#068 アリスの冒険世界 1日目その1 伝説の始まり

 僕は作ったカレーを急いで食べて、残りは小分けにして冷凍庫へと入れておく。

 こうして今日から3日間は食事を作らない予定だ。


 トイレを済ませてペットボトルなどの飲み物も用意して⋯⋯と。


「準備完了! 留美さんは?」

「OKよ」

「じゃあお互い頑張ろう!」

「⋯⋯うん」


 こうして僕らは分かれて自室へと籠る、防音の部屋の中ではもうお互いの事はわからない。

 でもこれから同じゲームの配信をすると思うと、なぜか傍にいるような気分だった。


「まあオンラインモードで一緒にも遊べるし」


 今日の配信でそこまで進めるかはわからないが、一緒に楽しめることは確かだった。


「あと10分⋯⋯」


 僕は配信機材の最終チェックを済ませて問題ないと確信する。


 それで残りの時間はゲームの説明書をよみながらイメージを作っていく。

 今からどんな冒険をするのか考えながら。


 5・4・3・2・1・0!

 さあ、伝説を始めよう!


 ── ※ ── ※ ──


「みなさんこんばんは! 『電遊アリスチャンネル』のお時間です! 今夜からは特別配信! なんとあの『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』のベータ版を遊んでいこうと思っています!」


【まってましたー】


「みんなはお昼の配信も見てくれたかな? でも見てない人の為に簡単に説明を。 このゲームは『ネオ・レジェンド・プロジェクト』としてエミックスとスフィエアで共同開発されたゲームです。 そして僕らVチューバーにそのベータ版を遊んでもらって宣伝するという事になっています」


【うらやましい】


「一般のテストプレイヤーの人たちは15日からで、それ以外の人たちは来月の製品版までお楽しみにしてくださいね!」


【ベータ版当選したぜ!】

【ワイも】

【外れた!】


「おお、部員さんの中にもベータ版当たった人居るみたいですね。 じゃあ後で一緒に冒険できるかもしれませんね、楽しみです」


【部長と一緒に冒険か】

【めっちゃやりたい】

【アリスちゃんと遊びたい】


「むむ、それじゃボクのギルドを作るのもいいかも」


 このゲームはギルドを作って攻略することもできるのだ。


「それではアリス部長は一足先に始めて待ってるぜ!」


【まっててください】

【ついて行きます】


 こうしてボクはゲームを起動させる。


「まずはキャラメイクからですね。 昼間1回やったから今度は時間がかからないな」


 ボクは『アリス』と名付けたアバターを自分そっくりに構築していく。

 特徴の銀色のシュートヘアを再現する⋯⋯やっぱりかわいいなボクのアバターは。

 このアバターを描いてくれた神絵師様ことオシロンママに感謝である。


 こうしてテキパキ2度目のキャラメイクを終えて『決定』を押そうとした。


【あれ?胸盛らないの?】


「君たちさあ⋯⋯」


【おっぱいおっぱい】

【ボインボイン】


 なんだこの一体感は⋯⋯?


「君たち、そんなに巨乳が好きなの?」


【おっぱいが好きなことに理由がいるのかい?】


「素直な奴らめ⋯⋯」


 いちおうキャラメイクでおっぱいの増減は可能だった。

 現在のボクのおっぱいは『無』である。


 そのおっぱいをつかさどるシークバーを弄ってみる。

 ぼいんぼいん⋯⋯からのスット──ンまでいろいろ見せる。


「君たちさあ⋯⋯この『アリスボク』に巨乳が似合うと、本気で思う?」


【うーんなんか微妙w】


「だよね」


 ボクは一通り巨乳化したアリスアバターをみんなに見せた後で元の『無』に戻した。


【ちょっとくらいは盛ってもw】

【アリスは胸嫌いなのか?】


「べつに? おっぱいは基本大きい方が好きだよ。 でも自分よりも大きいおっぱいを自キャラに付けても、なんか微妙なだけだし」


【じゃあアリスはルーミアよりもエイミィの方が好き?】


「え? ルーミアの方が好きだよ」


【貧乳なのに】

【エイミィ哀れwww】


「わかんないかな? 好きなキャラっておっぱいの大きさはあんまり関係ないんだよね。 よく知らないキャラならおっきい方が引き付けられるけど」


【なるほど】


「ほらルーミアってかわいいしカッコいいし⋯⋯別に胸が無くてもその辺関係ないから」


【愛の告白w】

【ごちそうさまです】


 ⋯⋯ヤバい失言だったか? まあ営業トークという事にしとこう。


「ほらエイミィさんは声からも揺れるおっぱいが感じられるでしょ? だから巨乳が似合うんだよ。 でもルーミアなんかは声から揺れるおっぱいの波動を感じる? 感じないでしょ」


【おっぱいの波動www】

【おっぱいの波動ってなんだよw】

【エイミィはおっぱいが喋ってるって事?】


「まあキャラにはそれにあった胸の大きさってのがあるんだよ、それに逆らっても醜くなるだけさ」


【深いwww】

【おっぱいにこだわりありすぎwww】


 こうしてボクの2度目のキャラメイクは完成した。

 バカ話しやってたおかげで結構時間を食ったな⋯⋯。


「他のみんなはキャラメイク終わったのかな?」


 この配信はボク以外にも3人のVチューバーが同時に行っている。

 ルーミアとシオンとそれにみどりさんが。


【他はまだキャラメイク中】

【ルーミアは胸のサイズで悩んでるw】


 他のチャンネルも同時に見ている人が居たようで教えてくれた。


「ルーミアの魅力はおっぱいじゃないんだから、気にしないで欲しいんだけどなー」


【直接言ってやれw】


「やだよなんか怖いし。 ⋯⋯よし! それなら一番乗りだ!」


 こうしてボクはこのゲームの世界に始めて乗り込むのだった!




 [神よ、どうかこの国を救う勇者様を⋯⋯]


 うん、昼間も見た綺麗なお姫様の空に祈るシーンからゲームは始まった。

 そのお姫様に手を取られてボクはまた王様の前に案内された。


 [おお⋯⋯我らが呼びかけに応じて召喚されし勇者よ! そなたの名を聞かせてくれぬか?]


「はい、ボクの名前はアリスです」


 そう、この名がこの世界を救う勇者になるのだ!


 [アリス⋯⋯か。 よい名だ、この世界を救う勇者に相応しい]


「これ絶対みんなに言う奴だよねー」


【www】

【そりゃゲームだし】


 こうしてボクは王様からの説明を聞く。

 要約すると⋯⋯この世界を覆う闇の魔王を倒して欲しいと。


 こうしてボクは1000Gだけを貰って旅立つのだった。


「っち⋯⋯相変わらずしけてんな」


【まあしゃーない】

【この後何万人にお小遣いあげるんだし王様は】


 そんな事を話しながらボクはある場所へと向かう。

 そこは基本職を習得できる訓練所だった。


「このゲームではキャラを作った時の『種族』のパラメーターに、今から就く『職業』の補正がかかって、その合計がステータスになるんですよ」


【ほうほう】


「なので良い組み合わせもあれば、悪い組み合わせもあります」


【なるほど】

【面白そう】

【で⋯⋯アリスのロボってどんななの?】


「えーとボクの『機械人形』の初期パラメーターは⋯⋯」


 アリス

 レベル:1

 種族:機械人形

 職業:なし

 HP:60/60

 MP:40/40

 ちから:5

 耐久値:9

 素早さ:7

 器用さ:9

 体力値:6

 魔力値:4

 精神値:4

 幸運値:6


「⋯⋯こんな感じだね、ここに各職業の補正がかかるから」


【アリスに合う職業って何?】


「んーと、アリスというか機械人形の特徴は『銃』という武器の威力が2倍になるから『ガンナー』が最適だと思うよ」


【ほーなるほど】

【アンドロイドの銃使いとかカッコいい】


「でしょでしょ! さあ職業ゲットしに⋯⋯イクゾー!」


【デッデッデデデデ】

【デッデッデデデデ】

【デッデッデデデデ】


「カーンが無い、やり直し!」


 こうしてボクはご機嫌で訓練所に向かうのだった。




 [やあ新人冒険者 君はどんな職業に就きたいんだい?]


【ハロワだよなあ⋯⋯】

【う⋯⋯頭が⋯⋯】

【トラウマが⋯⋯】


「みんな仕事するって大変なんだね⋯⋯」


 そうやって稼いだ給料でボクにスパチャを贈ってくれるんだ、感謝しないと。


「えーとガンナーは⋯⋯と?」


 その時ボクは見てしまった。

 選択肢の最後に『職業には就かない』という項目があったのを。


「⋯⋯キャンセルかな、これ?」


 とりあえず押してみる。


 [なに? 君は職業に就きたくは無いのかい? はい/いいえ]


 何となくボクは『はい』を押した。


 [職業に就かなければこの先つらい冒険になるかもしれんぞ、それでもいいのか? はい/いいえ]


 もう一度ボクは『はい』を押した。


 [職業に就かなければこの先つらい冒険になるかもしれんぞ、本当にそれでもいいのか? はい/いいえ]


「おーこれは、ドラファン名物の無限ループですね。 なにがなんでも就職させたいというこの世界の意志を感じます」


【嫌な意志だw】

【邪悪な神めwww】


 なんの気なしにボクは再び『はい』を押す。


 [そこまで言うなら自分の力を信じて戦ってみろ]


「⋯⋯え?」


 あれ? 無限ループじゃないの???


【そういえばちょっとだけ文章違っていたな⋯⋯】


「ちょっと!? それもっと早く言ってよ!」


 しかしイベントは無情に進んでいく⋯⋯。

 ボクは訓練所を出てしまった⋯⋯無職のままで。

 すると⋯⋯。


 [称号:『なにものにも染まらぬ魂』を入手しました]


「⋯⋯はい?」


【なにこれ?】


「いや⋯⋯まだ慌てる時間じゃない⋯⋯」


 そう言いながらボクはもう一度訓練所に入る。


「就職させてくださいお願いします!」


 [おう来たな! これからも頑張れよ!]


 無反応だった。

 もう一度話しかける。


 [おう来たな!これからも 頑張れよ!]


「⋯⋯」


【何とか言えよアリスwww】

【無職確定かwww】

【なのものにも染まらない意志www】

【つまり無色www】


「やかましいよ、君たち──!」


 ボクはこのゲームで重要な要素の一つ『職業』を手に入れられなくなったのだった⋯⋯。


「⋯⋯どうしようコレ?」

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