クロイの実力

「やったやったー! すごい! すごいよクロイくん! 特選クラスに勝っちゃった!」


 一般クラス生徒たちの大きな歓声の中、エマが喜びに飛び跳ねる。


「クロイくーんっ、大丈夫ー!? 怪我してないー?」

「全然平気ー! だいじょーぶー!」

「本当ー!? よかったー!」


 手を振りながら問いかけるエマに、クロイも大きな声で応える。

 そんな無邪気なエマとは対照的に、アヤとシルビアは静かにクロイを見つめていた。


「……終始、クロイの掌の上だった」

「ええ、ですわね。結局、使った魔法も一節詠唱ワンワードだけ。彼の真の力を引き出すには、ダグラスでは力不足だったようです」


 アヤの呟きに、シルビアも頷く。

 クロイは明らかに、ダグラスが広範囲の魔法を放つように誘導していた。最初は【石弾】で詠唱を阻止し、ダグラスが【石弾】を撃つように誘導。次いで【石弾】を回避しながら前進。クロイの挑発と距離を詰められる焦りによって、ダグラスに冷静な判断力は残っていなかった。誘導されるがままに【炎扇波】を放ったダグラスは、自身の魔法で視界を防がれ、クロイの動きを追うことができなくなった。そこでクロイは【土壁】で魔法を防ぐと見せかけつつ、それを足場に使うことで、一気にダグラスへの距離を詰めた。全てがクロイの計算通りの流れに見えた。


「そもそも【石弾】程度の攻撃、避けながら詠唱を完成させて当然です。その程度も満足にできないなんて……ダグラスは、まるで実戦経験が足りていません」

「普通はそう簡単に出来ることじゃありませんよ、それ」


 ため息をつくシルビアに、アヤは苦笑する。魔法の中では低威力の【石弾】といえども、まともに当たれば怪我をするし、痛みもある。当たりどころが悪ければ、大怪我になっても不思議はない。そんな攻撃が迫る中、恐怖に呑まれず、冷静に回避と魔法の行使を同時に行う。決して簡単なことではない。相応の覚悟と経験がなければ、到底不可能な芸当だった。


「でも、クロイ君はそれが出来た。【石弾】を紙一重で回避する時も、炎の波が迫る中でも、彼は動揺する素振りすら見せませんでした」

「……そう、ですね」


 アヤは頷きながら、決闘の様子を思い起こす。クロイの異常な部分は、それだけではない。【石弾】の生成の速さ。狙いの正確さ。狂いない攻撃の見切り。最小限の動きで躱す身体技術。どれを取っても、ただの新入生ではありえないものだ。


「クロイ、君はもしかして……」


 アヤの呟きは、生徒たちの歓声に紛れて消えていった。



  ◇



 決闘でのクロイの勝利は、学校中に大きな衝撃を与えた。観戦していた大勢の一般クラスの生徒たちは狂喜し、夜まで騒ぎ続けた。その流れのまま、食堂では祝勝会と称した宴会が開かれていた。


「やれやれ、まさかこんな騒ぎになるとは……」


 こっそり会場を抜け出したクロイは、軽く息を吐きながらぼやいた。

 一緒に抜け出したアヤが、なだめるように言う。


「しょうがないよ。それだけ特選クラスの連中には、みんな不満が溜まってたんじゃない?」

「それはわかるけどね……」


 クロイはそう言いながら、少し肩をすくめた。「特選クラスの生徒に一般クラスの生徒が勝利した」という事実は、クロイが思っていた以上に大きな意味があるらしい。それは、「全てに優れている特選クラスに、一般クラスは絶対服従するべし」という風潮を打破する出来事だからだろう。一般クラスの生徒たちにとっては、大きな希望になる勝利と捉えられているようだった。


「ところでクロイ、本当に主役が抜け出してよかったのか?」

「主役というか巻き込まれて引っ張り込まれただけというか……まあ、大丈夫だよ。みんな楽しく騒いでるだけだし。いなくなっても誰も気にしないよ、多分」

「ま、まあ……それはそうかもな……」


 会場内の馬鹿騒ぎの様子を思い出しながら、アヤは同意した。


「それで、どうしたんだアヤ? 改まって2人で話がしたい、だなんて」

「……うん、付き合わせて悪いな。エマや他のみんなには、聞かれたくない話なんだ。実は……」


 いつにない神妙な様子のアヤに、クロイは困惑する。思えば、アヤと2人きりで話をするのは、これが始めてかもしれない。アヤが仲のいいエマにすら聞かれたくない話、と聞いても、クロイには何の話か予想がつかなかった。わざわざ2人きりになってしたい話……なんだろう、告白とか?


「クロイ、君に大切な話があるんだ」


 クロイの目を覗き込むように、アヤは真っ直ぐに彼を見上げた。

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