第46話 温泉と覚悟
まさかこんな山の上に温泉があるとは思いもしなかった。
しかも、温泉そのものが前世と同じ作りになっていて驚いた。
もしかして、彼女のお父さんは日本人だったりするのか……?
そういや、彼女の名前をまだ聞いていなかった。というか、名前も聞かずに温泉に入っていることに違和感を覚える。
「なあ、ルーク」
【ど~ったの? 兄ちゃん】
「あの子の名前知らないよな~」
【そうだね~】
「何だか気づけば風呂に入ってるけど、不思議だな~と思って」
【精霊の力だと思うよ~?】
ん? 精霊の力? 少し気になる。
「精霊の力ってどういう事?」
【えっとね。あの子のお母さんは多分幻影を作り出す精霊だと思う。あの子もお母さんの力を受け継いでいるから、こうして幻影を作り出しているでしょう?】
「ん? こうして? ってまさか、温泉も幻影!?」
【そうだよ~? 知らないで入ってたの?】
ううっ……全く気付かなかった。
というか、あまりにも前世と似ているんだから、やっぱり違和感があって当然だよね。
【悪意は全くないし、幻影と言えないくらい本物に近いからね~とても強い精霊さんだと思う。それに多分ここに入れたのも僕達が神獣だからじゃないかな~?】
「そういや、そんな事言っていたな。そっか~あの子、凄く張り切っていたな~」
【うん~。悪い子じゃないから、もしかしたら寂しかったかも~】
「そっか~ルークも大きくなったな~」
【そうだね~兄ちゃんもね~】
クレアもルークも普段から落ち着いているけど、ものすごく賢いし、俺の想像以上に成長するのは純粋な神獣だからなのかも知れない。
【ねえ、兄ちゃん】
「ん?」
【僕はずっと兄ちゃんの弟だからね】
「当たり前だろう~?」
【でも僕が知らない事、いっぱい知ってたよね?】
ギクッ!?
恐らく、今日の出来事を話しているんだと思う。
日本の文化は俺しか知らないし、クレアもルークも知らない文化だからな。
これはちゃんと伝えておかないといけなさそうだな……。
その時、
隣から何やら声が聞こえてくる。
「アルマくん~」
「しゃ、シャリー!? ぶっ!? ど、どうしてここに!?」
そこにはタオルで隠れているが、恐らく裸だと思われるシャリーと他のみんなも出て来た。
「えっ? 入る時、混浴って聞いてない?」
「ええええ!? ここって混浴だったの!? き、聞いてなかった……」
多分久しぶりの温泉に浮かれていていたから聞き逃したのかも。
頭の上にもう一つの体重を感じる。
【お兄ちゃん。もっとシャキッとしてよね】
「クレア……」
【混浴くらいでどうしたというのよ】
「そ、それもそうだけどさ…………おん――――」
いや、クレアだって女の子だしな。それもそうか。
俺が悩んでいる間もなくシャリーとソフィアちゃん、リアちゃんが温泉の中に入って来た。
ただ、シャリーちゃんのように年頃の女性の体をあまりまじまじと見るのは失礼だと思うし、視線は夜空に向けようか。
「わあ~! 夜空が綺麗~!」
みんなが温泉から見える夜空に感動して声をあげる。
温泉の暖かさと綺麗な夜空が相まって、とても美しく心が温まる。
…………話すとしたら早い方がいいよな。
「あ、あのさ!」
もしかして、前世のことで嫌われてしまったらどうしようと不安がある。
一番の不安は、人間であったことから神獣になるのを拒んで半神半人になった。それを妹弟に知られたらどういう風に思われるんだろうと、少し心配になる。
「重要な話があるんだけど……えっと…………」
俺はゆっくり、重要な部分だけをみんなに伝えた。
【だから線香とか温泉とか知っていたんだね】
「クレア……ご、ごめん……」
【…………】
クレアは何も言わない。もしかしたらずっと嘘をついていた俺に怒っているかも知れない。
やっぱり言わない方が良かったのかな……でもずっと悩みを抱えて生きるよりは、二人にも知ってもらいたいと思っていた。自分が前世で人間であったこと。でもふたりの事は今でも、いや、これからもずっと妹弟として一緒に生きたいことを。
【――――――知ってたよ?】
「へ?」
思わず、頭に乗っているクレアの顔色を覗く。
【寧ろ、私だけ知っていたと思うよ。ルークは知らなかったよね?】
【え~! 僕だけ知らなかった!?】
クレアの言う通り、驚いているのはクレアを除いたルークとシャリーたちだ。
「アルマくんが人族離れしていた理由が少し分かった気がする……」
「アルマ様って人族じゃないんですね!?」
シャリーとソフィアちゃんと一緒に、リアちゃんも何か納得したように「ふむふむ」と可愛らしく首を上下させて納得している。
【兄ちゃんって元々人族なんだ? ほえ~】
【私はお母さんんから聞いていたからね】
「えっ!? 母さんから!?」
全く知らなかった。
【うん。お母さんが亡くなる直前に頼まれたの。お兄ちゃんの行く末をちゃんと見守ってあげて欲しいって。元人族だったとしても、いまも人族の姿をしていても私達のお兄ちゃんなのには変わりないから。でも種族が違うというのはそれだけ色んな問題が起きるからって】
「母さん…………そういう事があったんだ…………そっか……クレア。ルーク。今までちゃんと自分の口から言えなくてごめんな」
【僕はいいよ~兄ちゃんはずっと兄ちゃんだし~】
【バカルークもたまには良い事言うわね!】
いつもなら喧嘩して頭の上にクレア、肩にルークが乗っているけど、今日はふたり一緒に俺の頭の上に乗っている。
少し狭そうにしているけど、ちゃんとルークが座っていられる場所も譲っているクレアが姉としてちゃんとルークの事を考えてくれることに嬉しくて笑みがこぼれた。
種族とかじゃなくて、人族でも獣人族でも神獣でも半神半人でも精霊でも、みんな一緒にいて楽しいならそれでいいじゃないか。
母さんが世界を歩き回りなさいと言った理由がようやく分かる気がした。
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