小説の中の探偵 ――彼の助手は転生者
猫屋 寝子
第1章 危険なパーティー
第1話
「今から殺人事件が起きるので、それを防いでほしいんです」
本日、アポイントメントなしで江戸川探偵事務所にやってきた女性、
二重でぱっちりとした瞳を持つ彼女は可愛らしい顔つきをしていて、ほんわかとした大人しそうな雰囲気を纏っている。第一印象と違う勢いのある行動に、
「それは、殺人予告があったということ?」
愛奈は首を大きく横に振ると、真剣な表情を浮かべる。
「違います。予告とかはないんですけど、絶対に殺人事件が起きるんです」
想像と違う返答に、律は口角を戻し眉をひそめた。予告殺人というならば話は分かるが、そうでなければ意味が分からない。ただの妄言にさえ聞こえる。
律はとりあえず話を聞こうと「詳しく話を聞いても?」と続きを促す。愛奈は頷くと、姿勢を正した。
「実は私、最近になって前世の記憶が戻りまして、ここは前世で読んだ推理小説の世界だって気づいたんです」
より想像を超えてくる言葉に、律は眉間のしわを深めた。今までいろいろな依頼人の話を聞いてきたが、ここまで非現実的な話をする依頼人は初めてだ。
懸命に話している愛奈はそんな律の様子に気づかないようで、そのまま言葉を続ける。
「その小説ではあなたが主人公で様々な事件を解決していくんですけど、新聞などを調べた結果、今はまだ小説に出てくる事件が起きていないようなんです。それはつまり、今からその事件が起きると言うことでしょう? それなら、そのことをあなたへ先に伝えておけばその事件を未然に防げるんじゃないかと思ったんです」
愛奈はそこまで話すと、深く息を吐いた。そして「信じていただけますか?」と真っ直ぐに律を見つめる。その瞳は嘘を吐いているようには見えなかったが、あまりにも非現実的な話に、律は首を横に振った。小説の中に転生だなんて、それこそ本の中の話だろう。
「君が未来から来た、という話の方がまだ信じられるよ。僕の活躍が将来小説になって、それを君が読んでここに来た、という筋書きの方がね。僕の生きているこの世界が小説の中だなんて、信じられるわけがない」
「それなら、信じさせてみせます」
愛奈は強い口調でそう言うと、早口で言葉を続けた。
「江戸川探偵事務所の名前は、あなたの好きな江戸川乱歩からとってつけられましたね。そしてあなたはよくB型に間違われるけれど、本当はO型。面白そうなものには興味を示し、とことん追求するタイプ。自信家であり、それにふさわしい実力を持っている。加えてその容姿です。奥二重で切れ長の目に筋の通った鼻。サラサラとした黒髪に珍しい黒色の虹彩。その整った顔立ちから男女関わらず言い寄られることが多く、それを面倒に感じていますね。また調査をする際は茶色のカラーコンタクトをして目立つ黒色の瞳を隠します。変装も上手で、友人から役者を勧められたこともある」
自分のプロフィールを読み上げているかのような愛奈に、律は目を丸くする。ここの名前の由来は考えれば分かるだろうが、血液型に関しては初対面の彼女が知っているはずがなかった。律は自分の血液型を誰にも言っていない。愛奈の言う通りよくB型に間違われるが、それを否定するのも面倒なので血液型に関しては「秘密」と言って誤魔化していた。性格も彼女の言う通りで、否定するところはひとつもない。
――本当に、彼女は転生者なのか。
律はため息を吐く。そんな馬鹿げた話があるはずない。律は彼女が自分の身内数人から話を聞いて情報をすり合わせたのだろうと推測した。愛奈を信じるには情報が足りないのだ。
「確かに、僕は君の言う通りの性格だ。しかし、その情報を僕の身内から聞いてきたという可能性も捨てきれないだろう。だから、今度は僕の質問に答えてくれ」
愛奈は頷いて続きを促す。律は一呼吸おいて、口を開いた。
「次に僕はどんな事件に遭遇するんだ? 君は殺人事件が起きると言ったね。どこで、誰が、殺されるんだ?」
どうせテキトウな答えが返ってくると思っていた律に対し、愛奈は迷いなくはっきりと答える。
「国際美術コンクールの受賞式で、最優秀賞を受賞した
律は自分が参加する予定であった式典の名前が出てきて一驚する。国際美術コンクールの授賞式といえば、大学時代に知り合った画家、
驚く律を見つめたまま、愛奈は真剣な表情で言葉を続ける。
「五月一日、東京で開かれる国際美術コンクールの授賞式に行く予定ですよね?」
律は動揺を隠すよう咳ばらいをすると、愛奈に返事をする。
「そうだけど……どこで知った?」
「小説です。前世で読んだ小説に、書いてあります。確か被害者である森康太さんの父親と親しいんですよね」
的確な内容に、律は愛奈の情報源を推理する。雄介とは大学時代に行った美術館で知り合った。それ故、彼と交流があることを知っている人間は身近にいないはずだ。そうすると、彼女は雄介、もしくはその息子たちと関係がある人物なのだろうか。それならば自分が授賞式に参加することを知っていてもおかしくない。
律はため息を吐くと、愛奈を睨んだ。
「雄介さんの知り合い? それなら、なおさらなんでこんな手の込んだ嫌がらせみたいなことをするんだ。康太君が殺されるなんて縁起でもない」
今度は愛奈が眉をひそめ、首を横に傾けた。
「雄介さんって、誰ですか?」
「え?」
思ってもいない返答に律はキョトンとした顔をする。雄介の関係者ではないというならば、情報源はどこなのだろう。
「森雄介。君の言う被害者、森康太の父親だよ」
愛奈は眉間のしわを緩め、納得したように頷く。
「なるほど。父親は雄介っていう名前なんですね。小説で父親の名前はそれほど重要じゃなかったので覚えていなくて」
愛奈の返答に、律はここが本当に小説の世界であるような感覚がした。その感覚を振り切るように、律は首を軽く左右に振ると深く息を吐く。ここが小説の世界であると信じられないが、情報源が不確かな今、ひとまず詳しい話を聞く価値はあると思った。
「ここが小説の世界なのかは置いておいて、康太君はどのように殺されるんだ?」
「毒殺です。毒物を飲まされて、授賞式の最中に亡くなります」
すんなりと答える愛奈に律は頷く。毒殺――銃殺や刺殺に比べたら現実的かもしれない。授賞式といってもその内容は立食パーティーで有名人も数名来る。ドレスコードはもちろんあるし、持ち物検査だってあるはずだ。拳銃はもちろんのこと刃物を持ち込むことさえ難しいだろう。毒物だったら持病の薬だとか理由をつければ持ち込める。一瞬の隙をついて、ターゲットの飲み物に仕込むことは可能だ。
律は続けて尋ねる。
「犯人は?」
その質問に、それまで迷いない返答をしていた愛奈が初めて言葉を詰まらせた。
「……解決編については、記憶が綺麗に消えているんです。結構読み込んだ小説のはずなのに、どうしても思い出せなくて」
律の表情が厳しいものに変わる。愛奈の言う通りここが小説の中であれば、犯人はすでに決められているはずだ。そしてその小説を読んだという愛奈はその犯人を知っているということになる。その記憶が消えているなど、彼女の話が妄言であると証明しているようなものだった。
その一方で、律はとりあえず愛奈の言う話が本当か確かめる必要があると思った。悔しそうに顔を歪める彼女は、嘘を吐いているように思えない。それに、彼女の話は一人の青年の命に関わっている。彼の命の保証をするためにも、彼女の話に耳を傾けておく必要があると考えたのだ。
「君の話が本当か、今の段階で断定することはできない。君の話を確かめるためにも、一緒に授賞式へ行ってもらいたいんだけど、いいかな?」
律の提案に愛奈は目を丸くするも、迷わず頷いた。
「もちろんです。命を救うためなら、よろこんで協力させていただきます」
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