女神の吐息

(何とかアンちゃんに声が届けば)


 乱れる息遣いを何とかすべく、インは一度空気を肺いっぱいに取り入れる。


(そのためにも動きを止めなきゃ。だけど残った手段は……そうだ。ミミちゃんならあの鎌を使えるかも……)


 何かないかと試行錯誤を繰り返したのち、インは『悪鬼の鎌』を取り出した。

 悪魔霊を狩った時、『障魔の灯』と同じくしてドロップした鎌だ。

 インには重くて持ち上げることができなかったが、ミミならば。

 傷つける程度の事は出来るはず。


 だがツェルトは悪鬼の鎌を取り出したインへなりふり構わず襲い掛かってきた。

 今までのどこか抑えたような威力とは違う本気の一撃。

 きっとツェルトも脅威と感じ取っているのだろう。

 素早くインは相殺するようウデに呼びかけた。

 岩すら軽く砕くのではないかと思うほどの一撃。

 今まで以上に足に力を込め、ロケットの如くウデは飛び出し相殺する。


「今だよミミちゃん!」


 重くて持ち上がらない為かなり不格好な状態となっているが、インは水面を叩きながら『悪鬼の鎌』を掴んだ。

 やはり恐れているのかツェルトは鬼気迫る勢いでウデを押しのける。

 だがミミの方が間一髪速い。

 震動の鳴る方へミミは何とか『悪鬼の鎌』を絡めとった。

 続いてインは粘液に気を付けるよう指示をする。

 自分なりの工夫なのかミミは柄の部分を触手で何回も結ぶ。

 そしてミミはそれこそギロチンの如く上段から鎌を振り下げた。


(結構削れた……)


 使えないからこそインは効果を全くと言っていいほど調べようとはしなかった。

 ツェルトとの戦いでは隙が無かったのもあいまり考えようともしなかった。

 だからこそ多少傷をつけることができればと考えていたインにとって、鎌の威力は想定外であった。

 とはいえ倒す分にはかなりの数を振り下ろす必要がある。

 なにより。


「アンちゃん! 私の声聞こえる!」


(どうすれば元に!)


 このまま攻撃していて良いのだろうか。

 本当に弱ったら声を聴いてくれるのだろうか。

 倒してしまったらどうなるのだろうか。

 輝石に戻ってくれるのだろうか。

 それとももう帰ってきてはくれないのだろうか。


 戦いはインの思惑とは逆に激化する。

 間合い外から振り下ろされる鎌。

 ツェルトは脅威の対象であるミミへと狙いを定め向かって行く。

 こうなってはウデとインは速度が足らず追いつけない。


 何度もインは呼びかけるが止まらない。

 このままミミを攻撃されればまたアリが登ってくるかもしれない。

 ちらりと見たウデは限界寸前なのか完全にばてている。

 攻撃をしてもツェルトは止まる事を知らない。

 インの作戦は完全に裏目に出ていた。


「ミミちゃん『送還』!」


 ミミは光へと変わり、インの手に輝石として納まった。

 対象がいなくなったものの止まれないツェルトはそのまま出口へと激突。

 しかし何事もなかったかのように振り返る。

 ミミを救えたという分には結果オーライなのだろう。


 だがそれとは別に出口の横から兵士アリが顔を出し始める。

 巣に入り込んだ侵入者を追い詰めるために現れたのだろう。

 横からにゅるりと現れ、そのまま


 ――ツェルトへと噛みついた。


「何が起きてんの……」

「多分最初に共食いが起きたのと同じ感じだと思うよ。あの時、アンちゃんの方もにおいが落ちていた」


 そうじゃなくとも、ミミと戦うということは粘液を浴びることと同義。

 度重なる戦闘の末にアンは洗浄されてしまったのだろうと。

 ラスト一匹を倒し終えたピジョンとシェーナもツェルトの行く末を見守る。


 ツェルトは身をよじり、全身を振り回して抵抗する。

 『蟻酸』を発射しアリへ攻撃する。

 しかし振り回されようと貼り付いてしまっているせいで不可能。

 『蟻酸』を飛ばそうと遠くにいるアリに当たるだけで近くにいるアリには関係ない。

 ツェルトの巨体はただのデカい的でしかなりえなかった。


 たかが一匹では百以上の集団にはかなわない。

 見る見るうちにHPが減少する。

 噛まれ、毒針を突き刺され、悶えるツェルト。

 その光景にインは初めてアンとミミで倒したフィールドボスを思い出す。


(グラスウルフ。確かあの時も……)


 呼び出した仲間から攻撃され、裏切られ、狂気に染まったグラスウルフ。

 あの時は敵だったから他人事のようにも思えた。

 しかし今はどうだ。


(同じだ。……私、同じことをアンちゃんにしてた)


 仲間だと思っていた者に攻撃される。

 今まで差さえあってきた仲間に。

 ツェルト、いやアンは自覚が無いとはいえ苦しんでいたはずなのに。

 それは正しく今自分たちがやっていた事と同じ。

 弱らせるためとはいえ攻撃していた。

 インは当たり前のように仲間に攻撃の指示をしてしまった。

 

 ――それしか方法が無いと決めつけてしまったがゆえに。


 意識してしまったインの頭が空白になる。

 苦しんでいるのはアンだと分かっていたつもりなのに、どこか自分に被害者の意識があったのだと自覚する。

 そもそもアンはどうして紫水晶に触ったのか。

 ピジョンに連れてきてもらったからだろうか。


 ――違う。


 そうだったとしてもアンの意識が変だったことにウデが先に気づいていた。

 自分が一早く止められていた。

 なのにインは被害者面してピジョンに責任を押し付けていた。

 止めようとアンを傷つけた。

 本当の本当に加害者だったのは……。


「あっ、ああ……。ミミちゃんでてきて!」


 ミミが再びインの横で現れた。


「ミミちゃん! アンちゃんの近くにいるアリを退けて!」


 インの指示でミミはツェルトを撫でるように触手を動かし他のアリを掃う。

 まだツェルトのHPは五割ほど残っている。

 しかしギリ五割だ。

 怯んだのかツェルトは音を立てて地べたに崩れ落ちる。

 触角を動かすツェルトの下へ、チャンスとばかりにアリが殺到する。

 別のにおいが混じったのかミミへ狙いを移すアリまで現れた。


「ウデちゃんまだいける!」


 確認するように尋ねたイン。

 その頭の上にウデは跳び乗った。

 ステータス上ではもう満身創痍だ。

 なのに来たということは意地なのだろう。

 インの頭を足で叩くウデ。

 その意見するような足の触感に、懐かしいとインは微笑んだ。


「『再生の光』!」


 インが対象にしたのはミミとウデ、そしてツェルトだ。

 回復を施しながらインは庇うようにしてツェルトとアリの間に割って入る。


「ごめんねアンちゃん。痛かったよね」


 三割ほど削ったのはインだ。

 数値だけ見れば兵士のアリの噛みつきよりも上だ。

 遂にはツェルト、アンが嫌がる鎌での攻撃まで。


(助けるって言ったのに!)


 崩れ落ちるようにして突っ伏すアン。

 色も体の大きさも違う。

 けど悲しみ溢れる雰囲気はきっと苦しんでいたからなのだろう。

 インは何時もするようにアンの頭にそっと手を触れた。


(アンちゃんは変わってなかったのに)


 インは『再生の光』を続行しながらアンの頭を撫でる。

 いつもとは違うゆっくりとした撫で方で。


「ごめんね、アンちゃん。……ごめんね」


 元に戻るかは分からない。

 そもそもこれが状態異常なのかすら分からない。

 状態異常だとしても『異常の拒絶』で治るかすらも分からない。

 だからこそインは目を瞑った。

 これを託してくれたライア。

 彼女がやっていたあのスキルを意識して、ゆっくりと名を唱えた。


『女神の吐息』

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