第93話 機晶潮流師範〈クリストロニクス・ヒュペリオン〉


 とある探索者の青年が、洋ナシ型天使の概念指定攻撃〈爆破〉を受けている。


「がはっ。くっそ。Cランクじゃ、手も足もでねえってのか……。せめて住民の避難をと思ったが、なにも……」


 燃え上がる街の中。

 倒れ伏す探索者の青年を、飛翔する10数体の天使が取り囲んだ。


『概念指定攻撃・爆破』

『概念指定攻撃・爆破』

『概念指定攻撃・爆破』


「なんだよ……。これが天使のすることかよ!」


 名も無き探索者に、天使の慈悲はない。


「街を爆破して……。天使だとか名乗りやがって! 嘘つき! 人殺し!」


 間違ったことに抗ったところで、力がなければ何もできないのが、この世の摂理だ。


「弱いんじゃ、なにも……」


 無数の爆発が、名も無き探索者を襲う。

 青年が目を開けると、無傷だった

 

「だからといって嘆くだけでは、始まらないだろう」


 名も無き探索者の青年を救ったのは氷川だった。


 氷川の全身は水晶蒸気器官〈スチーム・クリストロニクス〉の〈機晶鎧装〉となっている。

 鎧装の水晶フレーム部分から、蒼炎のごとき光が立ち上っていた。

 背中の排出口からは蒸気が噴出し、熱が立ち上る。


「その〈機晶鎧装〉は……。S級の氷川さん?!」


「無辜の市民の中で、声を出せる勇者がいる。君が天使を引きつけてくれたおかげで、多くの市民を非難できた」

「でも俺ひとりじゃ結局、犬死にだ。犬死にじゃ、意味なんて……」


「私が助けた。死んでいないなら意味はある。君の存在に救われたのだ。何故なら私も馬鹿だからな」


 氷川の上空には、無数の天使が舞っている。

 視界に映るだけで30体。


 戦闘態勢に入ると同時、氷川の耳元に通信が入る。

 網膜投影には『Sランク探索者グループ』と表示。

 Sランク探索者の連絡網だった。


『氷川君。境台市の件ですが、撤退してください』


 音声通信で返答する。


「いやです。市民は見捨てられません」


 別のSランク達からさらに通知。


『お前はこの地方のSランク四天王では最弱だ。報告された数の天使には勝てないだろう』

『一度撤退し四天王で合流。チームで迎撃するべきです』


「相容れませんね。話している時間があるなら助けるに決まっている」


 氷川は通信を切った。

 青年を地面に降ろし、上空の天使に向けてグローブに覆われた指を向ける。


「水分子凝結」


 氷川の周囲の空間に30もの氷柱が同時に浮遊する。

〈水晶種族〉の技術を流用した〈水晶魔力〉による〈分子干渉の力〉だった。


 空気中の水分子を操作・凝固し、氷柱へと変換したのである。


「全方位照準(オールレンジロック)」


 30もの氷柱は上空を飛翔する天使へ向けて、射出される。


「射出〈アンチェイン〉」


 着弾した氷柱は上空で水蒸気爆発を起こし、18体の天使を爆散させた。

 さらに迫る12体の天使。


『概念指定攻撃・斬撃』

『概念指定攻撃・斬撃』

『概念指定攻撃・斬撃』


 接近戦を仕掛けようとする天使だが、氷川はすれ違いざまに空間を氷結させる。

 天使は氷漬けとなり斬撃は不発となった。


「〈水分子凝結〉」


 すれ違い様、12体の天使の周囲の空間から熱を奪い取り、凍り漬けとしたのだ。


「〈氷結・上昇〉」


 さらに氷川は氷漬けにした天使に指先を向ける。

 グローブの指先をくいと上へ向けると、気流が発生した。


 気流に乗って、氷漬けになった天使はぐんぐん上空に登っていく。

 水分子を操作する能力を応用して気流をつくりあげ、気流操作で押し上げたのだ。


「爆散」


〈洋ナシ型の天使達〉が氷漬けのまま上空に立ち上ったかと思いきや、やがて蒸気を放ち……。

 上空で爆散、砕け散っていった。


 傍らで見ていた名も無き青年は驚愕しかない。


「つ、強すぎる。これがS級の力……」

「立てるか? 市民の避難誘導をたのむ」

「は、はい!」


 名も無き探索者の青年は氷川の言葉で立ち上がる。

 氷川の上方にはさらなる天使が舞い降りる。


「数が多いが、気流使いの私の前では無意味だ」


 遠距離戦は氷柱と水蒸気爆発。

 接近戦は氷結と気流上昇によって、天使を葬っていく。


 氷川の迷宮探索者の基礎クラスは〈風水師〉だった。

 運気の他、気流の流れを読み取ることができる力だ。


 彼は本来、戦闘力に関しては【最弱】だった。

 なにせ『気流が読める』だけなのだ。

 ずっと疎まれ、馬鹿にされEランクを彷徨っていた。


『お前はいらん』


 迷宮探索者のパラメータとは、迷宮と異世界への〈適応度〉の指数である。

 氷川自身はレベルはあげることはできたが、〈風水師〉のパラメータは絶望的に低かった。


 気流を読み取る力は、敵の気配を察知したり、仲間の回避には役だったが、戦闘力は皆無だ。


『お荷物なんだよ』

『気流とか。いてもいなくても一緒だろ?』

『しかもロリコンとか、終わってるわ』

『お前が空気なんだよ』


 若い時代の氷川は絶望を彷徨っていた。

 彼をすくってくれたのが、もみ教授だ。



――『君の力は、勿体ないなあ。私のラボに来てみるがいい。その力『てこ入れ』をすれば、おもしろくなるかもしれないよ』――


――『水晶世界の水分子を操る技術を、機巧種族の鎧装で我々の肉体に接続するんだ。君の〈気流を読み取る力〉は、科学世界ではオカルトにすぎないが、水晶世界の魔水晶技術を融合することで真価を発揮するだろう』――


 氷川は風水師からクラスチェンジを果たした。


 まずは〈水晶師〉と呼ばれる、水晶世界の〈マナ〉を用いるクラスになった。

 それだけではDランクだったので、今度は機巧世界の技術を取り入れた。


 次に装甲を纏った〈機晶師〉と呼ばれる異端クラスとなった。

 前例のないクラスだったので参考にするものもいなかった。


 地獄は続いた。

 わけがわからない存在として蔑まれた。

 ロリコンであることも知れ渡っていた。


 それでも氷川は、努力をやめなかった。


 吐血をしても骨折をしても、もみ教授は見捨ててくれない。

 


――『内臓の修復にはビタミン剤とプロテイン。亜鉛などミネラル類もだ。よいお塩が重要だぞ。知り合いにいい整体師がいる。君が望むなら……』――


 やるしかなかった。

 もみ教授の提案が彼の背中を押し、S級レベルまで昇華させたのだ。


 S級となった氷川の現在のクラスは、


――【機晶潮流師範〈クリストロニクス・ヒュペリオン〉】――


 地方に四人しか存在しない、S級の一角である。



(あれだけ血反吐を吐いても地方のSランク四天王で最弱。だが、何も出来なかった頃よりはずっとずっとマシだ。こうして守れるのだからな)


 そのとき氷川の視線の先に、逃げ遅れた園児がみえた。


『概念指定攻撃・爆撃』


 園児へ向けて、洋ナシ型の天使が爆撃を放つ。

 氷川は眼前に〈氷の壁〉を展開し爆撃を相殺した。


「空気中の分子を凝結させれば、氷の壁を生み出すことも可能だ。そして……」


 氷川は園児と引率の先生を振り返り見る。

 はたからみれば鎧装を纏ったイケメンだ。

 だが引率の先生は、奇妙なオーラにぞわりとした。


「私は、子供とか、その。好きです」

「ひ、ひぃい!」


「だが心に決めた人はひとりだ。私が守ります。……どうか子供をつれて避難してください」

「は、はひぃ!」


 幼稚園の引率の先生はわけがわからない顔をしながらも、駅前に避難していった。


「相変わらずだなぁ、氷川ぁ」


 そしてもみ教授は、装甲バイクに乗って氷川の後ろとついてきていた。


「機晶鎧装は無事なようだね。弱点は機動力だから、私のバイクに乗るといい。荷台には直立姿勢で腕は組むんだぞ」


「バランスが取りにくいのですが」

「世紀末スタイルだよ。こういうのはノリが重要なんだ!」


 いつも白衣でウェーブのある亜麻色の髪で、小柄な身体のどこにエネルギーがあるのか、というくらい元気をくれる。


「いくぞぅ。氷川ぁ!」

「はい。良いデータを取らせてあげましょう」


 氷川を乗せて、もみ教授が装甲バイクを走らせた。


――――――――――――――――――――――――――

用語解説

【機晶潮流師範〈クリストロニクス・ヒュペリオン〉】


:機巧世界と水晶世界の技術を融合させた鎧装

:使用者は氷川。開発者はもみ教授

:水晶世界のマナと、風水師の能力によって、空気中の水分子を操作できる。

:水蒸気爆発を起こす〈氷柱〉や〈氷の壁〉、氷漬けにする〈氷結〉、気流操作で〈上昇〉させることなどが可能。

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スペース

次回はパルパネオスがメイド喫茶を守ります。

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