第13話:暗殺者
その声でわん太郎は「あふぁわわ」と、妙なリズムで盛大に震える。
普段から冷たい体温の奴だが、今はもっと冷たい。
もふもふの小さな体を震え上がらせ、今にも頭の上で粗相をしないかと心配になるほどだ。
「で……何ですか、わん太郎? ん?」
「ワ、ワレは偉いからして、大権現様が美貌だけで国を堕とす、ヤバ~イ女だなんて言った事無いんだワンよ!!」
「なるほど。つまり……わん太郎、早死にたいんですか? ワカリマス」
「はわわわ!? ち、違うんだワン! これでも褒め言葉だワンよ!!」
「それで褒めているとか、語るに落ちているぞ
牛車の中に居る女、〆は俺の言葉を聞くと、ざわりと空気が震えた。
常人ならその空気に耐えられず、下手をしたらあの世へ旅立つ視線が、若草色のすだれの向こうから放つのを感じた瞬間にそれは起こる。
突如〆の気配が消えたかと思い、とっさに上空を見上げたと同時に背後に気配を察知。
とっさに
背後から現れた腕に絡め取られる。
まずは左手で首筋からあごへと、ゾっとするほどの快楽がほとばしり、さらに右胸より鳩尾へ同様の感覚が襲う。
それに気がついた時にはすでに手遅れであり、天上の蜘蛛の糸に絡め取られた感触に苦虫を噛み締め吐き出す。
「チッ、まだまだお前には敵わねぇか〆」
「まさか私に敵う……と、でも?」
刹那が一瞬となり、それが永遠に続くかと錯覚した次の瞬間、背後の女狐が恐ろしい――いや、感知出来ない速さで俺の前へと出現。
さらに両手を広げ、左右より襲いかかる。
「古廻様ああああああん! やっと、やっと! この〆の元へとお帰りになっていただけたのですね!! あぁぁあん♪ もう死んでもいいかも~」
突如、俺の顔面が意味の分からない柔らかさと、
気がつけば呼吸困難になり、陸に打ち上がった哀れな魚よろしく、俺は空気を求めもがく。
「
「もぅ♪ そんなに感激してもらえるなんて、この〆は嬉しぬかもしれません!」
「
享年十七歳。路上で痴女に襲われあの世へ旅立つ……か。
人生こんなもんすわ。つぅかさぁ、誰かこの馬鹿を引きがしてくれ!
「またやっとるんかい……おい、愚妹。このままでは古廻はんが死んでしまうがな」
そ、そのエセ関西弁は
「ぁ。これは失礼致しました古廻様。思わず愛がほとばしりました」
「ぷっはあああッ! ふふ、ぢゃあねぇぞったく。思わずであの世に行く一歩手前だぜ、ったく……。助かっぜ壱、それにしても相変わらずのカエルの折り紙なんだな」
目の前には絶世の美しさという表現すら生ぬるく、傾国の女が頬を染め、琥珀色の瞳をうるませて立っている。
艶やかな赤の西陣を妖艶に着こなし、透き通る金髪が骨董やの裸電球の光でなお輝く。
肌はシルクを纏ったと勘違いするほどきめ細かく、赤子よりしっとりと瑞々しい。
そんな女の左肩に、ちょこんと緑色のカエルの折り紙が乗っており、「反省せい愚妹め」と言いながら〆の頬をグリグリと小突く。
それが気に食わないのか、「季節外れの蚊がいますね」と言いながら、〆は兄である壱を叩き潰す。
小気味好い〝パンッ〟と空気が弾ける音がして、哀れなカエルの折り紙は破裂した。
「おおおおい!! 壱が死んじまったぞ!?」
「ふんだ。知りませんよ、こんな愚兄なんて」
可愛く頬を膨らませ、ツンと右へ顔を向ける〆。
その様子は可愛らしいが、やっている事は恐ろしい。
さらに大きな狐耳をピクリと動かすと、夏の花が咲いたような笑顔で俺を見る。
「ささ、立ち話もなんですから店内へどうぞ」
そう言いながら〆は軽く二度手を鳴らす。
すると引き戸が開き、怪しくも神々しい骨董品が所狭しと並んでいるのが見えた。
鬼神みたいな鳴子こけし。黄金に光る赤べこ。鮭の缶詰を店から盗もうとする木彫り熊。全力で福を招いているポーズの招き猫。荒ぶる鷲のフォルムで威嚇するビリケン。
などなど、一つたりとて
「あ、相変わらずの品揃えだな……ん、これはまともそうじゃない」
なぜか店内に某・熊本の愛されキャラの等身大人形があり、それがロックグラスを片手にカウンターに座っていた。
よく見るとカランとグラスを鳴らし、紫の煙を灰皿から漂わす。
見た目が可愛らしいのに随分とハードなヤツだと興味を持った俺は、面白いなと思い近づくと、〆が慌てて叫ぶ。
「あ、いけません古廻様! ソレの
「え? 背ごっひゅぅッ!?」
突如愛されキャラが振り向くと、アーマライトM16のトリガーを引き、神速で弾丸を発射。
とっさに体をそらし、のけぞった鼻先を熱い感覚が襲った直後、焦げた香りが鼻孔を刺激した。
「……オレの背後に立つな」
「ゴ、ゴ〇ゴ!?」
「違う、コ゛ノレゴだ。正確には〝コ濁点ノレゴ〟と言う、生粋のスナイパーだ。二度と間違えるな」
そう言うと愛されキャラはカウンターへ向き直り、カットが美しいバカラのロックグラスを愛おしげに傾ける。
だがどう見ても顔がゆるくないし、むしろハードボイルドなオッサンにしか見えねぇのが恐ろしい。
だから叫ぶように〆に問いただす。
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