三章 異世界千人将誕生

第120話 歌姫yoppi


 ダークエルフ軍・ボゾオン帝国の牢屋に、ひとりの異世界人の女性が収監されていた。


 女性はダークエルフの牢番に「歌ってもいいですか?」と夜な夜な訪ねた。


 始めは牢番は訝しげで「静かにしていろ」というだけだったが、女性は構わず鼻歌で歌うようになった。


 聴き惚れてしまうほどの歌声だった。


 あるいは、歌のはずなのに『見惚れる』とさえ思えた。


 声と音の中に、色彩や情景があったからだ。


『違う。聴き惚れてなどいない。この女は歌うことで助けを求めているのだ』と牢番は考えたが、ここは石壁に囲まれた地下三階で、戦場の怒号すら通さない。


 異世界人の女の歌声に、意図はない。

 鼻歌程度なら良いだろうと、牢番は見過ごすことにした。



 女性は鼻歌でリズムを口ずさみ、牢番はかすかに響く鼻歌を毎日聞きながら、逃げ出さないかと目を光らせる。


「ここの声量は伸びるように。あ、今曲できたかも。楽譜に書いておきたいなあ。指のパターンで覚えようか。時間はあるからね」


 異世界人の女性は鼻歌を口ずさんでいる。

 牢屋に閉じ込められてなお、絶望は微塵も感じられない。


「女。名は?」


 収監されて3日が立った頃、牢番は訪ねた。


春日部芳乃かすかべ よしのといいます。ダンデライオン所属です!」


「ダンデライオン?」


「事務所です! ……あ、そっかぁ。ここは異世界だもんね。なーんか面接かと思っちゃった。えーと。科学世界ではyoppiって名前で、声優と歌手をやらせて貰っています」


 牢番はあっけに取られたが、奇妙な異世界人ということにしておく。


「……科学世界とは楽しそうな場所なんだな」

「うーん。どうかなぁ。この世界みたいに争っていて。悲惨になってるのはどこも一緒だよ」



「ふん。まやかしを。そのような綺麗な歌が生まれるなど、楽な世界の証拠だよ」

「そうかなぁ」


「我々は闘争を通じて、未来を得なければならない。貴様のようなぬるい異世界人と一緒にされては困る!」


 芳乃は寂しげな顔になってから、にこりと微笑む。


「うん。そだね。だからね。歌うの」

「なんだと? 返事になっていないぞ」



「焼け石に水でも、歌ったり踊ったり。楽しいことをしたいの」

「歌や文化が戦争を止めるとでも思っているのか? 無意味な話だ」


「争いは止まらないよ」


 芳乃は今度は無表情になった。


「でも薄まるかもしれない」


「薄まるだと? 薄まるだけでいいのか。勝利や発展を求めないのか?」

「そんなのただの言葉でしょ?」


 ダークエルフの門番は虚を突かれた。


「わからない。我々は闘争の先に未来をみたいはずだ」

「でも戦いを楽しんでるでしょ?」


「違う! 戦いなど楽しくない!」

「君は楽しくなくても。戦いしか楽しみがない人はいるんじゃないかな。漫画の受け売りだけど」


「そ、それは……」

「まぁ難しい話は置いといて。もう少し私の歌を聞いてよ。闘いと歌とどっちが楽しいか、勝負だよ」


 芳乃は脈絡のない女だった。

 急にリズムをとって、全身で歌い始める。


 ダークエルフの牢番は、黙って歌を聞いていた。

 彼女の歌声を聞いている間は、闘いのことを忘れていたからだ。


「……なんという曲だ?」


「うーん。新曲だからなぁ。今の心境は『地獄めぐりしてる私!』をイメージしたから、『獄卒追跡バイク出動!』って曲」


「……ネーミングセンスはあまりにも残念なんだな」

「でしょでしょ! DとPにもよくいわれる」


「なんだ、それは?」

「ディレクターとプロデューサー。でねでね」


「うむ」

「ってか牢番さんさぁ。女の子でしょ」


「な! そうだが。何か問題でも?」

「やっぱりぃ! 鎧の上からおっぱいみえてる。おっきいねぇ」


「何をいうんだ。馬鹿者!」

「女子トークしようよ」


 ダークエルフは小一時間、芳乃の女子トークににつきあわされた。

 異世界人とはこういうものなのか?


「ううう。大変なんだねえぇ。牢番さんも。」

「ああ。色々あるんだよ。恋人がな。戦場にいってな。『すさまじく速い漆黒の影に殴り飛ばされて』って。奇跡的に生きていたからよかったが……」



 芳乃にほだされてトークに付き合っていたが、あるとき牢番は『はっ』と気付く。


「私はお前の牢番だぞ」


 そう凄んでみせたが、もう遅い。


「そだね。でも友達でもあるじゃん?」

「誰が友達だ! 戦場では男が闘ってるんだ。私は牢番の責務を果たすんだ」


 芳乃はすでに、牢番の心の懐に入り込んでいる。


「つれないなぁ。まあいいか。もう遅いものねえ。おやすみ~」

「……ああ。おやすみ。鼻歌なら歌ってもいいからな。別の看守には知らんぷりしてやる」


 鉄格子を挟んで、異世界の歌姫とダークエルフの牢番が、打ち解けつつあった。



 科学世界の歌姫、春日部芳乃かすかべ よしのは、その一週間後、日毎に変わるダークエルフの牢番すべてと、月火水木金土日連続で打ち解けあっていた。


「牢屋で歌える許可は得たね。女の子も半分くらいいたし」

 

 牢獄にありながら、歌姫yoppiの心は自由なままだった。


――――――――――――――――――――――――――

スペース

いきなり歌姫回ですが、新章突入の冒頭って感じです。


ロココとPP、顔面コピーの本物がふたり、森羅世界に紛れていることになりました笑

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