第21話 優しさ

 ――【才能『先導者』の特典が提示されます。】


 ――【導かれた者は『導かれし者』と認定され、隠れ加護に『導かれし者』が付与されます。】



 宿屋に戻り、自分を落ち着かせようとシャリーが淹れてくれた紅茶を飲みながら思考の海に耽っていると、アナウンスが聞こえてきた。


 『道しるべ』の地図に淡く美しい光を発している小さい点が一つ見かけられる。場所は錬金術点なので間違いなくビゼルさんだろう。


 赤い点には覚醒者と表記されているのも確認できる。


 そもそも『道しるべ』に人が映っているのは初めて見たけど…………これって、考え方によってはプライベートも何もないよな。まぁ建物の名前とか見取り図とか一瞬で分かるんだから、いまさらと言えばいまさらだけど。



 ――【特典として『導かれし者』には全てのステータスの一割上昇が与えられます。】



 ん!?


 特典の内容って、先導者自身ではなく、覚醒者に力を与えるモノになっている。


 てっきり自分が強くなれるモノだとばかり思っていたから、意外な内容に驚いてしまったが、『先導者』という曖昧な才能の名前から考えて、そういうモノでも良いのかも知れないな。


 それもそうだけれど、この青い光は一体なんだろうか。


 間違いなく奴隷位置の鉄檻の中に入っている奴隷達なのは間違いない。


 青い光の点は全部で四つ。


 三つは鉄檻の中だが、一つは建物の中に入っている。


 建物の中に入っている青い光に注目していると、建物の中を歩いていた。


 これは…………奴隷ではないのか?


 思っていたよりも自由に建物の中を歩いているし、動く速度も非常に速い。


 もしかして奴隷ではないのかも知れない。


「アルマくん? 大丈夫?」


 道しるべの地図に集中していると、シャリーが心配そうな表情でこちらを見つめていた。


「奴隷の事で少し考えていてね」


「ずっと難しい顔をしているもんね…………あ、あのね! 私で良ければ、相談に乗るよ? 力になれるか分からないけど……」


 いつからだっただろうか。


 大学に進学するまで女性というモノに全く興味はなく、周りのクラスメイト達は可愛い女子の事を話し合っていたっけ。


 俺にはそういう恋愛だの愛だの遠い世界だと思って、大学に進学したけど、自分が思っていたより恵まれていて、俺に近づいて来てくれた女性は多かった。


 大人の関係なんて持つ事もあったけど、そのどれもが虚無感を覚えて、恋愛や愛は長続きはしなかった。


 そのどれもが俺のせいなのは間違いなくて、だからこそ自分には恋愛は向いていないんだと思っていた。


 就職してからも近づいて来た同僚も多かったが、どれも上司の嫌味を買うだけの装置にしか見えなかった。


 理不尽である世界に俺はいつしか何もかもを諦めていた。


 いま、俺の目の前には今にも泣きそうな可愛らしい女性がいる。


 最初は神獣である妹弟のために近づいて来たはずだけど、彼女の優しさは自分を与えるだけで何かの見返りを求めるモノではないと知った。


 ただ純粋にアルマという一人の人間を心から心配しているからこそ、彼女の心が伝わってくる。


 彼女だけではない。


 道しるべの青い光から伝わってくる気持ちは、何もなかった俺の心を満たすかのような優しさが伝わってくる。


 まるで――――――母さんのように。


「クレア。ルーク」


【【あい~!】】


 いつの間にか仲良くなったようで、妹弟がシャリーの両肩に乗る。


 それもまた彼女の優しさに触れたからこそ、妹弟もこうしていると思う。


「今日見て来た奴隷というのは、借金を背負わされてお金という権力によって、主の命令を聞くしかできない存在なんだ。でも彼らは最初から奴隷だった訳ではない。必ず何かの理由によってああなっているはずだ。きっと自業自得で奴隷堕ちになった者もいるだろうけど、全員が全員そうだとは思わない。俺は彼らを見捨てたくないと思う。ふたりはどうだい?」


 前世の記憶がなければ、もしかしたら俺も奴隷を見て、そういう想いを抱く事はなかったかも知れない。


 だからこそ、純粋な心を持つふたりにこそ、聞いてみたくなった。


【奴隷はよく分からないけど、ご飯を食べる時もお金が必要だし、こういう宿屋やお家の事も知って思ったのは、こういうルールを決めているから生きやすいんだろうなと思う。猫ノ手で働いている人達もみんな優しいし一生懸命に生きているし、シャリーちゃんも優しくて凄く好き。だからお兄ちゃんが優しい人を助けたいというのは大賛成~! 敵はボコボコにしてやればいいし!】


【ぼ、僕も! 兄ちゃんが優しい人だと僕も嬉しいな! で、でも僕達も生きるために沢山の魔物を狩ってきたのは事実で…………】


【バカルーク! それは仕方ないでしょう! だから私達は自分達が食べる分以上は狩ってないないんだから!】


【う、うん! 僕と兄ちゃんも必要分しか狩ってないし、いたずらに命を粗末にはしてない!】


【うんうん。お母さんからも命は大切にしてあげないとダメだって言ってたからね~】


 クレアとルークの想いを聞いて、自然と嬉しくなり笑みがこぼれた。


 ふたりとも僕が知らないだけで、色んな人や色んなモノを沢山見て考えるようになったんだね。


 …………。


 …………。


 必要以上に命は粗末にしてない。うん。うん。


「ぷふっ。アルマくんの顔、変なの~」


 俺を見ていたシャリーがクスっと笑う。


「や、やましいことはないから!」


「アルキバガン森~?」


「ぐはっ! あ、あれは……ほら、植物は命…………ではあるんだけど、ほら、色々?」


「うんうん。でも良かった~」


「うん?」


「アルマくんがやっと笑ってくれたから。それに聞こえてはいないけどクレア様とルーク様も凄く優しくて、アルマくんも優しい人で」


 妹弟達の声は聞こえていないだろうけど、色々察したようでシャリーが満面の笑みを浮かべた。


 やっぱり美少女ってズルいなと思いながら、自分がやった事に少し後ろめたさを感じずにはいられなかった。

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