ハエ

「歩き回った意味なかった」

「アンデッドなんて、どの作品でも同じような存在だからね~」


 二手に分かれ行っていた情報収集を終えたという事で、イン達はユークド名物が食べられる店にて交換をしていた。

 結論を言えば、イン以外は既に知っている情報だったようだ。

 時間を損したとばかりに、シェーナは気だるげにテーブルへ突っ伏した。


「質問ピジョンちゃん。火や光は分かるけど、なんで回復ポーションが効くの?」

「さぁ? なんでだろうねぇ~。今度考察してみるかにゃ~」


 交換途中から、ずっとアンに視線を映したピジョン。

 ちゃんと許可を取ってからというもの、体の隅々や透明になった後をずっと観察しておりずっとこの調子だ。

 会話にすら参戦していない。

 あまりの熱中ぶりなのか、アンは少しうんざりそうにしつつも抵抗していないようだ。


「そこの鳥公はなんかないの?」

「情報量100フォンになるにゃ~」

「これだからドブ鳥は」

「情報屋でもあるからに~。ただより恐ろしい物はない」


(この空気は……)


 ピジョンがせせら笑い、シェーナが舌打ちをして目を細める。

 もう何度見たこの光景を吹き飛ばす様に、インは何度目かの手を叩いた。


「ここの甘いものが美味しいって聞きました! ちょっと試してみませんか?」

「シェーナ。……期待するだけ、無駄」


 インの提案を知ってか知らずかフィートも乗ったようだ。

 シェーナのわき腹を突いて同調したおかげか、デフォルメされたゾンビをモチーフにしたクッキーを頼んだようだ。

 青いブルーハワイの味がほんのりする生地に、カリッとした抹茶のクッキーが練り込まれた、いろんなポーズをするゾンビ達。

 見た目こそ食欲を失いそうな出来であるが、そこは感性がおかしいエルフが一匹。

 食べるなと言われたピジョンの次に手を付け、二枚目をアンとウデに差し出した。

 そこから恐る恐るといった感じで、シェーナとフィートも手を付け始めていく。

 ピジョンはというと、インが掴んだ物をパクっと横取りしていた。

 そんな風に話題が二転三転どころか七転八転していき、いつの間にか完全に逸れていた会話も終えると、イン達は店を出た。


 町の中で山を目印に向かう事大体10分ほど。

 遠くから見るよりもさらに圧巻な神殿に、インは顔を持ち上げて「おおぉぉ」と感嘆の声を上げた。


「じゃあ行くかにゃ~。どんな感じに進む?」

「それじゃあシェーナさんとピジョンちゃんが中衛で、私とフィートちゃんが後衛。それで前衛がアンちゃん」


 ここに来るまでの間、いつもアン達に指示を出しているインが指揮をとる事になっていた。

 最初は辞退しようとしていたインであったが、あいにく突撃するシェーナと連携苦手なピジョン。

 いつも指示を出されて魔法を撃っていたフィートと、インがそこにハマるのは必然だったのかもしれない。

 神殿の内部はまるで迷路のようになっていた。

 どこまでも暗闇続く分かれ道。

 少し声を出すと奥にまで反響して伸びていく。

 目印や明かりとなる松明などは無い為か、シェーナがランタンを取り出し火を付けた。


「……イン……大丈夫?」

「だっ、だだだ大丈夫! フィートちゃんが横にいるから大丈夫!」


 赤いはずなのに青い。

 暗闇の中、シェーナの持つランタンが、インの目には自分の体を求めて漂う人魂のように見えた。

 インは途端に内股へと変わり、足と声の震えが止まらない。

 そして当然、こんな面白い状況になっていれば黙っている鳥ではなかった。

 こっそりと背後に忍びより、


「わっ!」

「キャァァァァァァァァァァア!!!」


 ピジョンが大きな声を出すと、インは「ごめんなさい。食べないでください。私は美味しくないです」とブツブツ呟きながらうずくまる。


「ハルトの妹ちゃん二号、友達にする相手はしっかりと選ぶべきだよ?」

「……ウル、待って」


 フィートも多少被害を被ったからだろうか、ウルの牙がビュンビュンと横切った。

 しかしピジョンは軽くステップを踏むかのように、最小限の動きでその全てを躱しきる。

 反省した様子も無く元の中衛の位置に戻り、「にゃはははは」と愉快そうに笑っていた。


「幽霊怖い。お化け怖い。アンデッド怖い。ピジョンちゃん怖い。アンちゃんゴー。ゾンビ怖い」

「にゃははは、今なんて言った?」


 不可視のハサミが襲い掛かる。

 ピジョンは慌てて横に跳びば、カツンと音が響き渡った。

 本来こういった建物は強度が高く設定されている。

 にもかかわらず、石でできた床には小さな傷が入っていた。

 つまり床の強度を、アンの筋力が少し上回っているのだ。

 ダメージがないとはいえ、ピジョンは口を引きつらせる。


「幽霊怖い。お化け怖い。アンちゃ――」

「インちゃん。すっかり過激になったにゃ~」


 もしここにハルトかファイがいれば、「お前のせいだ!」と怒鳴りつけた事だろう。

 そんな馬鹿な事をしている内に、二つ目の広場を抜け少し階段を下りた先から独特な空気が侵入してくる。


「ストップ。ふざけるのは止めた方が良いかもめ」

「一番ふざけてるあんたが言うか」


 ひたひたと忍び寄る足音。

 ついで届いてくるのは腐敗臭。

 イン以外のメンバーは顔をしかめ、インは知らない激臭に鼻をギュッと摘まんだ。

 近くじゃないのにこの臭いだ。

 数メートル離れたエサを感じ取れるほど鼻よりも優れた触角を持つアンに至っては、半歩後ずさっている。

 ウデも同様だ。

 恐らく臭い耐性を取っていない彼は、アンよりもっと被害が大きい。

 それでもプライドか、それとも主を守る為か引こうとはしなかった。


 こちらから待ち構えていると、遂にその全貌が明らかとなる。


 頬はぼろぼろに爛れ、目は神経がぶらぶらと揺れており、助けを求める人のように腕を伸ばしている。

 本来頭皮がある頭はぐちゃぐちゃに潰れ、開ける力もないのか口が開かれ、中から舌が飛び出ている。

 といった風貌で本来歩いているわけだが、未成年であるイン達の目には、瞳を真っ赤に血走らせ、肌を青白くさせ、何かの唸り声をあげる人といった風に変更されていた。

 リアルを追求するゲームとはいえ、流石にリアルすぎるゾンビはアウトだったのだろう。

 酷い臭いの割に、見た目が綺麗という若干な矛盾がそこにはあった。


「インちゃん。あのゾンビを、正確には周辺をよく見て見て……何かいるんじゃにゃいかにゃな~?」

「……あれは」


 そして死肉、ゾンビといえば欠かせない要素が当然いるだろう。

 怖さや不気味さ、汚さを演出する彼らが。

 そう、生ゴミなどにも集る彼らが。

 恐怖が徐々に和らぎ虫がいるという現実が、徐々にインの心に安らぎを与えていく。

 そして安らぎは一気に興奮へと代わり、今、爆発する。


「ハエちゃん!」

「はっ……?」


 ヘドロや人の食べ物など腐ったものを好み、勝手にタマゴを植え付けるハエである。

 さっきまでお化け怖いと震えていたインの、意味不明な元気の取り戻し方に、シェーナとフィートは目を丸くする。


「はえ?」

「そうハエちゃんです! 一般的に害虫として知られる彼らも、実は益虫としての側面を――」

「いやそう言う事を聞いているんじゃなくて!」

「魔女ちゃんといい、何故か変人が集まりやすいんだよね~。彼」

「あんたも変人でしょうが!」


 アンデッドへの不安や恐怖はどこへやら。

 すっかり元気を取り戻したインは、異常なまでのやる気を漲らせ、単身でゾンビへ、否ハエへと突撃していく。


「せっかくの陣形を指揮者が崩すってあり得ないんだけどー!」

「インちゃ~ん! 『再生の光』が効くよ~」

「ここには変態しかいないのー!?」


 泣き言を言いながら突撃をかますシェーナ。

 フィートは何が何だか事情を呑み込めていない様子だったが、もうこういう物なんだと暗示をかけたのかすぐ戦闘に参加し始めた。

 暴風の如く槍の猛攻、そこへサポート魔法が飛び、一陣の風が的確に急所を狩り、ひとりの変態が虫と共に虫を追いかける。

 いくらゾンビとはいえ、こんな攻撃を受ければただでは済まない。

 試合は一方的に運ばれていき、数分足らずで敵が全滅した。


「ハエちゃんがいるって事は蛆虫ちゃんも!」

「ふむ、確かにポーションをかけてダメージが起こるのは不思議だにゃ~。魔力が込められていて、ダメージ判定が起こるとか? それとも生命亡き者に生命を与える行動は逆に身を亡ぼすとか?」

「まともなのがあたしとフィートしかいない」


 終了後も田舎の虫取り少年気分で蛆虫を探すインと、まだ少し息があるという言い方はふさわしくないが、動いているゾンビに早速ポーションをかけてどういうことか考察をするピジョン。

 入るまではまともだったのにと肩を落としたシェーナに、フィートはそっと手を置いて慰めた。

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