バディ


アルフィス・ハートルの行動は早かった。


聖騎士団宿舎は聖騎士学校の隣にある。

学生寮とは違い、ここは正規の聖騎士、聖騎士見習いが寝食を共にしている。


入学式の次の日の早朝。

アルフィスは聖騎士団宿舎のドアの前に立っていた。


「ちぃーす!」


応答が無い。

アルフィスは首を傾げる。


「そういえば門を叩けとか言ってたな」


そう言うと、徐ろにドアを叩き始める。

朝から迷惑極まりない行動に、まばらな通行人も言葉を失っていた。


「ノアちゃん、遊びましょ!」


叩き始めて数秒、ドアが勢いよく開きアルフィスの顔面を直撃した。

あまりの痛みにうずくまってしまう。

そこには三人の聖騎士が姿があった。


「朝から迷惑な奴だな。団長は任務でここにはいない。いたとしても、お前の相手などはしないだろう」 


真ん中の落ち着いた風貌の女性は蔑むような目でアルフィスを見る。

銀髪でショートヘアの彼女の目は氷のように冷たい。


「さっさとここから立ち去るんだ。ここは淑女の領域だ。貴様のような小汚い下級貴族が来ていい場所ではない」


「いやいや、お前んとこの団長がいつでも相手してやるって言ってたから来たんだろうが!」


アルフィスは頭の痛みをこらえ、必死に銀髪の騎士に食ってかかる。


「それに、ここに聖騎士でリリー・ハートルっているだろ、俺はそいつの弟なんだよ!」


コネを使おうとする浅ましい魂胆が見え隠れする中、取り巻きの二人の女子がようやく口を開く。


「何言ってるの?リリー・ハートル?あの騎士見習いの?」


「どおりで品が感じないと思ったらそういうことね」


どういうことなのかよくわかっていないアルフィスはポカンと口を開ける。


「リリー・ハートルは落第寸前でようやくこの宿舎に入れたのよ」


「あんな下級貴族には団長の木箱持ちがお似合いよ」


そう言って、二人は大笑いしている。

それを銀髪の女性が静止し、アルフィスへ向き直る。


「とにかく団長はお前などとは戦わない。どうしても戦いたいというのなら、この私、聖騎士団副団長エリス・マーデンがお前を八つ裂きにする」


鋭い眼光を見たアルフィスはこのエリスが強者だと確信した。

また強いやつが出てきたなと思った矢先、すぐさまドアを閉められてしまった。


「しかしどういうことだ?クソ猫の話と違うじゃないか」


アルフィスの疑問はもっともだった。

黒猫アル曰く、リリー・ハートルは主席で卒業し、すぐに団長の部隊に入った天才騎士と聞かされていたからだ。


考えのまとまらないまま魔法学校へ向かおうとした時、アルフィスは騎士と思しき女子に手を掴まれ、物陰に連れていかれた。


「ちょっとあんた、どういうつもり?」


状況が掴めないアルフィスだったが、ふと昨日の入学式の出来事を思い出す。

この女子は昨日、団長の上がる木箱を運んでいた騎士見習いだった。


「どうせ、私を笑いにきたんでしょ?」


「は?なんでだよ。俺は団長とタイマンはりにきたんだよ。お前なんか知るか」


目の前の女子は顔を真っ赤にし、今にも泣きそうだ。

アルフィスはいじめてるつもりはなかったが、その表情に若干同情を感じた。


「実の姉に向かって"お前"とはね。それにあんた変わったわね。人相も性格も。とにかくこのことは父上には黙っておいて」


そう言うとリリーはその場から早足で去っていった。


「ハートル家、どんだけドロドロの家庭環境だよ。昼ドラも真っ青だな」


アルフィスはこの状況を見て撮り溜めしていた大量のドラマが見れなかったことを今さら後悔した。



学校校内


学校生活も三ヶ月を過ぎ、生徒達からは緊張感は消え、希望や興奮が溢れていた。

授業内容は様々で、魔法、スキルの基礎知識から応用、四属性国、セントラルの歴史についてや国々の法律などだった。


アルフィスにとって学科は地獄のような時間で、入学初期の実力テストなどはダントツで最下位。

このままでは卒業どころかニ年目にこの学校に在学してられるかどうかすら怪しかった。


昼下がり校内を歩く三人組がいた。


「アル、お前卒業できないんじゃないか?」


「多分このままだとまずいよ」


この二人は入学式の時にアルフィスが首を絞めた二人、ザックとライアンだった。

二人ともハートル家ほどではないが、あまり地位の高くない家柄と同じ火の国出身ということもあり、なぜか意気投合したのだった。


「俺は実技派なんだよ」


アルフィスは強がるが若干焦っていた。

ここで落第はさすがにマズイ。


「いくら実技が出来たって総合得点で上がるんだから意味ないだろ。それにお前の魔力じゃ実技も厳しいぞ」


ザックに辛い現実を突きつけられ、途端に青ざめる。

前の世界の学校は超底辺高校でとりあえず過ごしてればなんとかなったが、ここはそうもいかない。


「もう対抗戦で優勝するしかないかもね」


「対抗戦?」


アルフィスはライアンに聞き返す。

ザックは呆れ顔で口を開く。


「学校行事くらい調べとけよ。対抗戦は一年に一回ある、魔法学校、聖騎士学校合同トーナメントだ」


「基本的に魔法使いと聖騎士はペアで行動して任務にあたる。学校にいる間にペアになる人、バディを選んでおくんだ」


アルフィスはそんな制度があるなんて全く知らなかった。

そもそも卒業してさっさと猫のお使いを終わらせて火の王に挑むということしか頭になかったのだ。


「バディを選ぶのも実力次第だからな」


「お前らは、そのバディいるのかよ」


ザックとライアンは顔を見合わせる。


「いるだろそりゃ、入学したら初めにやっとくことだぞバディ選びは」


「アルも早めに見つけといた方がいいよ。見つからずに卒業ってなれば、ずっと見習いのままだからね。でも逆に対抗戦で優勝すれば成績に関係なく学位がもらえるんだ」


成績に関係なく学位がもらえるとは魅力的な話しだったが、今の状態だと対抗戦に出るどころか0回戦敗退してしまう。

だが、アルフィスは入学当初の素行の悪さから悪評が凄さまじく、明らかにバディ選びは難航することは目に見えていた。


三人はそんな話をしながら中庭を歩いていた時だった。

男女が向き合っており、男の方は緊張している様子だ。

よく見ると魔法学校の生徒の男が聖騎士学校の女子に言い寄っていたのだ。


「アゲハさん、まだバディを組まれていないとお聞きしました。是非私とバディを組んでいただけないでしょうか?」


「申し訳ないですが、お断りします」


即答。

断られた生徒はふらふらと、中庭の奥へ消えて行った。

アゲハはツンとした表情でこちらの方向に向かって歩いてくる。


「クローバル家の令嬢、アゲハ様だ、なんとお美しい……お近づきになりたいな」


「私達には見向きもしないって。なにせ大貴族だからね。でもなぜか入学からバディ申し込みは数知れずだけど、みんな断ってるみたいだよ」


ザックは鼻の下を伸ばしたが、ライアンの現実主義にザックは怪訝な表情を浮かべる。


「どうせ、理想が高いんだろ」


そう言ったアルフィスを横目にアゲハは通り過ぎた。

その発言が聞こえていたのか、アルフィスは通り過ぎざま睨まれた。


「しかし刀なんて珍しい。こっちにもあるんだな」


アルフィスのその言葉にアゲハは後ろで立ち止まる。

アゲハは振り向き、鋭い眼光でアルフィスを見た。


「あなた、今なんと?」


アルフィス達も振り向く。

ザックとライアンは怯え切っていた。

自分達よりも身分が高い貴族を怒らせたら、どうなるのかわからない。


「刀なんか珍しいって言ったんだよ。それがどうした?」


ザックとライアンを尻目に、アゲハの言葉に全く動じないアルフィス。

アゲハは持っている剣を前に出した。


「セントラルに来て三ヶ月ほど経ちますが、この剣を"カタナ"と言った人間はいなかった。なぜこの剣のことを知ってるのですか?」 


アゲハはアルフィスを睨んでいるが、その瞳は怒りではなかった。

なにか希望がそこに見えたような、そんな目をしていたのだ。

そして、この出来事から、アルフィスのバディ探しは大きく進展しはじめる。

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