Ⅵ 魔族の夢を見る

 暗闇のなか、黒い人影を数体、追いかける──


 ミリフィアは手に王妃の剣を持っていることを自覚する。剣の意志のままに、次々と、逃げ惑う影を斬り裂いていく。が、ふと気づく、──彼らは、魔族か……


 ──と思ったところで、ミリフィアは夢から覚めた。


 他人の身体を斬り裂いた。──なんてことしたんだろう……、何も考えられず、ただ、そうすべきという無意識で行動していた──


 それに、いまも、どこか不穏な感じが残っている。どこだろう……遠くに、そういった空気を感じる。無意識の魔素探知または魔素感知の影響によるものだろうか。


 「──で、それで、ここまで僕を探しにきたってこと? なにか悪い予感がする?」


 ミリフィアが私のもとにやってきて、魔族を殲滅する夢を見たことを話す。なので私はそう聞いた。が、ミリフィアは、


 「というか、きのうはどこに行ってたんですか? 魔素探知でも見つからなかったですよ」


 「気配を消すの、うまいでしょ?」


 それは自慢したいほど。


 「ずっとここにいたんですか?」


 私は、テント村の近くにある闘技場の桟敷の屋上で寝そべっていた。そこは、直径20メートルほどの闘技場をぐるりと囲っていて、矢倉のようにそびえ立っている。木組みの3階建ての回廊となっていた。


 「ミリフィアは、いまでも魔素探知といっしょに、魔力での探知もやってるでしょ? その慎重さが仇になってるね」


 「えっ? ──あ、そっか。こっちが魔力を出してしまえば、魔素感知できる人には──アトマには、ばれてしまうんだ……? ──ですよね? え、でも、どこに隠れるっていうんですか?」


 「魔素が乱れてなければ、魔素探知で特定の個人は見つけられないのでは?」


 「うーん……、ですね。わずかなゆらぎを見つけるのは困難だし。あ、だから広い範囲の探知ではなく、自分の目の届く範囲の感知なら、私は見つけられる自信はありますよ」


 「そお?」


 「──あ、え?」


 ミリフィアは目を離したすきに私の姿が消えていたことに驚く。


 あたりを見まわしてから、はっとして、後ろを振り返る。


 私の姿を見つけ、何かを言おうとしたミリフィアに、私は、


 「自信あったんじゃ?」


 「──どうやった……んで──あ、そっか、わかりました。神域……内界に、隠れたんですね」


 「内界にいても魔素のゆらぎは外界に伝わってしまうよ」


 「テント村に来た時の転移と同じじゃないですか。内界に存在するのは意識だけだから、そこで意識を移動させたんじゃ?」


 「そんなことされると、とらえきれない?」


 「いえ……ちゃんと魔素感知で相手をとらえていれば、もし、その人が、内界に隠れようとした瞬間、同じように内界に入れば……。たぶんですけど、神域は、誰かが入ろうとしているか、入った瞬間は、入りやすいですね。イメージしやすいからかな。──で、そこで、相手の意識がどこかに移動しようとしても……わかる……」


 「そうだね、内界では意識を同じくするから、相手の意識が読めるね」


 「──でも、そのまえに、魔素感知でずっと相手をとらえていることが、難しくないですか?」


 「まあね、それもけっきょく相手を意識しつづけるってことだからね。──何でもそうだけど、意識しつづけられる、ってことがすごいんだよ。たとえば逆にさ、ミリフィアも、つねに誰かに見られているって、意識してない? 自意識過剰という言い方もできるけど、他人の目を気にしたり、たとえばそうだね、誰も見てないところで悪いことをしようとしても、神様の目が気になる、とか?」


 「信仰は……、信じてないというか……あまり感じたことはないですが、そうですね、悪いことはできないです」


 「それはなぜ?」


 「──なぜって、たとえ他人に見られてなくても、他人に見られて恥ずかしいことは、したくないから、ですよ」


 「ふつうの人、多くの人は、違うね。誰もいないところで金袋を拾ったら、自分のものにしたくなる。お金に困っていたらなおさら。でもミリフィアは違う。──なぜ?」


 「私たちの国では、多くの人は、お金を拾ってもちゃんと届けますよ。届けてましたよ。魔族に追いやられて住めなくなってしまいましたが、騎士団の方々もみんな誠実な人ばかりでしたし」


 「だったら、みんな、何を信じていたのだろう? それともやっぱり、悪いことをするのは、恥だから? ただ、恥と、感じるから?」


 「だと思います。神様に祈るのは、気休めだったような気がします。私もむかし、神に助けを求めていたことはありましたが、本気でそう思っていたわけじゃ……、──いえ、本気なんだけど、それでどうにかなるとは考えてないというか……、うまく言えません」


 「これもたとえ話だけど、つねに誰かの目を意識するってことは、つまりそれって、自分という役柄を演じていることと同じ、じゃないかな? ミリフィアはミリフィアの物語の、清く正しい人物像を演じている? とかさ」


 「でも、だって──、それじゃ、そんなこといったらアトマだって、そうじゃないですか。でもちゃんと自分というものがありますよね?」


 「──どうだろ? もしかしたら僕は、ただ、自分の役割、役目をこなしているだけの存在かもしれない。この世界において。──ま、でも、とにかく、ミリフィアにとって、この世界は、当たり前にあって、また、そんなミリフィアの一部にすぎないし、世界から見れば、ミリフィアは、世界の一部分のわずか一点にすぎない。かりに世界を一つの大きな意識体としてイメージすれば、それは一つの球体で、表面上にある一点は、つまり頂点は、それぞれにある。わかる?」


 「それは……、イメージできますけど、だから、どうだっていうんですか?」


 「大胆に要約すれば、人は一人で生きていないってこと。みんなつながってる。──不穏な感じは、王都のある方角からだよね? そこに行ってみよう」


 「えっ? あ、はい……」

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