第3話


 3つの可能性を考えていた。

 一つは彼が犯人という説。根拠も無いただ柄があったからという至極馬鹿げた空論だ。

 2つ目は彼が少し前にチェリーチェイン事件の被害者と接触した可能性のある人物だという事。それすなわち被害者の家族であり私と同じとも言える。つまりあの柄は警察に遺体が渡り証拠品として押収される前に手に入れた柄という可能性。

 3つ目、彼こそが今まさに殺されようとしている被害者という説。柄はつまり、死ぬ直前のダイイングメッセージであり、彼が自分の口の中にあるそれに気づいた。出してすぐケーキに手も付けずに会計をして今、まさに思考の最中という――。

 この中で一番可能性が高いのは――私の妄想説だ。

 全部あり得るし全部ない。

 単にさくらんぼの柄を残していっただけ、妄想の可能性の方が圧倒的に高い。

 不意に足を止めた彼に、反射的に歩く速さを緩める。

 携帯をみる演技では振り返られた時に違和感でバレる。

 私は咄嗟に自販機にicカードを翳した。

 通りの通行量は、憶測による定点観測だと毎分3人くらいだ。目立つと即バレるだろう。

 私が自販機から缶コーヒーを取り出していると彼がどこかのビルに入った。

 焦らず駆け寄らず目で追う。

「行ってみるか」

 時計は午前五時ジャストを指していた。


 ビルは地下に繋がっていた。

 地下は広かった。シャッターだらけの地下街。

 流石の時間帯だ。ほぼ全てにシャッターが降りていた。

 その店の一角、お好み焼き店の看板だけが出ている脇を通ってシャッターだらけの地下街を斜めに進んでいく。

 地下街にはホームレスが何人かで束になり国の政策の不満やら雑談やら声が遠巻きに響いていた。

 格差社会だ。天涯孤独になった私も時期にああなるのかもしれない。そう思ってしかしすぐに素面になる。

 結果的に彼は地下街を抜けた。

 抜けた先にある駅の名前を見て、

「隣駅……そろそろ朝かな」

 そして彼はそのまま駅に行き改札を潜って電車に乗った。

 そしてそのまま何処かに向かった。

 

 行き先は知らない。だからここまでだ。そもそもこれはまずい行為である。

 そもそも特に用がない。

 ため息をつきながら、知らない駅のプラットフォームで次の電車を待つ。

 追うか、追うわけがない。

 正気に戻る。

 でも何となく――気が紛れた。

 そう私はこれから起こりうる『死』を感じている。

 死のうとしていたわけじゃない。

 ただ少しそんな気配が脳を支配していた。

「どうしようか」

 わからない。目的を見失ったら自死してしまう気さえした。

 気付けば私は、駅中のカフェに居座ってコーヒーを飲んでいた。しばらく取り止めもなく何かを考えては寝入り、また考えてと繰り返しながら悶々としていた。何か忘れている気がした。大家さんとの家賃についての話し合い。彼氏の家族と会って話す約束。バイトの事。遺品整理。喧嘩して離れた友人の葉書。その他片付けおわっていない様々な──。

「いや」

 全て捨ててきたのだ。

 急に笑みが溢れた。

 気付けば携帯を持ちSNSを開いていた。

 さっきの男の情報を頼りに片っ端から何かを検索していた。

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