黒聖女と竜王子の最強な町作り

年中麦茶太郎

第1話 嘘つき……絶対に許さない1

「エリシア・リュミエット。貴様と第一王子の婚約は破棄した」


 国王に突然そう告げられただけでも、鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 しかし続いて司教が放った宣告は、その比ではなかった。


「エリシア・リュミエット。お前は己を聖女と偽り、神聖教団に混乱をもたらした。よってここに死刑判決を下す」


 まるで意味が分からない。

 当時、まだ九歳だったエリシアの右手に『聖女の紋章』を入れ墨したのは司教だ。

 毎日、意識がなくなるまで回復魔法と浄化魔法の練習を強要したのも司教だ。


 あのとき教団は、聖女を見つけられずに焦っていた。

 世界に一人しかいないとされる聖女だ。

 前任者が死んだあと、その紋章を受け継いだ者を即座に見つけられるとは限らない。

 とはいえ、聖女の空位が十年以上も続くのは珍しい。

 あまり長引くと、神聖教団の調査能力に疑いを持たれてしまう。


 その焦りに目をつけたのが、この司教だった。

 母親が死んで天涯孤独になったばかりの九歳のエリシア。魔法の才能があると評判だったから、育てて聖女としてでっち上げようというのだ。


 エリシアは十二歳のとき、聖都に連れて行かれ、大勢の前で魔法を披露した。

 企みは成功し、聖女認定された。

 子供ながら杜撰な判定だと思ったが、教団としても、誰でもいいから聖女に仕立てたいという思いがあったのだろう。


 それによって司教は教団内での発言力を手に入れた。

 国王は教団から『聖女の活動補助金』とやらを毎年もらえるようになった。


 エリシアの存在は、この二人にとって有益なはずだった。

 なのに、どうして死刑を告げられたのか。


「なぜ嘘がバレたか分からないという顔だな。では教えてやろう。本物の聖女が見つかったのだ。お前のような入れ墨の紋章ではない。魔力によって黄金に輝く、真の紋章を宿した聖女がな」


 司教は冷めた表情で語る。

 その言葉でエリシアは全てを察した。


 聖女は一人だけ。

 本物が現われたなら、自動的にこちらが偽物になる。

 司教と国王が共謀して偽物をでっち上げたと疑われる前に、全ての罪をエリシアに被せ、速やかに処刑してしまおうというのだ。


 エリシアはよろめく。

 なにを言ったところで、司教と国王が判断を覆すとは思えない。

 それでも言わずにいられなかった。


「い、いくらなんでも酷すぎませんか!? 私は確かに聖女ではありません……けれど、聖女の役目を果たせるくらいの力を、努力で身につけました。あなたがたの命令に従って。命令するほうは、ただ怒鳴ったり鞭で打ったりすればいいだけですから、さほど胸が痛まないでしょうね。けれど私は……あんなに頑張って魔法を覚えて、聖女の力がないのに聖女の役目をずっと果たして……その結末がこれですか!?」


 エリシアの叫びを聞いても、国王と司教は同情の色を浮かべず、むしろ怒りを滲ませた。


「なにを戯けたことを言う。余と司教が偽の聖女になることを命じただと? 世迷い言を。この国に偽の聖女がいた土地という汚名を着せた上に、余たちに罪をなすりつけようというのか!」


「なんと恐ろしい女だ。やはり『黒髪の一族』は邪悪な血が流れている。存在そのものが罪。もっと早く処刑すべきだった」


 二人の視線は、エリシアをさげすんでいた。

 まるで、本物の聖女が現われたのはエリシアのせい、と言わんばかりだった。

 理不尽だ。しかし、この二人が理不尽じゃなかったことなんて一度もない。


「森はどうなるんですか? 私が聖女になる代わりに、森を守ってくれるとお二人は約束してくださいました。私を処刑して……あの森も切ってしまうおつもりですか!?」


 エリシアがそう尋ねると、不機嫌だった国王の顔に、わずかな笑みが浮かんだ。


「そう言えば、お前との約束があるから、あの森を残していたんだったな。土地が足りていないのだ。早速、伐採してしまおう」


「陛下。伐採した木材で、教会の拡張工事をしていただきたいものですな」


「いいだろう。聖女が偽物だったのだ。せめて教会を立派にして、我らの忠誠心を示そうではないか」


 二人が楽しげに語るのを聞いて、エリシアは我慢ならなかった。

 玉座に向かって歩み寄る。

 もちろん衛兵に止められ、地面に押さえつけられた。


「この不届き者め! 許可なく陛下と司教様に近づくんじゃない! 俺は最初から、黒髪が聖女だなんておかしいと思っていたんだ!」


 兵士にそう怒鳴られ、エリシアは涙が出そうになった。

 九歳で入れ墨を入れられてから、六年間。

 ずっと頑張ってきたつもりだ。

 自分の生活のためとか、森を守るためとか、理由は色々あったけど。身につけた魔法で人々を守りたいという気持ちだって確かにあったのだ。

 偽物だけど、聖女を名乗ったからには、その役目を果たそうとした。

 なのに処刑される。

 黒幕だった国王と司教は無論のこと、一般の兵士さえ庇ってくれない。


「処刑は明朝に行う。それまで牢に放り込んでおけ。食事を出す必要はないぞ」


「ま、待ってください! 一つだけ聞かせてください……王子は……メイナード様は私との婚約破棄を承知なんですか?」


「ふふん。なにを言い出すかと思えば。承知に決まっているだろう。そもそもメイナードは、お前と顔を合わせるのが嫌で留学したのだぞ。心配せずに、心置きなく死ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る