日入 酉の刻

二郎

部屋全体が西日を浴びて紅く色付いていた。


「・・どう、すごいでしょ?」

話し終わると狐狸は茜色の鞘から太刀を抜いた。

朱い刀身が西日を受けて光った。


「あへ?」

二郎が指を咥えたまま、

まじまじとその刀身を見つめていた。

「でも、

 そんな物凄い刀を、

 どうして狐狸姉ちゃんが持ってるんだ?」

二郎が不思議そうに訊ねた。

「これは死んだ母さんが

 アタシに遺してくれた業物よ。

 きっと母さんは

 アタシが夜霧の家を継ぐことを願ってたのね」

そう言って狐狸は二郎に微笑みかけた。


「・・それで、

 アンタはアタシに何をして欲しいの?」


「あ、兄ちゃん達を殺すのを手伝って欲しいど」

外で雉鳩が「グーグーポッポー」と啼いた。



狐狸は湯呑を手に取ると

ゆっくりと一口だけ飲んだ。

それから徐に口を開いた。

「アンタを手伝ってアタシに何の得があるの?」

ちゃぶ台に肘をついた狐狸が目を細めて

二郎を真っ直ぐに見た。


「オラが生き延びたら、

 狐狸姉ちゃんはオラの嫁さんになれるど!」

二郎は得意げに答えると口を大きく開けて

「だははは」と笑った。


「・・そうね。

 見通しは暗いけどアンタが生き残ったら、

 そうなるわね・・」

そう呟くと狐狸は小さく溜息を吐いた。

「へへへ。

 オラと狐狸姉ちゃんが夫婦になったら、

 毎晩、あんなことやこんなことができるど」

二郎は一人何かを妄想して舌なめずりをした。


「アンタは気が早すぎるのよ。

 闇耳はともかく、

 孤独と陽兄ぃは厄介よ」

「オラ、腕っぷしなら誰にも負けないど」

そう言って二郎は左手で力こぶを作ってみせた。

「馬鹿ね。

 殺し合いは腕力だけじゃ勝てないのよ。

 頭を使いなさい、頭を」

「う~ん。

 狐狸姉ちゃんの話は難しいんだど」

二郎は首を傾げた。


「それに・・。

 槍兄ぃのことも気になるわ。

 陽兄ぃの言う通り、

 槍兄ぃが自分の意思で姿を消したのだとしたら、

 その目的は何かしら・・」

狐狸が腕を組んで天井を見上げた。


「一槍斎兄ちゃんは

 孤独兄ちゃんに殺されたんだど」


静かな部屋の中で

二郎のその言葉はなぜか滑稽に響いた。

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