ヤドカリ戦

 ボス部屋は妙な静けさで満ち足りていた。

 ボスの影はどこにもない。

 それどころか遮蔽物になりそうな物も無い。

 完全にまっさらとした場所。

 フィールドの砂を踏む音が妙に耳に残る。

 ボス戦が発生する手前でスリーはインに振り返る。


「言った通り、虫は手と口を出すなよ」


 その言葉にインは物わかりよく頷いた。


(前から思ったけどこいつ)


 スリーは内心舌打ちをつく。

 気分は完全に、罠を敷いたはずなのに何の苦労もなく抜けられてしまった狩人だ。

 その時、状況が一変する。

 ゴゴゴゴゴと重苦しい地響きが起こる。


(頭を切り替えろ!)


 もう何度目かのボス戦。

 もう何度目かの実戦。

 スリーは手の内の魔道具に目を向けた。

 そしてギュっと握り締める。

 今一度、スリーは一呼吸置く。

 ボス戦に挑むんだと意識を擦りこませ、そして闘志を静かに奮い立たせる。


 その数秒後、噴き出るように砂が舞う。

 岩だ。

 重音と一緒に鋭い槍のような岩が地中から突き出たのだ。

 次に登場したのはバスタードソードを彷彿とさせる鋭く太い刃だった。


(生憎だが不意打ち上等何でな!)


 次に砂が動き始めたタイミングでスリーが駆けだした。

 まだ本体が地上に出てきていないうちに。

 手に握った【爆封石】を投げつけた。

 一瞬の小さな輝き。

 その後すぐ爆発音が空を脈動させた。 

 小さな体からは到底起こり得そうにない爆発が激しい波状を生む。

 だがそれだけじゃない。

 起爆は連鎖する。

 二つ、三つとボスはまだ姿を現してもいないのにも関わらず爆発に巻き込まれる。


 すかさずスリーは追撃に出た。

 ポッケから小さな針を取り出し、岩が生えたあたりへ飛ばす。

 このためだけに昔から何度も練習した成果だ。

 針は狙い通りの場所に突き刺さる。

 すると今度は針の刺さった場所から震動が生じ始めた。

 ボスと針。

 二つの震動が激突を起する。

 立っているのもままならなくなり、「わわっ」とインはその場で座りこむ。


 そして針が刺さった位置から新たに正方形の岩が押し上がった。

 ボスが遥か高みに打ち上げる。


「例え岩でも、私の爆発は止められない!」


 宣言しつつもスリーは次の攻撃準備に入る。

 そこへ空中の陽光を浴び、ボスの全体図が晒された。


「ヤドカリだ!」


 真っ先に反応したのはインだった。

 雲一つない日差しで艶を見せる黒鉄の体。

 最初に見えたバスタードソードの正体はボスのハサミだった。

 大岩の正体は背負った貝殻だ。

 巨大ヤドカリは口から噴き出た泡をバスタードソードに乗せる。

 泡を飛ばすつもりなのだろうか。

 薙ぎ払いの体勢に流れていき、またもヤドカリにとってあらぬ方向から衝撃が襲う。


「重いな」


 レイだ。

 レイは黒鉄の体なのにも関わらず殴りつけたのだ。

 右に左に拳を連打をかます。

 だがヤドカリは怯まない。

 空中であるにもかかわらずハサミを振り下ろす。

 レイはにやりとほくそ笑む。

 ヤドカリとレイの間に割って入ってきたのは先ほど爆発を起こした赤い球体。

 それが今再び炸裂した。


「レイさん!」

「派手に吹っ飛んだな!」


 吹っ飛ぶレイ。

 対してヤドカリは岩を下にして落下した。


「スリーさん! 私たち仲間なんですよ!」

「ああそうだ。仲間だ。仲間だからやった」


 スリーたちとレイはチームだ。

 例え間接的な攻撃だとしてもチームであればダメージ発生しない。

 今回の攻撃はその特性を上手く利用しただけ。

 レイはあの爆発を受けたところで傷ひとつない。


「そもそも、姐さんから聞いたがお前も過去にやった戦法なんだろ? 大事な虫とやらを使って」

「あれは」

「良い作戦だ。使わせてもらったよ」


 ゆったりとした足取りでスリーはボスへと歩いていく。

 止めの爆発を起こそうと腕を振りかぶる。

 そして心の中で悪態をついた。

 ヤドカリは何事も無かったかのように、うすのろとした動きで起き上がったからだ。

 その黒鉄に体はほとんど傷を負っていない。


 あの爆発の中、レイの拳嵐の中を余裕で耐えきって見せたのだ。

 スリーは開いた口が塞がらなかった。

 だがすぐに無理やり口を一文字に結ぶ。

 口角をつり上げ、不敵に笑う。


「……そう来なくちゃな。面白くなってきた!」


  *  *  *


 スリー、レイのコンビとボスの戦いは苛烈を極めていった。

 ボスの攻撃は遅い。

 危ないときもあるが注意してみていれば避けれないことは無かった。

 問題はその固さだ。

 爆発を起こそうと岩で飛ばそうと閃光を放とうと意にも返さない頑丈さ。

 植物のツルを発生させるも、その刃で抜け出される。

 氷で足止めしようにも力不足で突破された。

 他にも自分の持つあらゆる魔道具を片っ端から試していく。

 だが、そのどれもがことごとく破られていく。

 スリーに焦りが見え始める。

 呼吸が荒くなっていき、もう何度魔道具を投げたか覚えていない。


(なんでだよ)


 スリーの心に合ったのはインだった。

 きっとインならば、今までのボスたちと同じように、このヤドカリ型の魔物であろうと簡単に倒してしまうのだろう。

 そしてなんてことなく笑って見せるのだろう。


(負けるか!)


 その思いはヤドカリにではなく、インに向かっての物だった。

 スリーはあらゆる魔法を使いたくて、それでも現実では使えなくて。

 少しでも全魔法に触れようと、妥協案として出された魔道具の道を歩みだした。

 けどその道は知識が物を言う世界。

 それも、今まで答えがあった世界とは別の。

 知識だけでは何も生み出せない魔道具。

 当時優等生であったスリーにとって、その道は険しいなんてものじゃなかった。

 答えがあった今までとは違う。

 始めたての頃は、あまりのきつさに止めようと考えたほどだ。

 少しの配合ミスや時間差で使い物にならなくなる。

 ちょっとの微調整の違いで、効果はまるっきり変わってしまう。


 フィールは魔道具について、基本のみで後は何も教えてくれなかった。

 今にして思えば、発想力と想像力を狭めたくは無かったからだろう。

 けど昔のスリーにそんな考え方などなかった。

 もう無理だと。

 フィールに謝罪を入れに行った時の事だった。

 その時のフィールに言われたセリフを今でも覚えている。


『アンタが選んだのなら好きにしな』


 恐らくフィールからすれば、なんて事の無いセリフだったのだろう。

 けどスリーにとって、空白の世界に堕としこまれた気分であった。

 話はもう終わりかとでも言わんばかりにフィールは背を向ける。


(何それ)


 人を魔道具の道に引き込んでおいて、基本だけ教えて、止めたいなら止めればいい。

 止めてほしかったわけじゃなかった。

 止められるなら今すぐに止めたかった。

 なのにと、その言葉がスリーに火をつけた。

 その頃から、スリーは魔道具制作に打ち込んでいった。

 道具がどのような効果を及ぼすのか、どのような配合をすると効果を生み出すのか。

 スリーはノートを付け始めた。

 いつか見返すために。


「おいレイ! 攻撃緩めているんじゃないだろうな!」

「……どこぞの誰かの爆発が鬱陶しくてな」


 そんなスリーは衝撃的な光景を耳にする事となる。

 フィールと廃人、そこに初心者プレイヤーであるインが織りなす楽し気な会話だ。


 中でも気に食わなかったのが、インがフィールから信用を勝ち得ていた事だった。

 初心者なのに自分より知能も力も強く、フィールに認められ、ファイやハルト等の有名プレイヤーが駆けつける。

 誰が言ったか、【あなたの代わりはいない。けどあなたの上位互換はいる】。

 スリーにとって、インとは自分の上位互換に当たる存在だった。


 爆発がブレる。


 だがヤドカリが怯む事はもうない。

 爆発が来ると分かったタイミングで、岩中に隠れるようになってしまった。

 岩で押し上げようにも深さが足りない。


 汗が止まらない。

 疲れからか握った魔道具が汗で滑り落ちる。

 急いで拾おうと手を伸ばしたスリー。

 その一瞬をついてヤドカリが跳んだ。

 狙いはスリー。

 逸らせようとレイがラッシュを叩きこむ。

 だがまるで効果がない。

 スリーの意識が加速する。

 ヤドカリの動きが酷く遅く見えた。

 しかしそれ以上に体はついていかない。

 そして次に映ったのは青色の触手。

 この時スリーはハッキリと理解した。

 否、理解してしまった。

 自分は今、インに助けられたのだと。


 自分でもわからないほど複雑な心境に、周囲の音が聞こえなくなる。

 目の前で映る光景が、他人事のように見えていた。


(止めろ)


 青い触手がヤドカリの岩を無理やりにでも外そうと動いていく。

 ヤドカリというと力を入れにくい体勢にされているせいか、抜け出そうにも抜け出せない状態だ。


(そいつは、私が倒す)


「手を出すなといっただろ! 虫!」


 スリーは完全に満身創痍だった。

 呼吸はままならない。

 腕や足が重い。

 だがそれ以上に、ここでインに助けてもらう方がよっぽど精神に堪えるだろう。

 敗北以上の敗北を味わう事になるだろう。

 スリーは嫌だった。

 そんな事になるくらいなら、いっそ清々しく敗北した方がマシだった。


「来いよヤドカリ。お前の相手は私だ」


 最初の時と同じように、スリーは両手に魔道具を構えた。

 そして、極限状態がスリーに妙案を浮かび上がらせた。


(まさか弱点はあの固さか?)

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