第17話
「怪盗Gがあたしを殺すの?」
推の質問に、愛奈は「多分」と自信がない様子で答える。それまでの友好的な態度を変えて鋭い視線を愛奈へ向ける推に、律が「まあまあ」と間に入った。
「愛奈は、怪盗Gが誰かを殺すシーンをはっきりと覚えているみたいなんだ。それが君かは分からない。ただ、君が殺人事件の被害者になるっていうことも、彼女は覚えていてね。それを繋ぎ合わせると、そう言う結論になる」
律の言葉に、推は大きく首を横に振った。
「ありえない。あの人が誰かを殺すなんて、信じられないよ」
「推の話だと、怪盗Gは子どものような無邪気さがある優しい人らしいね。ターゲットも裏で悪いことをしている人に限っているし、その報酬は貧困層に配っている。俗にいう、義賊かな」
「そうだよ。あの人は誰かを傷つけることなんてしないし、意味のない窃盗はしない。もちろん、あの人は自分が犯している罪の重さを知っている。決して自分で自分を称えることは言わない。それでもね、怪盗Gは貧困層にとってヒーローなんだよ。そんなヒーローが人を殺すわけないでしょ」
推はそう声を荒げると、思い切り机を叩いた。その音に愛奈が肩を震わせる。律はそんな彼女を横目に、口を開いた。
「でも、怪盗Gが犯したと言われている強盗事件があるよね。君も知っているだろう?」
推は眉間のしわを深めると、舌打ちをした。
「あれは、なりすましの仕業だよ。あんな下品なやり方、あの人はしない。だって、あの人は怪盗と言う仕事が大好きで、怪盗のルールに背くようなことは決してしないから。誰かを傷つけてものを盗むなんてこと、するわけないんだよ」
苛ついたように話す推に、愛奈が「でも――」と口をはさむ。しかし、続きを言う前に、推に遮られてしまう。
「あなたの言っているのは、あくまで前世で見た小説の話でしょ? ここが本当にその小説の世界かどうかなんて分からないし、その小説によく似ただけの世界かもしれない。あなたの前世の記憶は信じるけど、それがこの世界と全く同じだとは私は思わないよ。小説はあくまでも仮想の世界。現実と一緒にしないで」
一見穏やかに聞こえるが、推の声は怒りを帯びていた。愛奈は「そうですけど……」と顔を俯かせてしまう。自分の言っていることが信じてもらえないというのは、何度経験しても辛いのだろう。
律は愛奈をカバーするように言った。
「今までも愛奈が教えてくれた事件は実際に起こっていた。僕は愛奈が言っていることに間違いはないと思っているよ」
「あたしの人を見る目を疑うの? 長年、あなたとバディを組んで事件を解決していたあたしを?」
推はそう言うと視線を愛奈から律に向けた。その視線は心なしか冷たく見える。律は首を横に振った。
「そういうわけじゃない。ただ、落ち着いて考えてほしい。愛奈が覚えているのは君が誰かに殺される姿。そして、怪盗Gが誰かを殺す姿。推が思う怪盗Gは誰かを傷つけるようなひどい人間ではない。二人の話を合わせると、誰かが怪盗Gになりすまして殺人をする可能性が考えられないか?」
推の目が見開かれ、愛奈が顔を上げる。
「そのなりすましに、あたしは殺されるっていうこと?」
「おそらくね。怪盗Gが強盗の濡れ衣を着せられた時、君は黙っていられないんじゃないか? だから、独自に捜査を進めて、優秀な君は真犯人を見つけてしまう。その結果、口封じのために殺される。それが筋の通る話だと思う」
律の言葉に、推は納得したように頷く。
「確かに、あの人は『なりすましなんて放っておきなよ』って言ってる。でもそれがあまりにもひどくなったら、あたし一人で捜査するつもりだった。……うん。腑に落ちる話だね」
愛奈は少し気になるところがあるような表情をしていたが、ひとまずは納得したように頷いていた。
二人の様子に律は安堵のため息を吐くと、話をまとめる。
「ひとまずはその方向性で捜査をしていこう。ただ、推。君は何もせずにいてくれ。万が一にでも、君に何かあったらと思うと、不安になる」
そう肩をすくめる律に、推が小さく笑った。
「あたしは大丈夫だと思うけど――ま、今はあなたの指示に従っておく。とりあえず、怪盗Gが濡れ衣を着せられるようなことがまたあったら連絡する。一人で行動しないでおくよ」
律はその返事に満足そうに頷く。愛奈はまだ少し不安そうな瞳で推を見ていた。
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