マーシャとリューネ
昼下がりのカフェ。
客はおらず、奥のテーブル席にはアインだけが座っている。
マーシャを待つ事、三十分。
カランと客の入店を知らせるドア鈴が鳴る。
「アインさん……」
頬を赤らめたマーシャは、申し訳なさそうにアインの向かいの席に座った。
今日は珍しく、いつも持ち歩いていない剣も持っていた。
「アインさん……私……」
「まずはハーブティーでも頼みませんか?」
アインは笑顔でマーシャに提案する。
マーシャはゆっくり頷き、店員を呼びハーブティーを注文した。
注文されたハーブティーはすぐに届けられ、二人同時に啜る。
「美味しい」
「美味しい」
声がハモる。
二人は少し笑い合って、少し間をおいてアインが口を開いた。
「もし、よかったら事情を聞かせて欲しい」
「……」
「俺はマーシャさんと一緒に対抗戦に出たいと思ってるんだ」
アインの告白にも似た言葉に、マーシャは少し涙目になるが、その複雑な表情からは何を考えているのかはわからなかった。
「話をするのは私からじゃない方がいいと思います。もし何かあればすぐに逃げて下さい……」
「え?……どういうこと?」
アインの困惑はもっともだった。
"私からじゃない方がいい"と言われても、ここにはアインとマーシャ、カフェの店員しかいない。
マーシャは困惑するアインをよそに、剣をかざしグリップを右手で掴んだ。
その瞬間、マーシャは気を失い、テーブルにドン!と勢いよく頭を打ち付ける。
「マーシャさん!」
店員も何事かとカウンターから顔を出すが、アインが大丈夫と手をかざした。
「アイン…スペルシア……」
そう言いながら、顔を起こすマーシャの眼光はいつものマーシャとは違っていた。
さらに声が全く別人で、その声からは感情が感じられない。
「久しぶりに剣を触ったかマーシャ。無理もない。私が出ると周りは驚くからな」
「マーシャ……さん?」
「私はリューネ。マーシャ・ダイアスの
一体何が起こったのか理解できないアインだが、もしかしたらこれは"二重人格"なのかと驚く。
今までアインはそんな人間は見たことがない。
「一体どういうことなんだ……これは……」
「見ての通り。私はマーシャが剣を持った時にだけ現れる、お姫様を守る騎士さ。と言ってもマーシャが剣を触ることは殆ど無いがな」
「お前が、マーシャの母親と姉を……」
「あいつらはマーシャを酷い目に合わせた。当然の報いさ」
「酷い目?」
「マーシャが大事にしていた人形を燃やしたのさ。"いつまで人形遊びをしてるんだ"ってね。マーシャは酷く傷ついた。そして私が生まれたんだ」
アインは混乱しながらも、それなら辻褄は合うなと思った。
だけど人形を燃やしたくらいで実の母親と姉を半殺しにするとはどういうことなのか。
「とにかく、マーシャを守るのは私の役目だ。魔法使いが出る幕は無い」
そう言ってリューネは席を立とうとする。
それをアインは制止した。
振り返るリューネのその目は今にもアインを切り倒しそうな目をしている。
「まだ何か用か?」
「お前は関係ない、俺がマーシャとバディを組んだんだ!」
「物分かりが悪いなアイン・スペルシア」
「俺たちは一緒に対抗戦に出るんだ!」
アインは今までにない激情に駆られていた。
リューネはため息混じりにあらためて席についた。
「アイン・スペルシア、この世界で最も価値のある物はなんだと思う?」
「……何が言いたい?」
「お前の価値の話さ。お前の価値はなんだ?"家柄"か?"魔力量"か?じゃあ、それが全く及ばない者が目の前に現れたらどうする?お前はマーシャを守れるのか?」
「……」
「この世界は"力"で成り立ってる。愛だのなんだのなんて詭弁でしかない。目に見える事実、そう、"魔法使いは聖騎士には勝てない"という事実こそが真実なのさ」
アインは納得しかけている。
確かに魔法使いがどんなに頑張ろうと、持って生まれた魔力量を底上げすることはできない。
家柄だって、ただそこに生まれたってだけで、ほとんど価値なんてない。
なによりもエンブレムを持つ聖騎士には魔法使いでは勝てない。
「つまりマーシャを守るには私より強くないといけないんだ。わかったか?話はこれで終わりだ」
そう言うとリューネは立ち上がり、店を後にしようとドアに手をかける。
「マーシャには、"アインが自ら断った"と伝えておくよ。悔やむ事はないさ。なにせマーシャには私がいるのだから」
それだけ言うとリューネは店を後にした。
アインは茫然自失。
否定できない事実をつけられて放心状態だった。
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