第29話

 目的のコテージに着いたとき、日没とまではいかないが、あたりは薄っすらと暗くなり始めていた。


「ここで、間違いない」


 律はそう言うと、写真を取り出して実物と見比べる。MYのロゴマークも、周囲の木々も全く同じだ。


「1台の車が停まっていますね。誰かいるのは間違いないみたいです」


 佐々木の言葉に、律は佐々木の視線を追った。そこには1台の外国製の車が停まっている。


「もし犯人が岡崎さんと中にいるのなら、監視カメラを警戒したほうがいいですかね? こちらの動きに勘づいて逃げられるかもしれない」


 佐々木がそう悩ましげに言った。律は静かに首を横に振る。その心配は杞憂に過ぎない。


「いや、監視カメラはついていないと思う。犯人は自分の顔を知られたくないだろうし、わざわざ殺人の証拠になりうるものを残さないはずだ」


「なるほど、確かに」


 納得したように数回頷く佐々木を横目に、律はどうやって中へ入るか考えた。


 インターフォンを押して素直に出てくるとは限らないし、こうしている間に愛奈が殺されかけているかもしれない。


「とりあえず、家の周りを見てみるか。もしかしたら、どこかの窓が開いているかもしれない」


 律の中に思い浮かんだのはありきたりな提案だった。律の提案に、佐々木は「そうですね」と返事をする。


「僕は左回りに見てきますから、丸野さんは右回りに見てください。もし鍵の開いているところがあったら電話。必ず二人そろってから中へ入りましょう。何が起きるか分かりませんから」


 刑事らしい言葉を言う佐々木に、律は深く息を吐いて静かに頷く。本当は一人でも中へ入って愛奈を探したかったが、佐々木の言うことは尤もで律を冷静にさせた。今は確実に愛奈を助け出せる作戦で行かなければいけない。万が一にも、愛奈を傷つけてしまうようなことがあってはいけないため、犯人を捕らえる者と愛奈を保護する者の2名で行った方がいいだろう。


「何があるか分からない。慎重に行こう」


 律の言葉に二人は頷きあい、コテージに向かって左右に分かれた。



***


 コテージの周囲を歩いて、律は人が一人くらい通れそうな大きさの窓を見つけた。網戸は張られているが、換気のためか少しだけ開いている。


 律は早速佐々木へと電話をした。ワンコールもせず電話に出た佐々木へ、律は開いている窓の場所を伝える。思ったより近くにいたのか、佐々木は電話が繋がっている間に律の元へと来た。


「ここなら、入れそうですね。僕がまず入ります。一応、警察官ですから」


 佐々木の声が電話口と重なり、律は電話を切る。顔を声のする方へ向けると、佐々木が緊張した面持ちをしていた。彼は窓の桟へ足をかけ網戸を開けて室内へと入っていく。身のこなしが軽く、若手の刑事らしさが垣間見える。


 律はその後に続いて室内へ入った。


「トイレだったのか」


 律はそう呟くと、すでに部屋の外へと出ている佐々木へと視線を向ける。さすがにトイレは二人入るには狭い。律が入るにあたり、先に外へ出ていてくれたのだろう。


「ここからは二人で行動しましょう。何があるか分かりませんから」


「分かっているよ」


 ここまで来たら別々に行動する理由はない。どちらかが先に愛奈を見つけたとして、安全に犯人を取り押さえることはできないのだから。


 律はトイレから出ると、静かに扉を閉める。そして先を行く佐々木の後ろに続いた。



***


 しばらく廊下を歩くと、誰かの声が聞こえた。律は咄嗟に佐々木の腕を掴み、口元へ人差し指を当てる。


 律の意図を読み取ったのか、佐々木は頷いて足を止めた。


「どうして……どうして、私じゃダメなの?」

「やっぱり……あなたはスミカだったんだね」


「同じところに転生できて、今度は性別も違って、私達は運命の糸で結ばれているんだよ」

「そうかもね。赤い糸ではなさそうだけど」


「そんなこと、言わないで! 私には……私には君しかいないの」

「それは思い込みだよ。あなたは私がいなくても生きていける。私に執着する必要はない」


「違う……違うよ。それは君が決めることじゃない。私は私だけの君が欲しい。君が私だけのものにならないのなら――」

「っ……。また、殺すの?」


「もう一度、二人で生まれ変わろう? 今度は二人が結ばれる世界に」


 雲行きの怪しくなった会話に、律は声の聞こえる部屋の扉を勢いよく開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る