第20話 私の心に空いた穴

 太陽が落ち、夕焼け空に夜闇が掛かり始めた頃、ルイスさんが夕食時を知らせに来てくれた。


 今が丁度その時間だったのか、それとも私達を呼びに来たついでだったのかは分からないが、ルイスさんは灰色の野良猫への餌やりを終えると、立ち上がり、こちらへ向けてニッコリと笑みを浮かべた。

 

「ところで御二方共。明日からは夫婦となるのです。仲は深まりましたかな?」


「…………」


 ルイスさんの笑顔。しかし私の心とは裏腹にヴィルドレット様の表情は暗く感じた。

 私は出掛かった笑顔を引っ込めた。


 庭園散歩の時、決して多くはなかったけれどヴィルドレット様と幾つか言葉を交わせた事でほんの少しだけど心の距離が縮まった気がしていた。だから私はルイスさんの問い掛けに対して「はい!」と、笑顔で本当は答えたかった。


「……ぇ、えぇ……」


 でも実際に私から出た返答は絞り出すかのようなか細い声と、俯いた様子だった。

 その瞬間、ルイスさんの眉間には皺が寄って、こちらを見る視線が恐くなった。


「ハンナ嬢。 夕食の時間との事だ。屋敷へ戻ろう」


 そんなルイスさんをよそに、平然とした様子でヴィルドレット様は私へ向けてエスコートの手を差し伸べてきた。


 お義父様からの言いつけ「今日はハンナ嬢のエスコートに徹しろ」を粛々と遂行すべく、だろう。


「暗くなってきたから、足元には充分気をつけるんだ」


 ルイスさんの恐い顔と、ヴィルドレット様の何食わぬ顔を交互に見て、あわあわしながら私はヴィルドレット様の手を取った。


「あ、あああ、ありがとうございます……」


 ヴィルドレット様のエスコートに身を任せつつも、私の心は暗い。


 これまでのヴィルドレット様から窺える様子を総評して、やっぱり、私に対する関心はほぼゼロなのだろうと思う。


 仕方ないよね……何せ『政略結婚』だもん。ひいては、今日がヴィルドレット様にとっての初顔合わせ。


 一目惚れでもされない限り、今すぐ恋情を持たれるなんてあり得ないし、私みたいな幼顔じゃ、一目惚れなんてもっとあり得ない。幾ら足掻いたところで今の私に出来る事など何も無い。

 

 これ以上自分をより良く見せようなどと、張り切り過ぎても、無意味で疲れるだけ。

 それに、幾ら猫を被ったところで、いずれきっとボロが出てくる。

 

 そう思うと、肩に入っていた力がスッと抜け、気が楽になった。

 でもその代わり、昔年の夢が叶うと思ってしまっていた私の心には大きな穴がポッカリと空いてしまっている。

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