入れ替わり
ヤドカリを倒したのち、転移陣を潜ったイン達を待っていたのは見覚えのある場所であった。
敷き詰められた灰色の床と壁。
どこかの廊下に直接出たのか一本道が続いている。
「ここって初めの場所だよね?」
「だろうな」
光源らしきものは見当たらない。
だが不思議と暗闇を浄化するかのように、見渡せない場所は無かった。
歩いてみると固い感触が足の裏を伝う。
コツンコツンと足音が無機質な壁で反響する。
怪しく蠢くような寒さを孕んだ風が肌を撫でる。
一歩踏み出すごとに、嵐の前兆に近しい物をインは感じていた。
「おい」
その中でも特にスリーは口数が減っていた。
あのヤドカリ戦の時からだ。
レイに声をかけられたからだろうか。
「お、おう。なんだ」
ハッとした表情になるスリー。
そこにいつもの覇気や生意気な態度は無い。
再び表情に雲が指していき、完全に曇り切った表情になっていた。
「おらっ、速く行くぞ!」
スリーは拳を振り上げる。
しかしその声も今にも消えてしまいそうだ。
声をかけようとインは踏み出す。
だがその肩にレイはそっと手を添えた。
ただ無言で首を横に振る。
闇を完全に照らしきった灰色の世界。
しかしその先に続く道は正反対なまでに、何も見えず。
まるでスリーの心の内から光だけを奪い取っていたかのようであった。
* * *
果てしなく続いていく一本道。
ただ必ず終わりというものは来るようで。
先のない白く光る扉が見えてきた。
一見天国への道だ。
だが、今までの経験からしてそんな甘いものではないだろう。
「なぁ、休憩しないか?」
ここまで魔物との遭遇は無し。
ダンジョン探索といえば時間制限付きなのが常だが、このゲームではそれがない。
あるとすればイベント終了くらいだ。
さっきまでずっと暑かったし、ボス戦で使った魔道具の補充もしたいとスリーは申し出る。
スリーにとって魔道具とは生命線だ。
当然インとレイに断る理由は無かった。
素直に応じて再び休憩の時間に入る。
それから三十分ほどして再びスリーが戻ってくる。
「もういいのか?」
スリーはこくりと頷いた。
レイはただ一言「そうか」と返すと一番に扉を潜り抜ける。
その次にイン、スリーという順番ですり抜けていく。
最初の時と同じバチっと全身に静電気が走るのを感じながら。
* * *
背中を押し上げる冷たい地面の感触。
冬に感じる独特な味が口に広がる。
そっと目を開けると、視界いっぱいにゴツゴツとした岩肌が写り込む。
すぐ近くにはレイ。
それと自分によく似た姿の金髪のエルフが倒れ込んでいた。
「……私?」
インはすぐに自分の声に違和感を覚えた。
なにせ今までずっと共にしてきた声とだいぶ違うからだ。
いやむしろ自分の出した声には聞き覚えがあった。
(どういうこと?)
インは操作してステータスを開く。
いつぞやのアンと同じく、赤く点滅していた。
反響して唸る空洞音が冷静さを促す。
舌からはなぜかとてつもない苦みが伝わってくる。
(起こさなきゃ!)
インはレイの体をやさやさと揺らす。
目元がぐにゃりと歪んだのを確認すると、次はインの体を持つ存在を起こしにかかる。
レイはゆらりと頭を押さえて体を起こす。
周囲を見渡し状況を把握しているようだ。
それから立ち上がって軽いストレッチを始めた。
「洞窟か」
「風を感じる方を選べばいいんでしょうかね?」
途端に訝し気な顔つきに変わるレイ。
そんなことを露知らず、インの体を持つ存在が目を覚ます。
「大丈夫ですか?」
「……」
インの体を持つ存在は頭を押さえた。
現状況を取り入れようとしているのか、首を横に振る。
そしてインの顔を見た時の第一声が「はっ?」であった。
「誰だよ! なんで私が!」
「インですよ。そういうあなたは?」
インの体を持つ存在は自分の手のひらを眺める。
髪色まで確認すると、にぃと口をニヤケさせた。
「……インだ! 虫を味方にする、な!」
「ええっ!? じゃ、じゃあ私は誰……なんでしょうか?」
「さてな。私は私だ」
まるで意味が分からずインは数歩後ろに下がる。
そのショックと言えば突然自分じゃなくなったかのようだった。
最初こそ高笑いを決めていたインの体を持つ存在だったが、徐々に勢いが小さくなる。
「スリーだよ」
「スリーさん!? なんで私の体にいるんですか!」
「そっちこそ、私の体が虫臭くなったらどうする」
そんな風にやいのやいのインとスリーが口論をしていると、レイが二人を裂くように腕を広げる。
「体が入れ替わったってことでいいんだな」
「えと、そうですね。そうみたいです」
インが手の開け閉めや少し体を動かす。
普段と違い体が軽い。
走れば速く。
ジャンプすれば高く。
インは気分よくはしゃぎまわる。
「スリーさんすごいです!」
「重っ。お前の体は寸胴か」
「そんな重くないですよ!」
無言でレイは二人を裂いた。
次に確認したのはスキルやアビリティ、アイテムについてだ。
まずアイテムに関してだが、これは変わっていないらしい。
プレイヤー名もそのままだ。
しかしアビリティ系統はその体依存となっているようだ。
試しにインがアン達の輝石を手に取るが呼び出せなかった。
「スリーさん。アンちゃん達を呼び出してください」
「あいにく魔道具はこの状態でも使えるんでな」
インの姿をしたスリーは針や石を構えてみせた。
魔道具を作るのにスキルやアビリティが必要なだけ。
最大限まで力を引き出すのは難しいが使うだけなら問題ない。
「私に戦う手段がないじゃないですか!」
お互いのアビリティ系統は体依存なのだが、プライバシーに入るせいなのか確認ができない。
インの画面には未だ、元の体のアビリティが並ぶだけだ。
「で、道は二つあるわけだが」
レイがコホンと咳ばらいをして話しを進めようとする。
そうだったとインはレイにお礼を告げ、指を二本立てて案を出す。
「二手に分かれましょう」
「組み分けは?」
「私とレイさん。スリーさんで分けましょう。魔道具となによりアンちゃん達がついています」
インはそう言うと、惜しみもなくスリーにアン達の輝石を差し出した。
はっとスリーは鼻で笑う。
「そんな簡単に仲間を差し出していいのか」
「今の私が持っていても仕方ないですし。この子たちならきっと、スリーさんを助けてくれます」
スリーの目が見開いた。
魔道具を握る拳にさらに力が入る。
インの耳に届かない程度にぼそりと何かを呟いた。
首を少し傾けるイン。
そんなインの手から、スリーはひったくるように輝石を受け取った。
「ほらよっ」
代わりにスリーは自分の魔道具を放り投げる。
キャッチしたのを見ると、スリーはインがやっていたのと同じ要領でアン達を呼び出した。
「行くぞっ」
インの姿をしたスリーの後ろを、疑うこともせずついていくアン達。
その前にとインは待ったをかける。
「アンちゃん、ミミちゃん、ウデちゃん。頑張ってね」
少しの別れになる。
その少しでもインは寂しかった。
スリーの姿をしたインはアン達を抱き締めようと腕を広げ、
(……避けられちゃった)
元々アン達はインのことを独特なにおいで判別していた。
体が変わってしまった現状、スリーの中身こそがインであるとは気づけないだろう。
遠ざかっていくアン達。
寂しさが胸を締め付けるのを感じ、インは胸を抑えた。
「いいのか」
「……はい、大丈夫です! それじゃあ行きましょうか」
それからすぐインの声をしたスリーの絶叫が響いてきた。
「……大丈夫なのか」
「大丈夫ですって。アンちゃん達賢くて可愛いくて強いんですから!」
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