第21話:広沢池~上

「ばがな……おでがどうぢでクビだげに!! だがまだまだ――」

「――おっと、動くんじゃねぇ」


 大口を開けて叫ぶ泥野郎の口に悲恋を向ける。

 それの意味が分かった泥野郎は、額からドロリと泥を流す。


「お前……自分がオリジナルと思っているんだろう?」

「なんのごどだ。おではおでだ!」

「ならどうして〝口の中の札を守る〟?」


 泥野郎は「札?」と言いながらもハッとする。

 無意識に口の奥にある部分を、最重要箇所として守っていた事に気がついたからだ。

 泥田坊なら頭部を真っ二つにしても、また元に戻る事は容易い。


 が、コイツ。泥野郎はそうじゃない。確実に口の最奥に力の象徴があるはずだ。


「そうだ。あるんだろう? 魂映札こんえいさつが」

「それにアナタ、戦極様の事を本当は知らないんだよ?」


 美琴の言葉にますます困惑しながらも、泥野郎は記憶が混濁する。

 だから「おで……おで……」と呟き、額から泥を吹き出す。


「そうだ。俺はオマエを知らねぇし、戦った事もねぇよ。一体いつの時代の古廻と勘違いしている」

「古廻家の匂いは特別だから、あるじぃのご先祖様と勘違いしたんだワンねぇ」


 なるほど、匂いか。確かに古廻の魂の匂いは特別だと聞いたな。

 それは極上にして、討滅対象からすれば恐怖の香りだとか……まぁ旨そうだと襲われた事もあったが。


「もう一度聞く。一体誰に創られた?」

「おでは……おでは……おでだああああああああああああ!!」


 強烈に頭部を震わせると、泥野郎は赤目を激しく光らせた。

 次の瞬間、頭部より泥が伸び槍のようになり迫る。


 迫る土槍が頭部まで残り五センチ。

 突如、泥野郎がさらに震えた瞬間、土槍が真っ二つになり、さらに頭部までもが半分に斬り割かれ転がる。


「やれやれ。だから動くなと言ったのに」


 そう右手を上向きに上げながら独りごちる。すると背後より声がした。

 振り向くと素焼面であり、ブルリと震えながら話す。


『かぁ~。やっぱ古廻はヤバすぎる! コイツ、七回斬られていたのも分からんかったから、もう既に死んでいる事が理解出来なかったんだろう?』

「いい目をしてるじゃねぇのよ。まぁそんな所だ。で、話してくれるんだろう? 泥野郎コイツが発生した原因と、お前が言った〝まんまと来た〟って意味をな」


 素焼き面は『うぅッ!? つ、つい口が滑った』と言うと、嘆息してガクリとうなだれた。


『ハァ~。つい泥田坊モドキが湧きそうになったから、余計な事を言っちまった』


 そう言うと素焼き面は話し出す。

 発端は三週間前の午前二時に、翁の面を被った平安貴族めいた様相の男が、五名の手下と共に現れたらしい。


 こっそりと見ていた素焼き面も驚くほどの手並みで、池全体に〝しゅ〟を施し、妖かしを呼びせていたとの事。

 直感的に『やべぇ』と思った素焼き面は、気配を断って逃げようとした、が。


 すでに背後に翁面の男が立っていた。

 しかもご丁寧に結界を施し、素焼き面をその中に閉じ込めて、外部へと干渉出来ないようにしたとの事。


 手並みの鮮やかさから〝コイツらはプロだ〟と思った素焼き面は、死を覚悟したらしい。

 だが意外な事に、翁面は面白そうに話し始めた。



 ◇◇◇



 ――「ほほぅ、わっしと同じ面の付喪神とは気が合うのぅ。どうれ、破壊だけは見逃してやろうぞ」

 ――『ありがてぇ! 今夜のことは見なかった事にするからよ、俺を自由にしてくれや』

 ――「ふむ……それはお前さん次第じゃな。今から三週間後の夜、古廻がここへ来るだろう」

 ――『古廻!? ま、まさかアンタら。あの古廻と殺りあうつもりか?!』

 ――「さてな。だがお前さんには拒否権はない。役目は一つ。奴が来たらここへ誘導し、土塊兵つちくれへいと戦わせてほしい」

 ――『土塊兵? 何だソレは。つか、ちょっと待て! 俺が罠にハメるのか!? バレたら殺される、ダメだ! 絶対にな!!』

 ――「じゃから拒否は不可能じゃよ。それとも何か? 今……この場で死んでみるかね?」


 翁面は腰の黄金に染まる太刀へと手を伸ばす。

 憤った素焼き面オレサマは、付喪神の矜持を目一杯に込めて言い放つ。


 ――『へっへっへ、ダンナぁ。任せてくだせぇ! オレサマがあのガキを、ここへ釘付けにしてやりまさぁ』

 ――「素直な事は良いことじゃな。あぁそうそう。万が一古廻が来る前に、土塊兵が湧きおこった時は……スマヌな」

 ――『え? そりゃ一体どういうこった……って、消えやがった! クソッ、オレサマを利用しやがるたぁ覚えておきやがれ!!』



 ◇◇◇



『とまぁ、そんな訳だったんだぜ』

「道理で妙な気配だと思ったんだよ。このエリアに戦極様が足を踏み入れた瞬間、変な気配に包まれたんだよ」

「だな。動物霊を集めて何をするつもりだったのか……まぁいい。今はここを浄化するのが最優先だな。わん太郎」


 そう言うと、わん太郎は「ほぇ?」とマヌケな声を上げた瞬間、俺はヤツの首輪たる紅白のしめ縄を掴む。

 そのまま思いっきり振りかぶると、わん太郎を大遠投。


 神喰の光を受けて、青白いモフモフをなびかせながら広沢池へと投げ込む。

 ちょっと非難めいた感じで「ちゅ~りゅ追加だワ~ン」と言いながら、水面に落ちた。

 次の瞬間、強化ガラスにヒビが入ったかの如く、苦しげな音と共に無数の亀裂が水面に走る。

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