仲間集め

「虫の嬢ちゃんなら或いはと思ったんだが」

「組むほど仲良くありませんし。絶対嫌です」


 インはアンとウデを抱え込む。

 暖かい感触を抱きしめる。

 その緑の目には意思が宿っていた。

 フィールは仕方ないと頭を掻く。


「まぁ分からんでもない。好きなもん拒絶してくる奴とは一緒にいたくないよな」

「当然です」


 じゃあこれならどうだとフィールはひとつ指を立てた。

 まだ何か策があるのかなとインは小首をちょこんと傾ける。


「虫の嬢ちゃんの為に特別な魔道具をこしらえてやる。これでどうだ?」

「どうだと言われましても……。答えは――」

「その効果は虫のテイム数を一つ増やす」


 フィールは腰に手をやり自慢げに胸を逸らした。

 インはというと目の前に垂れ下げられた甘美なえさに目を見開く。

 それが本当であればもっと虫ちゃんの仲間を増やせると。

 その様子にフィールは上手くいったと言わんばかりにほくそ笑んだ。


「飼育所を見ただろ? あれを工夫すれば余裕さね」


 フィールが説明するにはすべての魔物から選ぶのであれば作る事ができない。

 ただひと種族に限って言えばその限りではないという事だ。

 テイムというのは魔物を仲間にする。

 それは一種の許容する事ができるケージだったりする。

 そうした意味で魔道具が作り出すのはそのケージである。

 ただひと種族といったのはそこである。

 動物系や植物系、昆虫系に死霊系。

 同じテイム魔物でも水が必要だったり、広さだったりと使うケージが違いすぎるのだ。

 ならアビリティは何故大丈夫なのかとインは手を上げて質問する。

 これにもフィールは今の所分かっている事だけと前置きを入れてから喋り出す。


 アビリティはどんな物にも変化できる万能ケージ。


 それこそインのように最初に【調教】を選んだとする。

 その時にもし特定の魔物を定めないといけないなんてルールがあったらどうなるか。

 レアな魔物であった場合見つけている内に逃げられてしまう事だろう。

 そういう事故が起きないようにアビリティはその辺を無視できる。


 メタ視点でいえば魔道具でアビリティを使えるようになってしまうとゲームが根本から成り立たない。

 改造なしで成長できてしまうのであれば誰もが魔道具の創作に手を出す。

 だからそういう仕様なのだろう。


 それはともかくとして虫の嬢ちゃんならテイムするのは虫の種族一筋。

 これほど分かりやすいのであれば用意する事は容易とフィールは説明を終えた。


「それでどうだい? 何度も言うようにあたしはその魔道具を作成できる。これで一つ引き受けてはくれないかい?」

「それなら――」

「おい!」


 インが引き受けようとしたとき、そこに第三者の声が横切った。

 見ればそこにはスリーの姿。

 づかづかと足音を立てる。

 いら立ちを隠そうともせずフィールを睨みつける。


「勝手にそんな約束すんなよ!」

「じゃあなんだ。お前ひとりで組めるのか」


 スリーは力強く胸をドンと叩いた。


「当たり前だ。私にはいっぱい友達がいる。こんな虫女に頼まずともチームを組めるね」

「そうかい。それなら見せてもらおうか。途中でやっぱ止めたは無しだからな」

「フン、楽勝だね」


 スリーは振り向きざまにインを指さした。


「おい虫女! 絶対に無いだろうがもし私がチームを組めなかったらエルミナの噴水広場にきな! 余裕の表情で出迎えてやる!」


 フハハとスリーは高らかに笑い声をあげる。

 その後ろでフィールは「じゃあ頼んだからね。考えといてくれよ」と手を上げた。


  *  *  *


「ホントに何あの人。ね、アンちゃん。ウデちゃん」


 インは気晴らしがてらダンジョン用の装備を買いに町を練り歩く。

 ダンジョン探索で今まで必要になったものはフィールから伝えられていた。

 回復は【光魔法】で何とかなるからとMP回復ポーションに必要な素材を聞きこむ。

 草原に生えている【魔封草】や森に生えている【魔伝茸】その他必要な【浄化水】など。

 今から入手は難しいとインは素材だけ買いこんでいく。

 後はマーロンの店で調合をするだけ。

 頼んで置いた装備もできているかもしれないとインは歩を進めようとしたとき、「あれ? インじゃん」とまたも誰かから声をかけられた。


「シェーナさん! 今日フィートちゃんはいないんですか?」

「あの子は今日休み。インの方はダンジョン探索のメンバー集まった?」


 それがとインは今まであった事を羅列していく。

 話が進むにつれシェーナは「ああぁ」と納得するかのように腕を組んだ。


「スリーか。何その聞いているだけでムカつく子は。そんなことあったらあたしでも怒る」

「ですよね」

「しかしインに嫌われるって相当だね」

「それフィールさんにも言われました。そんなにおかしいですかね?」

「おかしいおかしい。それでダンジョンも一緒でしょ」

「そうなんです。シェーナさんのチームに入れてくれませんか?」

「今回はハルトとパーティ組むから無理。七人じゃパーティは組めないしそれにチームとしても崩れるから。ごめんね」

「いいんです。最近チームプレイを練習しているので分かります」

「虫たちでか。テイムする虫は次何にするの?」

「いえまだ」


 何ら関係性の無い会話を繰り広げている途中でインはアンに頬を挟まれた。

 その目はこんなことをしている場合ではないと語っている。

 はっとしたインはそのまま頭を下げた。


「じゃあ私はこれで」

「あいよ。また何かあったらいくらでも。それとハルトには内緒にね」


 つい興が乗りすぎてしまったのかハルトへの愚痴も口にしていたシェーナ。

 口元に人差し指を持って行き話さないようにお願いする。

 お兄ちゃんも苦労を掛ける相手がいる。

 もう少し一緒に行動してあげればいいのにと、インはシェーナと同じく秘密と指を立てた。


  *  *  *


 店に到着したインはいつものように店主であるマーロンに許可を取る。

 ただ今のイベント時期は客が多くなるからと店の休憩所へと通される。

 中は非常に殺風景な景色であった。

 必要最低限の家具類。

 その中で目を引くものは無造作に置かれた山の山。

 マーロンから許可を取り手に取ってみるとどれも歪な形をしていた。

 どうやら失敗作らしい。

 危ないし素材に分解する事もあるからあまり触らないでねとマーロンは釘を刺す。

 一言二言だけ会話をすると客の対応に行ってしまった。


 調合は基本同じように手を動かせばよいので考え事ができる。

 できたポーションの多くは自分が飲む。

 虫たちをテイムしている都合上、最大MPも減っている。

 そこまで効果が強くなくても大丈夫だろう。

 むしろ次誰に声をかけようかとインは思考を変えていた。


(後はファイとマーロンさん。ピジョンちゃんだよね)


 フレンドにはチャット機能のような物がついていた。

 ダメもとでファイにダンジョン探索の誘い分を出す。

 数十分ほど待つと返事が返ってくる。

 その結果はダメ。

 行きたいのは山々だけどおねぇの実力の為にはならない。

 だから無理とゲーム中であるにもかかわらず普通の文章で返ってきた。

 あくまでロールプレイは話す時だけなのだろう。

 ファイもダメとインは五本ほどMPポーションを作り終え背中から倒れ込んだ。


「大丈夫だよアンちゃん。ウデちゃん。心配してくれてありがとう。大好き!」


 近寄ってきたニ匹を抱きしめ再び調合に戻る。

 工程はいつものポーションと同じ。

 砕いて分量を量って光ったタイミングで瓶に入れる。

 もう間違えようもない。

 慣れた手つきでインはポーションを重ねていく。


「仲間集めは順調?」


 客への対応は終わったのかマーロンが壁から顔を覗かせた。

 遅れて扉が閉まる音が耳に届く。


「ファイにも断られちゃいました」


 力なく笑うイン。

 マーロンはなんとなく察しがついたような表情で頷いた。


「実の所私も無理なの」


 ごめんなさいねとマーロンは手を合わせた。

 候補には数えていた為、より一層インの体から力が抜けてしまった。

 インが仲間集めに躍起になるのには理由があった。


 それは最低でも三人いないとダンジョンに挑むことができないと、シェーナに会話の中で教えてもらったからだ。

 確かにパーティ形式とは書かれていた。

 ひとりではソロになるし、二人だとそれはもうペアだ。パーティではない。

 さらにどうも今回はNPCは無しとなっている。

 仁之介に頼み込むのはダメときている。

 虫たちでは扱いが仲間というより主人のペット、物という扱いになるためこれもダメ。

 スリーを入れたとして、あとひとりどうにかして集めないといけない状況であった。


「ピジョンちゃんなら!」

「鳥かぁ……。聞いてみたらどう?」


 はいと元気な挨拶を返し早速インはピジョンにコンタクトを取る。


『どしたのかにゃ~インちゃん』


 こっちはファイと違いチャットでも同じ口調だ。

 インは今までの事情を説明して開いていないか確認を取る。


『う~ん。今回は無理かにゃ~って』


「ピジョンちゃん、他に一緒に行く人がいたの!?」


 断られるとは一ミリも考えていなかったせいかつい言葉にしてしまうイン。

 マーロンの方はと言えばそこまで意外には思っていなかったらしい。

 心当たりがあるのか「やっぱり」と口にした。


『今インちゃん私に他の友達がいたのって驚いた顔しなかったかにゃ~?』

『そんなことないよ? けどピジョンちゃんもダメかぁ』

『先に言っておくけど~情報屋と考察班の人達だからに~。ろくでなしの信用ゼロの人たちで組まれたチ~ム』

 

 マーロン曰はく、ピジョンと同じくプレイヤーからは一定数嫌われている人達だとか。

 すぐに『あっ間違えた。言っておくけどじゃにゃくて書いておくけどだった~。訂正するよ~』と返事をするピジョンよりかは清いらしいが。


「ピジョンちゃんもダメ……。ピジョンちゃんにも人がいるのに私にはいない……」

「インちゃんそれ何気に酷いこと言ってるから」


 チャットを開いたままインは手を震わせ放心する。

 ピジョンとの連絡は『だ~か~ら~。ごめんにゃ~!』と届いた後ぷつりと途絶えてしまった。


「私って……そんなに人望無かったのかな」

「人望はあると思うわよ。ただちょっとあれなだけで」

「……ピジョンちゃんみたいにすれば」

「それは止めて。出禁にするわよ」


 インには与り知らぬところだが、既にそれに近い噂話は流れていたりする。

 ピジョンと一緒にいる。

 きっとはた迷惑な奴か何かの類に違いないと。

 インの周囲にいる人たちはそうじゃない事を知っている。

 が、確かに他多数のプレイヤーからはそういう目で見られていた。

 ピジョンのメッセージにマーロンは何か感づいたのだろうか。

 あの鳥よく考えるわねと口にしていた。


  *  *  *


「そうだインちゃん。もうできているの」

「ホントですか?」


 体を丸めこませ今まで以上に陰鬱な感情を漂わせるイン。

 マーロンは手を叩く。

 体育座りのままインは顔だけ動かした。

 本当なら嬉しいはずなのに。

 それ以上の感情が襲ってきたためそんな気分にはなれなかった。

 マーロンは何かおかしかったのかクスリと笑う。


「そういえばインちゃんが防具を頼み込んだことは無いけどそっちは大丈夫なのかしら?」

「どんな防具よりも強い装備なので大丈夫です」

「そうなの? でも……いや今はいいわね。それじゃあとカウンターの方に行きましょ」


 そう言ってマーロンは工房の方へと引っ込んでいった。

 武器はどんな出来になっているのだろうか。

 仲間集めはどうしようか。

 そして自分の人望はなんでここまで低いのか。

 複雑な心境を抱えながらもインはカウンターへと急いだ。

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