太陽から逃げる者

悩みの種とは聞いていた。

ベルクが他プレイヤーにも迷惑をかけると。

そこまではいい。

インも知らずの知らずの内にファイとハルト、他プレイヤーにも迷惑をかけている。

だから迷惑をかけること自体は別にいい。


問題なのは反省をしないことだ。

ファイが庇ってくれるのを当たり前だと受け入れている。


いつまで経っても行動を改めない訳だ。

いち姉として、同じくファイのためにもインは見過ごせなかった。


ベルクは大剣の切っ先をインに向けた。


「なんでそんなこと言われなければならないの?」


胸元に突きつけられた大剣。

刃の感触が胸から神経に伝わっていく。

主のピンチとなれば黙っていない。

アンはペンチのように太く、鎌のように鋭いハサミを掲げた。


「大丈夫だよ」


そんなアンをインは手で制す。

登ってくる大剣の感触に、臆することなくインは一歩踏み出した。


「ファイが大切だからだよ」


インの紛れもない本心であった。

ひとりの姉として。

家族として。

ファイを見過ごすことはできなかった。

だがそれは、この場に大量の油をバラまいたのと同義だ。

怪力乱心。

ベルクは力任せに片手で大剣を振り回す。

最後には大剣の刃を今すぐにでもインに降り落とす直前で止まった。


「あなたよりも私の方が魔女様を大切に思ってる!」

「かもね。けど、今ファイがしている表情を見た?」

「見なくても分かる! 凛々しい表情だよ! いつも通りの、私を助けてくれた時のような凛々しい表情に決まってる!」


狂気的な笑みを浮かべるベルクの後ろ。

ファイの表情は無だった。

いつも元気いっぱいのファイがする、炎も、氷も宿っていない冷徹な瞳。

それはインが本気で怒ったときと同じ表情であった。

後ろにいるイズミとオレンジは、今まで見たことが無かったのだろう。

ファイのする表情に戦々恐々し、二人で手を繋ぎ合う。

気づいていないのはただひとり。

ファイを後ろに持つベルクだけ。


「ファイはどう?」


 ファイが怒り心頭状態なのにも関わらず、インは言葉を投げかけた。


「仲間に刃を振り下ろすような程度の知れた下劣はチームに必要ない」


遠回しにベルクのことを指して言っているのだろう。

周囲の誰もがそう思ったはずだ。


 ――ただひとりを除いては。


ベルクは大剣を納めた。

背中に隠すようにしまいながら、ニコニコ笑顔でファイに手を振った。


「私は振り下ろしていないので大丈夫ですね!」


大剣が光の泡となって弾け飛んだ。

代わりに嵌めこまれた状態でベルクの指に指輪が出現する。

ベルクは首を逸らし、顔だけをインに向けた。


「そこの誰だか知らない下劣も魔女様の寛大なお心のおかげで助かったね!」


まさかである。

ベルクからしてみれば、インの仲間であるアンが刃のようなハサミを振り上げたことを言っている。

恐らくはそう勝手に補完したのだろう。

一触即発の雰囲気から一転。

ベルクは「さぁ、他に必要な素材を取りに行きましょう!」なんて精を出していた。


「心臓止まるかと思ったよ博士ちゃん」

「ファイちんの姉ちゃん。すごいな!」


インの元に駆け寄ってくるイズミとオレンジ。

インは乾いた笑みをしながら「怖かったんだけどね?」なんて頬を掻いていた。


「アンちゃんもありがとうね!」


インは慈しむような手つきでアンの頭を撫でる。

合わせるように触角を動かしたアンは、憤慨気味にインの頭をハサミで何度も齧っていた。

なお、ダメージはない。


「謝罪しよう。お……、イン」

「うん、そうだね! 後でファイにもお説教だから!」


 ふんふんと両手を挙げてやる気を出すイン。


「……お手柔らかに」


一風変わった姿に進化したアンを見上げて、引き気味に肩を落とすファイ。

そして助けを求めるかのように、イズミとオレンジをちらりと見る。


「いやいや、博士ちゃん。存分にリーダーを叱ってあげて」

「そうだよファイちん! 見ている方の気持ちにもなってよ!」


肝心の二人はイン側だった。

それもかなり好意的に。

そして物理的にインの肩に手を置いた。


「貴様ら薄情だぞぉぉ!!」


 永遠と燃える草原のど真ん中で、ファイの悲鳴が木霊するのであった。


  *  *  *


「今回の目標は【紅一閃こういっせんソフーガ】だ」


昨日と同じ炎の森にやってきたイン、もといファイ一向。

ファイを先頭にした隊列。

今回はちゃんとベルクも一緒だ。

テンション高めに「分かりました魔女様!」と敬礼をしている。


「えっと……? 何そのソフーガ? って」

「とにかく速い魔物だ」


インの疑問。

それにさらに分かりにくい説明でファイは返した。

まるで意味が分からない。

インが疑問符を浮かべているのを無視して、ファイは言葉をつづけた。


「こいつらは見つけにくい上すばしっこい。そこで二つのチームに別れようと思う」

「はいはいファイちん! 姉ちゃんと一緒が良い!」


オレンジは笑顔を咲かせて手を挙げる。

そして人懐っこくインに飛びついた。

恐らく虫取り仲間として久しぶりに一緒にいたいのだろう。

その笑みはインと一緒になれることを信じているように見えた。


「姉ちゃん? そこの下劣はオレンジさんのリアル姉なの?」


未だ下劣呼びのベルク。

気のせいかどこかからビキッという怒りの音が聞こえたような気がした。

ファイの目が半眼になっているような気がするが、きっと気のせいだろう。


「はいはいリーダー。私も博士ちゃんが良いな」


そう言ったのはイズミだ。

オレンジとは反対の方向からインに抱き着いた。


「止めんか貴様ら! インはわたしと――」

「ファイ~? 話しが進まないよ~?」


ようやくおねぇと口走らなくなったファイ。

しかし好意を抱いているのは変わらずか。

本来の目的を無視して一緒になろうとしてくるファイをインは制す。


「そうだった! じゃなくてそうであったな!」

「姉ちゃんと一緒にいると全然違うね、ファイちん!」


つい厨二ロールが崩れそうになり、慌てて口元を手で覆うファイ。

オレンジはそんなファイをニヤケ笑みを向けていた。


「魔女様? どこかお体でも――」

「絶好調だ! わたしは常にな!」


マントを羽織って居ようものなら翻していそうなポーズをとるファイ。

イズミもそんなファイをニヤニヤとした笑みで見ていた。

逃れるように咳払いしてファイは話を戻す。


「良いか! チーム分けはだな」


 *  *  *


「魔女様殺生ですよ!」


ベルクは天に祈りでも捧げるかのように手を握っていた。

その真横にはアンを足に森を歩くイン。

神に祈りを捧げる女の子と、巨大な白いアリに乗っている少女。

はたから見なくても不思議な光景だ。


「これが試練というのなら不肖このベルク! 命を捧げても尽くしましょう!」


ファイへの祈りを終えたベルク。

嵌められた指輪を擦ると、光を伴い真っ黒な大剣へと姿を変えた。

恐らくは大剣と指輪。

どっちかの形態に切り替えられる魔道具なのだろう。


(本当にファイのことが好きなんだね)


チームは当初の予定通りベルクとインの二人。

ファイ、オレンジ、イズミの三人に分かれた。

最初はオレンジが駄々をこねた。

どうしてもインと一緒になりたいと。

もっと話をしたいと。

このチーム分けに不満をたらたらと述べていた。

これではファイもインも当初の目的をこなせない。

なのでインが「喧嘩しちゃったから。その罰だよね」と発言。

これにファイが頷く形で場を納めた。

イズミが文句を言わなかったのもひとつの要因として挙げられる。

最初から何となくファイとインの作戦を察していたイズミのことだ。

きっと乗っかってくれたのだろう。


(それにしても【インには気を付けろ】ってどういうことだろう?)


 インは、ではなくインにはだ。


(不意打ちなんかしないよ? 私)


どう考えてもベルクに送った忠告にしか聞こえない。

ベルクにとってもそう聞こえたようで、時折チラチラとインに狂犬のような目を送っている。


まだ目的の場所につかないのか、歩みを止めないベルク。

インはアンの上でウデを呼び出した。

今回は【炎熱耐性の紙片】があるので、例えウデであっても熱さによるダメージは無しだ。

 頭に昇らせたり、アンの上を歩かせたりとイン独自に暇を潰す。


「ここらでいいよね」


ベルクが立ち止まった。

ここらでいいとは何のことだろうか。

インが疑問に思う間もなかった。

なんせいきなり、イン目がけてベルクが殴りかかってきたからだ。

一陣の風。

ベルクの拳に合わせて、ウデは触肢をぶつけた。

跳ね返りと共にバック転。

ベルクは拳をひらひらと振った。

それからおもむろに拳を握る。


インは言葉がでなかった。


刃を向けるな。

確かにそうファイは言った。

だがすぐに拳を向けてくるだろうか。

訳が分からなかった。

パーティを組んでいるので、ベルクの攻撃は一切通らない。

とはいえベルクからは得体のしれない恐怖を感じていた。

声が震える。

辛うじてインが喉から絞り出せたのは「なん……で?」という疑問であった。


「そりゃ下劣には気を付けろって言われたので!」

「それ……だけ?」

「みんな思うよ? やられる前にやろうって」


まるで機械だ。

言われたから攻撃に走った。

目の前にいるベルクはそう言い放ったのだ。

ベルクの行動は何気ない言葉によるもの。

しかしその本質をまるで理解できていない。

それどころかファイの言葉を聞いているようで、まったくといっていいほど聞いていない。


インの背中に怖気が走った。

どんな幽霊やホラーよりももっと恐ろしい。

今までにないほどの怖気が。


(壊れている)


ピジョンは自覚していた。

していたうえであの行動を取るのだから質が悪い。

けどベルクは別。

自覚すらしていない。

自分の物差しが周囲にとって当たり前だと思っている。


「どこに行っても居場所がない私に、魔女様は居場所を作ってくださった。絶対に! 死守して見せる!」


単に居場所が無いだけでここまでなるだろうか。

ベルクはぎゅっと拳に力を入れた。

真っ赤な空。

太陽があるのかどうかは分からないが、徐々に陰りができてくる。

まるでベルクの心が映し出されたように。


「何か――」


刹那、インの頬を紅の線が掠め取った。

ベルクではない。

ベルクはまだ、拳を握ったままそこから動いていない。

では一体何が。

紅の線は何本も何本も地面を中心に駆け巡っていく。

目にも映らないほどの速度で。


「ソフーガ! ラッキー! これも私の運っすね!」


ベルクが両手を合わせてお祈りしていた。

どうやらこれがソフーガらしい。

紅一閃の名の通り、姿すら見せず標的目がけて飛んでくる。

ベルクはインへと向けていた拳の矛先をソフーガへと変えた。


しかしベルクでもその速度に追いつくことはできなかった。

速い、速い、とにかく速い。

ウデが糸を出そうが、紅の線が見えた時点でもう遅い。

防戦一方。

【純化】にてステータスのほとんどを速度につぎ込んだアンですらその速さに届かない。


(どうなっているの!? これ)


着々と時間が過ぎていく。

しかしベルクの運か。

はたまたインの運が高いからか。

再び空の雲が晴れた時、ようやく紅の線はピタリと止まった。

どこにいるのか見渡すイン。

そして遂に地面にいる正体を発見した。


地面に居たのは十本足を持っているように見える、蜘蛛に似た赤い体を持つ虫であった。

くちばしのような鋏角。

全身からは毛がびっしりと生えている。

紅一閃は空が晴れると感じたからだろうか。

瞬く間に紅の線を描き、森の中へと消えていった。


「逃したっ! たまに来る曇り空と夜の時しか現れないからムカつく!」


悔しそうに地団太を踏むベルク。

インはというと、鮮明に紅一閃の正体が脳に焼き付いていた。

曇り空と夜の時しか現れない。

あの見た目にあの速さ。

あり得ない。

こんな熱い場所に現れるのは絶対におかしい。

木どころか全ての場所が燃えている。

けど特徴は間違いなく、


「太陽から逃げる者」


インは静かに、その虫の正体を呟いていた。

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