二つ名

セレンが現場に辿り着いたのはアルフィスが魔人との戦いが終わった十分後だった。


セレンは頭が潰れ、胴体に五つの穴の空いた魔人の死体を見下ろし言葉を失っていた。

セレンの後ろに立つ魔法使いも絶句している。


「……すぐに燃やして灰にしろ」


セレンが魔法使いに命じる。

魔法使いは火の魔法を放ち魔人の死体を燃やした。

セレン達はその魔人の死体が燃え尽きるまで、ゆらゆらと揺れる火をずっと見つめていた。



野営地 救護用テント



セレンが野営地へ戻り、救護用テントに入る。

そこにはアゲハと二人の舎弟もいた。

アルフィスは簡易ベッドに横になり、目を開けてはいるが意識が朦朧としている。

セレンはアルフィスを見るなり鋭い眼光を向ける。


「どうやら、そのベッドが気に入ったみたいだな、欲しけりゃくれてやるぞ」


「……そりゃどうも。俺が起きたら荷馬車に乗せといてくれ」


セレンの皮肉に虚な目で天井を見ているアルフィスも精一杯の皮肉で返す。

セレンはそれを笑って受け流すが目は笑っていない。


「"口裂けの魔人"と戦って生きてるだけでなく、魔法使いのお前が一人で撃破とは……化け物かお前は」


「あんたにだけは化け物呼ばわりされたくはないな」


ふん、とセレンの表情は真剣になる。

熟練の聖騎士、魔法使いのバディでも魔人一体倒すのは困難だ。

そもそも魔人一体には何人も招集して戦うのが常識だった。


「何体かいる魔人の個体の中で一番厄介なやつだ。動きは鈍いが噛まれると竜血を流し込まれて魔人化するか即死する」


アルフィスの周りに立つアゲハとノッポ、デブは、その言葉で硬直する。

アルフィスはそんなヤバいやつと戦っていたとは思いもよらなかったのだ。


「倒せたのはいいが、このザマさ。両腕の骨と右足の骨が砕けちまった」


「骨の砕けたのと引き換えに、お前は何人もの命を救ったんだ。誇っていい」


アルフィスは目頭が少し熱くなった。

前世では自分の強さは周りの迷惑でしかなかった。

だがこの強さ、この拳で人を助けることができるということにアルフィス自身、感慨深いものがあったのだ。


「ゆっくり休め、治癒魔法は全力でおこなう」


「すまんな」


そう言うとセレンは救護用テントを後にした。

外には門番の聖騎士と魔法使いの一人がいた。

セレンが真剣な表情で魔法使いに問いかける。


「鉄のように硬い魔人の体に穴を空けるほどの魔法……どんな魔法だ?」


「そんな魔法は火の魔法にはありませんよ……魔力覚醒後の"爆炎の魔法"ですらアンチマジックで無効化されてしまうと思います……」


「やはり拳か……」


魔法使いで近接戦闘するという人間を見るのも初めてだが、さらに魔人を倒すほどの魔法使いとなれば常識が覆る。

聖騎士も神妙な面持ちで口を開く。


「口裂けには聖騎士のエンブレム発動中の斬撃でも傷をつけられないのに……拳でなんて……」


「確かに私も拳で魔人は倒してるが、口裂けじゃない。あいつは硬すぎるからな。あのガキの骨が砕けたのもわかる」


「にしても魔法使いが一人で魔人を倒すなんて……そんな人間、世界に何人いることか」


魔法使いが一番信じられない様子だった。

なにせアンチマジックが常時付与されている相手に魔法使いが単独で勝つなんて不可能だ。


「魔法使いで魔人を一人で倒せるとすれば、シリウスのジジイか水の国のリヴォルグくらいだろう……いずれにしてもシックス・ホルダーだ」


「では、あのアルフィスという少年は……」


「恐らくシックス・ホルダーに匹敵するほどの強さだな」


ここにいる一同、もはや言葉が無かった。

シックス・ホルダーに喧嘩を売り、魔法使いにも関わらず魔人を一人で撃破したアルフィスはこの世界では異様な存在だった。


「"魔人殺し"の名はあいつにこそ相応ふさわしいが、あいにく私が名乗ってるからな。やつには"魔拳"の二つ名を送るとしよう」


セレンはニヤリと笑い自分のテントへ戻った。

それを見送った聖騎士と魔法使いの二人は顔を見合わせて息を呑んだ。




______________________




魔人騒ぎから一夜明け、次の日の早朝。

野営地の出入り口では、アルフィス達が荷馬車に荷物を積み込み出発しようとしていた。


アルフィスの骨折も野営地にいる魔法使いが魔法で治癒してくれたおかげで治りも早かった。


アルフィス達を見送るためにわざわざセレンや数人の聖騎士、魔法使いが出てきていた。

アルフィス一同はセレン達と向き合い別れの挨拶をしていた。


「世話になったな」


「なぁに毎日同じで退屈してたからな。こんなところには客も来ないし。数ヶ月ぶりに楽しめたよ」


「セレン様、お世話になりました」


アゲハが深々とお辞儀するとセレンはニヤリと笑う。

二度と会えなくなるというわけではないが恐らくそれに近い。

学位を取った後は、それぞれの自由ではあるが、大体は領地へ戻るか、残ってどこかの部隊に配属になるかの二つだ。


「俺もなかなか楽しめたからよかったぜ。自分がまだまだなのもわかったし」


「アルフィス・ハートル。お前には二つ名をやるよ」


セレンの言葉はアルフィスはキョトンとするが、周りは一気に緊張感が増す。

この状況をわかっていないのはアルフィスだけだった。


「"魔拳"……魔拳のアルフィスと名乗るがいい」


「いや、いいよ別にそんなの」


セレンの言葉にも周囲は驚くが、二つ名を断ったアルフィスにも驚く。

シックス・ホルダーから二つ名を与えられるのは稀中の稀だ。


「そう言うな。この二つ名はいつかお前の役に立つ」


セレンは表情は真剣だった。

アルフィスはそれに何を感じたのか無言で頷く。


「アニキ!準備できました!」


「おう!」


アルフィス達は荷馬車に乗ろうとしたが、直前

セレンがアルフィスを呼び止める。


「アルフィス」


「ん?なんだ?」


「もし学位を取ったらここへ来い。私はお前とならバディを組んでもいい」


それは"ずっと一緒にいよう"というセレンの告白に似た言葉だった。

この短期間で感じた思いを今伝えなければ、もう二度と会えないと思ったのだ。


「……悪いな、やることがあるんだ」


「そうか……」


即答だった。

このアルフィスの返答に揺るぎない意志を感じつつセレンは振り向き野営地の中へ戻る。

聖騎士や魔法使い達もそれに続いた。


「こっちに来ることがあれば寄るといい。いつでも相手をしてやる」


そう言ってセレンは自分のテントの方へ向い、その姿をアルフィスはずっと見つめていた。


この世界でシックス・ホルダーから二つ名を与えられることが、どういう意味を持つのかアルフィスはまだ知らない。

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