日入 酉の刻
狐狸
西日が障子窓を紅く染めていた。
狐狸が湯呑の茶をもう一口飲んだ。
それから二郎の目を正面から見つめた。
「・・アンタ、その話、本当なの?」
「そうだど。
オラが一槍斎兄ちゃんの体を
残らず全部食べ尽くしたど」
そう言って二郎は胸を張った。
「何で今まで黙ってたのよ!」
狐狸の剣幕に二郎は体を竦めた。
そして
「わ、悪かったど・・」
と小さな声で謝った。
狐狸は二郎を睨んだまま大きな溜息を吐いた。
「ま、アンタに怒っても仕方ないわね。
狡賢い孤独にまんまと利用されたわけね」
「こ、孤独兄ちゃんはオラに優しいど」
二郎が白い歯を見せて笑った。
「アンタって本当に呑気ね」
狐狸は呆れ顔でもう一度大きく溜息を吐いた。
「それにしても亡骸の処理が終われば
アンタは用済みなのに
よく殺されなかったわね」
「オラは強いんだど!」
そう言うと二郎は
今度は両腕で力こぶを作ってみせた。
狐狸は何も言わず三度目の溜息を吐いた。
雉鳩が「グーグーポッポー」と啼いていた。
「そんなことよりも
『蜻蛉切』がなかったとはいえ、
槍兄ぃが孤独ごときに殺られるなんて意外だわ」
狐狸が難しい顔をして腕を組んだ。
西日に当たった狐狸の褐色の肌が
紅く艶のある輝きを放っていた。
二郎は口元をほころばせて
そんな狐狸の顔を眺めていた。
その時突然、
狐狸はちゃぶ台を叩くと
腰を上げて二郎に顔を近付けた。
「そうよ!
『蜻蛉切』はどこにいったのよ?」
二郎は顔を首を傾げた。
「そ、それは知らないど・・」
それから二郎は頬を赤らめて俯いた。
狐狸は「ふん」と鼻を鳴らすと
ふたたび座り込んで腕を組んだ。
「ねえ、まさかとは思うけど
予見も孤独が殺ったの?」
狐狸が新たな疑問を口にした。
「お、オラは知らないど・・」
二郎はボサボサの頭を掻いた。
「・・そうよね。
アンタが関わってるなら
予見の亡骸も食べてるだろうし。
それに男が女を殺す理由はないから・・。
やっぱり予見は
二三姉ぇが殺ったと考えた方が自然よね」
「よ、予見は一二三姉ちゃんが殺したのか?」
二郎が驚いた表情で狐狸を見た。
「そうとしか考えられないでしょ。
でも二三姉ぇも馬鹿なことをしたわね。
先にアタシを殺しておけば
警戒されなかったのに」
そう言って狐狸が声を出して笑うと、
「一二三姉ちゃんは馬鹿なことをしたど」
と二郎は何度も首を縦に振った。
「それにしても拷問って本当に理解できないわ。
二三姉ぇの亡骸に細工した時、
流石の私も気分が悪くなったもの」
その時の状況を思い出したのか、
狐狸はブルっと体を震わせて
湯呑の茶をごくりと飲んだ。
いつの間にか太陽が稜線の向こうに
その姿を消していた。
「・・二郎。
まずは孤独を始末するわよ」
狐狸が部屋の行燈に火を灯しながら
ポツリと漏らした。
「こ、孤独兄ちゃんを!」
二郎の声が裏返った。
「何を驚いてんのよ。
あの男は生かしておいたら後々厄介になるわ」
「こ、孤独兄ちゃんは厄介だど」
二郎が狐狸の言葉を反復した。
「あはは。
だからこそアタシがいるんじゃない。
惚れた弱みと惚れられた強みって言うでしょ。
二三姉ぇに化けたアタシの前じゃ
孤独も油断するわよ。
その隙を狙ってアンタが仕留めなさい」
「わ、わかったど」
二郎は大きく頷いた。
「二郎、アンタは今夜はここで食べていきな。
そろそろ孤独が仕掛けてきてもおかしくないわ。
料理に毒を仕込めばアンタと闇耳の二人を
始末することができるもの」
「狐狸姉ちゃんの作った料理が食えるのか!」
「アンタなら何を作っても
文句を言わずに食べてくれるわね」
飛び上がって喜ぶ二郎を見て
狐狸は「あはは」と笑った。
「で、でも姉ちゃん。
孤独兄ちゃんが料理に毒を入れたら、
と、父ちゃんまで死んじまうど?」
「うん?それがどうしたの?」
平然と言い放った狐狸を見て
二郎は首を竦めてぶるりと体を震わせた。
「・・こ、狐狸姉ちゃんはおっかないど」
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