僕に彼女ができたんだ

 小学校の卒業式、僕は号泣していた。

 六年間を過ごした学び舎で、お世話になった先生たち、少数とはいえ私立または島外の中学へ進学してしまう友人との別れを、みんなが泣きながら惜しんでいる。

 体育館には「仰げば尊し」に交じって、卒業生、在校生、教師、保護者のすすり泣く声が響いている。

 

 だけど、友達が一人もいない僕にとって卒業式など、どうでも良かった。

 そんなことより、僕の初恋相手・アユミさんが死んでしまったのだ。


 アユミさんというのは、僕が愛読している少年誌のラブコメ漫画に出てくる登場人物だ。

 主人公の一年先輩で、明るくて、優しくて、太陽みたいな人。

 サブヒロインみたいな立ち位置だが、僕は彼女に恋をした。初めての恋だった。

 そんなアユミさんが、昨日発売の少年誌で、交通事故によって死んだのだ。

 本当に唐突だった。まったくそんな前触れなかったじゃないか。


 校門の前で、みんなが写真を撮ったり、卒業アルバムに寄せ書きを書き合ったりしている中、僕はただ一人、アユミさんの死を惜しんで泣き続けた。






 中学に入学して一か月、僕は案の定孤立していた。

 元々人見知りで内向的な性格な上、小学校ではいじめられていた。

 あいつ、いじめられっ子やねん。

 その噂は一気に広まり、触らぬ神に祟りなし、とでも言うかのように別の小学校出身の子たちまで僕を避けるようになっていた。



 理科の実験の時、先生が自由に五人グループを作れと言ってきた。

 鬼だ。この先生は鬼だ。きっとこの先生は地獄の番人の使いなのだ。

 みんなが瞬時にグループを作り、僕は理科室の隅で委縮していた。

 僕の脳内には、「誰か中尾なかおを入れたれ」と言う先生と、それを聞いて嫌そうな顔でざわつくクラスメイトの姿が浮かんでいた。

 嫌だ、嫌だ。早くこんな時間過ぎ去ってほしい。

 そう思っていた時だった。

「中尾くん、うちの班おいでよ」

 そう声を掛けてきたのは、牧瀬蛍まきせけいという女子生徒だった。

 明るい笑顔を僕に向ける牧瀬さん。

 何か気まずそうに同じグループの女子がそれを止めようとしている。しかし、牧瀬さんはその制止を振り切って、僕をグループに迎えてくれた。


 僕は、彼女に恋をした。


 牧瀬さんはクラスの人気者だった。明るくて誰にでも分け隔てなく優しく、おまけに美人だった。僕のようなクラスの異分子に対しても、優しく接してくれる。

 明るくて、優しくて、太陽みたいで——、まるでアユミさんじゃないか。

 そんな牧瀬さんに、早速アタックする男子が続出したが、全員見事に玉砕した。

 野球部やサッカー部といった学校で目立つような男子も振られたというのだから、僕なんて相手にもしてもらえないだろう。

 だけど、それでもいい。

 この中学三年間、牧瀬さんと同じ学校に通えるだけで、僕は幸せだ。







「中尾くん、私と付き合って」

 目の前には、頬を赤らめて、モジモジと身体を縮める牧瀬さんの姿がある。

 僕は、何が起きているのか分からなかった。

 帰りの掃除が終わった後、急に牧瀬さんに体育館裏まで呼び出された。

 もしかして、ヤンキーか何かが待ち構えているのではないか。いや、牧瀬さんに限ってそんなことはしないはずだと心の中で自問自答していた時に、こんなことを言われた。

 付き合って?それって、彼氏になってほしいってこと?いや、そんな、そんなわけない。きっと、何かの罰ゲームで――。いや、牧瀬さんに限って罰ゲームで告白なんてするわけない。きっと、買い物に付き合ってとかそういう——。

「私、中尾くんのこと好きやねん。やからな、私の彼氏になってほしいねん」

 頭の中でぐるぐると考え込んでいると、牧瀬さんがを教えてくれた。

 僕は、頭の中が真っ白になった。

「……あかん?」

 眉を八の字にし、恐る恐る問いかけてくる牧瀬さん。

 全身の血が、心臓に集まっていく。


「ぼ、僕も……牧瀬さんが、好きです」


 中学一年の秋、僕に初めて彼女ができた。

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