第35話 「「「「「み~お! み~お! み~お!」」」」」



 20XX年某日。


 その日、全世界の全ての人間はメタバース空間にて、その瞬間を今か今かと待ちわびていた。


 今日は全人類にとって誰もが記念すべき日なのだ。


 定刻の時間になりファンファーレが鳴り響く。空には花火が彩り、花びらが宙を舞って、民衆の歓声が轟いた。


 そんな中、日本の元総理大臣、米国の元大統領、英国の元首相、仏国の元大統領、中国の元国家主席、露国の元大統領といった名だたる面々を跪かせた間を堂々とした足取りで歩く一人の美女がいた。


 彼女が民衆の前に現れた瞬間、メタバース空間が壊れるのではないかと思えるほどの大歓声が揺らす。


「見て澪さまが降臨なさったわ!」


「ふぁ‥‥‥女神さま‥‥‥」


「きゃ~! こっちみて~!」


「「「「「「み~お! み~お! み~お!」」」」」」


 そう、彼女こそが圧倒的な美貌と威厳、全知全能の知能によって無敵の国家を作り上げ、瞬く間に人類史上初の世界統一を成し遂げたことで現人神にまで至った女傑。『天上の女神』近衛澪、その人である。


「天使様たちだ! 天使様たちもいるぞ!」


「紗夜さま~! 麗華さま~! 美琴さま~! 輝夜さま~!」


「あれはただの草履温め係から大出世を果たした幸徳寺様!」


「あやかりや~あやかりや~」


 更にその後ろに付き従うのは、澪さまのことを最初期から献身的に支え、天使の位を授けられた者たち。『忠義の天使』鷹司紗夜、『華麗の天使』徳大寺麗華、『情愛の天使』西園寺美琴、『孤高の天使』九条輝夜。


 いずれも『天上の女神』に負けず劣らずの美しさを誇っており、本当にエンジェルリングと天使の羽根が見えるようだ。


 その最側近の四人の後ろにも、それぞれの分野で世界に名を轟かせる天女たちが続く。


「はぁ‥‥‥やっぱり『澪×紗夜』は最高ね!」


「何言ってるの? 最高なのは『澪×麗』でしょ! 見なさい、あの麗華さまが澪さまに向ける麗しき華のような笑顔を!」


「あなたたちは分かってないわね! 『澪×琴』が至高なのよ! ほら、美琴さまが澪さまに耳打ちされて真っ赤に‥‥‥きっと愛を囁かれたのよ! ふぁぁ」


「『澪×輝』しか勝たん!」


「「「「なによっ!?」」」」


 女神と天使のカップリング。それは長年論争がされており、それぞれが主張を強く曲げないため、よもや第三次世界大戦が勃発寸前とまで言われた大問題。


 まさに今、その問題が大爆発を起こしそうな気配を見せた。‥‥‥その時、女神の声が響き渡る。


「皆様、そんな不毛な争いは何も生みませんよ? 僕は紗夜も麗華も美琴ちゃんも輝夜も大好きで、愛してますから。‥‥‥ね?」


「澪さま‥‥‥」「こんなに大勢の前で恥ずかしいですわ‥‥‥」「で、でも嬉しいです!」「‥‥‥ふん」


「「「「「きゃ~~~~~~~~♡」」」」」


 五人のエモいふれあいに瞬く間に険悪な空気は霧散し、そこかしこから瞳をハートに変えた民衆による黄色い歓声があがった。これぞ老若男女すべての者を魅了する澪クオリティー。


 しばらくそんな盛り上がりを見せると、その様子を見てた澪さまがスッと手を上げる。たったそれだけで、歓声に包まれていた民衆は静かになった。それが開始の合図となる。


 こういう時、いつも司会を務める『華麗の天使』徳大寺麗華さまが一歩前に出た。


「お集りの皆様! 今日という日を迎えられたこと、盛大に祝いましょう! これより新たな門出を祝って、地球救済・惑星移住計画『ミオの方舟』の宣誓式を始めますわ! 澪さまに栄光をっ!!」


「「「「「澪さまに栄光をっ!!!」」」」」


「「「「「おおおおおおおおお~~~~~っ!!!」


「「「「「み~お! み~お! み~お!」」」」」


 その澪コールはどこまでも続いていき、とどまることを知らない。メタバース空間は三日三晩の間、『天上の女神』近衛澪の御威光に沸いた。


 こうして人類は新たな一歩を踏み出したのだ。



 ■■



「——はっ!?」


 授業の終わりの合図のチャイムが聞こえて唐突に我に返る。‥‥‥最近、こんなことばっかだな。


 別に寝ていたわけじゃない。ちゃんと授業も聞いてノートもとってあるし。ただ、なんだか意識が遠くに行っていて、心ここにあらずといった感じになると言うか‥‥‥。


 それにしても、何か恐ろしいものを見た気がするぞ‥‥‥。天上の女神? ミオの方舟? なんじゃそら。


 あの係委員会決めから三コマ分たったけれど、どうやら僕の頭はまだ混乱しているらしい。そりゃそうか、あの麗華の建国宣言? から頭すっからかんだし。


「はぁ‥‥‥」


 思わずため息が零れた。


 結局、僕は女王になったらしい。‥‥‥改めて思うと本当に意味不明だな。結局何をすればいいのかもよくわからない。麗華が言うには、僕がそのままでいればいいらしい。


 あの後もちろん異議を申し立てたのだけど、受け入れてもらえず。というか‥‥‥。


「やっぱり女王じゃ足りなかったんだ!」「澪さまにはもっと上の階級が相応しい!」「王より上‥‥‥皇帝、いや、神だ!」「ゴット澪神!」「「「うおおおお!!!」」」


 と、どうやら逆に思われたみたいで、こんな感じに盛り上がり始めたから慌ててみんなを宥めるはめになった。というか最後のやつとか逆にバカにしてるだろ!


 そして頼みの綱である担任の先生はみんなを止めるどころか「私も家臣になろうかしら」とか言っちゃう始末。


 どうかみんな冷静になってくれ。切実に願う。


「澪さま! ランチを食べに行きましょう!」


「麗華‥‥‥そうですね。行きましょうか」


「はいっ!」


 授業の片づけを終わらせたタイミングで麗華がこっちに来た。この笑顔を見てると、さっきの係委員会決めのことも良かれと思ってのことだと分かるから文句も言いずらい。


 すると、僕のところにやって来る子がもう一人。


「あ、あの美琴もご一緒してもいいですか?」


 おずおずとそう聞いてきたのは、美琴ちゃんだ。もちろん僕は美琴ちゃんとも一緒にお昼を食べるのはいいのだけれど、麗華はどうだろう?


「あら? それなら今日も食堂に向かいましょうか、美琴もそれでよろしいですわね?」


「うん、麗華ちゃんありがとう」


「これくらいなんてことないですわ!」


 おや? この二人って随分と親しかったんだな。


「澪さま? どうかしましたか?」


「いえ、麗華と美琴ちゃんは結構仲が良いのですね」


「そうですわね。美琴とは幼少のころからの付き合いですし、澪さまと紗夜さまと同じ幼馴染と言ったところですわ!」


「あっ‥‥‥。れ、麗華ちゃんとは”友達”なんです!」


 なるほど、確かに同じ清華家同士だしパーティーとかで一緒になったりするか。二人の性格は真反対みたいなものだから意外に思ったけど、案外相性はいいのかも。


 美琴ちゃんも友達って念を押してたし、僕が思ってる以上に仲が良いんだろう。


 それから紗夜とも合流して食堂に向かう。


 麗華と紗夜はこの前にランチを食べたから大丈夫だと思ってたし、美琴ちゃんと紗夜も今朝のことがあったから心配してたけど、今は不干渉といった感じで特にいがみ合ってる感じはしない。できれば二人にもこのまま仲良くなって欲しいな。


 さて、それはそれでいいとしてだ。僕にはどうも気になって仕方がないことがある。


 なので僕の少し後ろを歩いてる麗華に耳打ちで聞いてみた。


「麗華、少しいいですか?」


「はい! なんでしょう?」


「この、僕たちの後ろからついてくるみんなは? 全員食堂に行くのでしょうか?」


 そう、僕たちが廊下に出ると、何故かクラスの皆も出てきてまるで付き従うようについてくるのだ。本当に全員が食堂にいくのならそれでいいんだけど、普段は食堂を使わない人もいるし、なんというか‥‥‥既視感が。


 具体的にはさっき見てた‥‥‥。


「いえ! ここにいる者たちは澪さまについて来ているのですわ! 家臣が王に付き従うのは当然でしょう!」


 あぁー、やっぱり。どうもただ歩いてるには違和感があったし、こうして立ち止まったら同じように足を止めてるしね‥‥‥。


「あの、やめさせることはできませんか?」


「‥‥‥? どうしてですか?」


 麗華に心底不思議そうな表情で返された。


 そうだった。僕と麗華の価値観はだいぶ大きくずれてるんだった。王冠と王笏と宝玉を持って授業を受けてくれって言ってくる子だもんな。それはなんとか勘弁してもらったけど。


 とにかく、こういうことに関しては麗華に頼っちゃいけない。異議申し立てしたときに神になりかけたのも麗華が大袈裟にしたからだったし。


 美琴ちゃんはこういう矢面に立たせるのは気が引けるし、紗夜に関してはこれはこれでいいと思ってる節があるからどうなるわからん。ここは自分で何とかするしかないか。


 そう結論して、僕は振り返ってクラスメイト達に声をかける。


「皆さん、僕を慕ってくれるのは嬉しいのですが、こういう扱いは遠慮してください」


 僕がそう言うと、途端にざわめきと、そして悲観したような雰囲気が漂い始めた。


「そ、それは私たちは必要ない‥‥‥そういうことでしょうか‥‥‥?」


 いやいや、悲観しすぎだよ‥‥‥。


「そうではなくてですね。こうして大勢でぞろぞろと廊下に広がっては、他の方たちの通行の妨げになって迷惑になってしまうでしょう? それに皆さんもそれぞれ昼食の予定があるのではないですか?」


 だから解散! かいさ~ん!


「おぉ‥‥‥澪さまはしっかりと我々のことを‥‥‥」


「それだけじゃない! 民草にまでお慈悲をかけられる!」


「さすが澪さま‥‥‥私たちの女王‥‥‥」


「「「「「み~お! み~お! み~お!」」」」」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 あー、なんでこうなるんだ。僕の学園生活、なんだかおかしなことになってきたなぁ‥‥‥。


 またしても、だんだんと意識が遠くなるのを感じながら、僕は澪コールを一身に浴びることになった。



_________________


ここまで読んで頂きありがとうございます!

今回、結構堂上人物を増やしたけれど、今後どうかかわってくるかは未知数です。

あくまで舞台装置として登場させただけなので、今後も物語の中心は澪+4人(+α)といった感じになります!

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