くように二本飛ばした。


「複合魔法!」


アルフィスは複合魔法でファイアマジックガードを重ね掛けし、右回し蹴りで火の矢を消滅させる。


「そ、そんな、完全に当たってたのに……」


ヴィンセントはすでに戦意喪失していた。

そこにアゲハが猛ダッシュでヴィンセントの正面に迫り、その腹に納刀された刀の柄頭を思いっきり叩き込んだ。


「うっ!」


ヴィンセントは激痛のあまり腹を抱えて前のめりに倒れ込む。


「そこまで!」


試合の決着を知らせる教官の声に闘技場内は騒然とした。

あまりにも早い決着だった。

場内で見ていたベテランの聖騎士や魔法使いですらも言葉を失っている者も多い。


「なんなんだあいつらは……あんな戦い方見たことないぞ……」


「どちらも前衛だから、"相手の攻撃を弾く役"と"その隙に攻撃する役"と交替してるのか」


「あいつが"魔拳のアルフィス"か……二つ名持ちはが多いと聞くが、魔法使いが前に出るとは……」


その闘技場内には大賢者シリアスと魔法学校校長のルイ・ディケイン、聖騎士団長のノア・ノアールの姿もあった。

 

「いやぁ面白い戦い方じゃ。次の試合が楽しみじゃな」


「あんなデタラメな戦い方はみたことがないが……アレがアルフィス・ハートル……学生初の二つ名持ちか」


「エンブレムをあそこまでスムーズに完全形状変化シェイプチェンジさせるとはな……教えられてもおいそれとできる技術じゃないぞ……」


ありとあらゆる聖騎士、魔法使いの戦い方を見てきたこの三人ですらアルフィスとアゲハの戦い方は異質だった。


この戦いは瞬く間に噂になって広がる。


さらにこの次の試合でアルフィス達が戦うはずだったチームはあまりの恐怖に棄権した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る