第105話 「雨女」再訪
季節は6月に入り梅雨前線は徐々に北に上がった。
二人が東北のある駅に降り立ったのは、そんな梅雨空のシトシトと雨の降る日のお昼だった。
「で、どこに行くんですか?」
水島瞬は「自分自身」を見ながら言った。
「ああ、まずは前回泊まった宿舎だな。そこにも可能性はある」
神崎東一郎は水島瞬に返事をした。これまた「自分自身」を見ながらということになる。二人は入れ替わった状態である。
ここに来るのは数カ月ぶりだ。
田舎町の保養所、同級生の金刺遥にお願いして、もう一度保養所に行きたいと言ったときは、遥は遭難したことがトラウマになっているらしく、露骨に嫌な顔をした。
それでも「一緒に行く」と言い出したいつものメンバーを押し止めるのにとても労力を使った。
何故なら今回は入れ替わりの対象者である、水島瞬つまり元の自分自身の体である神崎東一郎を連れてきたからである。
親子にしては年が近いため、親戚ということにしておいた。
駅につくと、前回同様に金刺家が経営する企業の保養所である管理人の時田さんが迎えに来てくれた。
「ようこそ!遠い所大変だったでしょう」
「少しの間お世話になります」
挨拶もそこそこに、水島瞬が手土産を時田さんに手渡すと時田さんは、テレビで見たことがあると言って喜んだ。
水島瞬は東京のデパートで話題の焼き菓子を持ってきたらしい。
「お前やるな…」
「一応社会人ですから…当然かと…」
水島瞬は手ぶらできた東一郎をちらりと見るとすぐに目線を戻した。
保養所につくと、客が数名すでに居た。家族連れのようだ。
「この時期はあじさいがキレイなんですよ。それを見に来る方も多いんですよ」
時田さんは二人にそう言った。
二人は一旦部屋荷物をおいてから、山に出かけることにした。
前回来たときは雪景色だったこともあり大分雰囲気が違っていた。
梅雨時期の雨は東京のそれとは違って冷たい雨に感じた。
傘を指して二人が歩いて地図のとおりに山を登った。
山と言ってもスキー場に続く山道であるがしっかりと舗装もされており、険しい獣道というわけではなかった。
歩いて20分程度のところに例の神社があった。
東一郎が前回ここに来た時は、とても焦っていたせいかとても遠くに感じられた。
今では少し懐かしくさえ感じる。
「で、実際居るんですか?その神様って?」
水島瞬は東一郎を見た後に周りをキョロキョロと見渡した。
「さあ?でも、神様なんだからきっと居るだろ」
「まぁ、藁にも縋るってところですからね…」
「よしちょっと行ってみよう」
東一郎は道から少し入った境内の入ぐりから中へズカズカと入っていった。
前回は雪に覆われていたが、すでに雪はなく竹林と杉の木に囲まれた境内は何やらこの世のものとは思えないような不思議な感覚をもたらした。
「なんか…こう神秘的と言うか…すごいとこですね…」
水島瞬は雰囲気に飲まれたようにすこし小さな声で言った。
東一郎は小さい社の近くに行くと扉を開けた。
どうやら前回もそうだが鍵はかかっていなかった。というよりも鍵自体が存在していなかった。
田舎の地元の人しか来ないような神社であればそんなものなのかもしれない。
数ヶ月前の雪の日、この場所で遭難して冷え切った櫻井こころを抱きしめろと言った神様の姿は見えなかった。
「やっぱり居ないか…」
東一郎は小屋のような小さな社をぐるりと見渡した後に、その場から離れた。
次に二人が向かったのは、境内の中央に位置する大きな社だ。
大きいと言っても都心で見かける有名な神社の社とは異なり、こじんまりとした一軒家くらいの大きさだ。
雨に打たれた社は一層厳かな雰囲気を醸し出している。
「ふふふ…」
どこかで誰かの笑い声が聞こえた気がする。
「え?なんか言った?」
東一郎は水島瞬に聞いた。
「い、いや…僕じゃないです…」
水島瞬もどうやら聞こえたらしく、少し焦った顔をしている。
何故なら声の出どころがわからないからだ。
頭の中に直接響くような、すぐ後ろで聞こえたような。
でも周りに誰も居なかった。
明らかに違和感に東一郎も水島瞬も思わず息を呑んだ。
「な、なぁ!小雪ちゃん!聞こえるか?」
「……。」
辺りはしんと静まり返っていた。
「ま、気のせいかな…」
東一郎はやや引きつった顔で水島瞬を見ると、水島瞬もまた顔を引きつらせていた。
「あー。あのさ。その神様っていうか、小雪ちゃんって言うんだけど、またこれが美人なんだよ!神様ってのは美人でもあるのかね!?」
東一郎は雰囲気に耐えられなくなったようで、大きな声でわざと元気よく水島瞬に声をかけた。
「そ、そうなんですか…。綺麗な神様なんてあってみたいなぁ…あはは」
水島瞬は辺りを警戒しながら、心ここにあらずという感じで叫ぶように言った。
「うふふふ…」
「!!?」
「うわ!」
二人共かなり焦った表情で顔を見合わせた。
「聞こえた?」
東一郎が寒気を感じながら水島瞬に言うと、完全に及び腰の水島瞬はコクリと頷いた。
「と、とりあえず。お前!マジで逃げんなよ!」
東一郎は瞬に向かってそう言うと、社の方へと向きを変えた。
「ちょ、これ、大丈夫なんですか?祟りとか無いですよね!?」
水島瞬は結構焦っているらしく、表情に余裕がなくなっていた。
その時、サーッと風が吹いて木々が揺れた。
「う、うわあ!」
水島瞬が声を上げて驚いた。
「な、なんだよ!?何!?」
東一郎はつられて水島瞬の方を向いた。
「な、なんですかあれ!?」
水島瞬は道路の方を見ると、道路に小さなボールのようなものが転がっていた。
ボールのようなものは鞠だった。
鞠は坂道の上からゆっくりと転がるように東一郎達のところにゆっくりと向かってきた。
「おああああああ!!」
「うわああああ!!」
ゆっくりにも関わらず鞠が迫ってくる事が二人にはとてつもない恐怖に思えた。
二人は傘を投げ出して大きな社に逃げ込もうとした。
鞠は平坦な広場にも関わらず追いかけるようにゆっくりと二人のところに転がってきている。
「おああああああ!!」
「な、なんだあれ!なんだあれ!?何だあれ!!」
二人は社に駆け込むと、扉を勢いよく開けて中に転がり込んだ。
東一郎と瞬はすぐに扉を閉めて、二人は力いっぱい開かないように扉を抑え込むのだった。
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