蛇の軍勢

 一行は順調に歩を進め、たどり着いたのは、いかにも何か出てきますよといっただだっ広い場。

 足元は変わらず毒々しい。

 周囲の崖上を真っ直ぐ進んでいった先には、また違う景色が広がっている。

 恐らくここが湿地帯の奥地と受け取っても良いだろう。

 いつでも守ってもらえるよう、インは二匹に寄り添い目を凝らす。


 対してピジョンの方はといえば、特に構えた様子も無い。

 気になりインが尋ねれば、返って危ないときもあると余裕の笑みで返された。

 きっと、ここのボスとも戦ったことがあるのだろう。

 ピジョンから漂うそんな空気に、乾いた笑みをインは浮かべた。


「それよりもほらっ、来たよ~」


 ピジョンの言葉通り、崖上から無数の色彩豊かな蛇の軍勢が顔をチラチラ覗かせる。

 赤、茶、緑、黒、そして依頼で頼まれた黄。

 大きさは現実にいる個体とそう大差はない。

 皆等しく同じ背丈であり、色以外変わった部分はない。

 しかし問題なのはその数だ。

 目に映るのを適当に数えるだけでも、優に百を超えていた。


(アンちゃんとミミちゃんだけじゃ対処は難しいかな)


「言い忘れてたけど、こいつら違う毒を持っているからね~」

「なんで同じ湿地帯で共存できているの!?」


 今明かされた衝撃の事実に、インは今一度思考の海へ深く潜り込む。

 しかしそんな悠長なことを蛇達は一切許さない。

 何体かの個体は太陽で煌めく牙をちらつかせ、水の中を優雅に泳いで突撃をかます。


「アンちゃんはミミちゃんの上に! できるだけ地面に足をつけないで! ミミちゃんは蛇を――、いや、今はアンちゃんのサポートに専念して!」


 インの指示通り、アンはミミの頭の上に飛び乗った。

 眼前に広がるは、カラフルな蛇の海。

 HPは最大で1しかない。

 それでも主の為に、その身を投じた。

 一匹目。狙うは首元。鋭利なハサミを突き立てた。

 突き立てた、はずであった。


(硬い!)


 今までどんな魔物であろうと貫いてきたアンのハサミが、蛇の強固な鱗にせき止められたのだ。

 それもボスではなく、一匹の蛇にである。

 よろめきさえすれ、鱗に傷ができる程度で済まされてしまっていた。


 鱗にはじかれ硬直したアンへと数多の蛇が殺到する。

 一切の容赦なく。確実に仕留めきれる十分な数を持って、物量を持って、アンの見える空が蛇に染まる。


「アンちゃん!!」


 インの悲痛な木霊に顔を上げたアンは、空中へ浮かぶ瓦礫とばかりに無数の蛇達を次々と飛び移る。

 そして最後の蛇の頭を踏んずけ、ミミに着地するとほっとインは息を漏らした。


(一撃じゃ倒しきれないなら、二撃。でも多分、追撃をする時間はない)


 もう一度インは蛇を見渡し、次にミミへと目を向ける。

 やはり、一匹ずつ触手で捕らえるのはその分広げる破目になるから無理そうだ。

 リスクの方が高いとインは切り捨て、別の作戦を練りだす。


 いちおうの処置として、命を大事にすること大前提でアンとミミに攻撃を指示。一歩離れ、頬を叩いて気合を入れなおし、冷静に戦況を分析するのに務める。

 黄色、茶色、黒色の個体は水中を優雅に泳いでくる。


 一撃ではなく、二撃。

 一体ではなく複数体。

 今一度インは初心に戻り、数十通りの戦術を思い描く。


「アンちゃん! 一撃で倒せない蛇はミミちゃんに! ミミちゃん『捕食』!」


 捕食であれば、相手の硬さに意味はない。

 これでアンとミミで役割分担をしつつ、それぞれが調子よく倒し続けられる状況を作り出す。


 結果、インの作戦は成功した。

 それぞれが戦いやすい環境になった事で、テンションが上がるのか倒す速度も段々と上がっていっている。


 ここまでくれば後はこっちの物だろう。

 数で圧倒的に押されているとはいえ、戦況で有利ある事は揺るがない。

 揺るがないはずだ。

 決して揺るがないはずなのに、激しいモヤモヤが得体のしれない霧となって、インを包み込む。


(いつまで続くのこの蛇達)


 終わらない蛇の群れ。

 明らか統率者がいなければ成り立たないはずなのに、その姿は影も形も見当たらない。


「ひとつヒントだよ~。この群れにはボスがいる」

「やっぱりそうだよね。でもどこにいるのか」

「分かるよ~その気持ち。もしかしたら案外、すぐ近くにいたりしてね~」


 すぐ近くにいるなんて事、あり得るのだろうか。

 同じく群れで行動するボスは、分かりやすく大きかった。

 グラスウルフの群れはそのもっともたる存在。

 あの威圧、大きさ、強さは正しくウルフのボスであった。

 しかしピジョンの言う事は、その前提を覆すもの。


(いや、もしかしたら……)


 インが頭を悩ませていると、いきなりミミのHPが弾けとぶ。

 何事かと目を向ければ、ミミは苦しそうに体をうねらせた。

 ボコボコと何かが突き出ては元に戻るミミの皮膚。

 ステータスを開いてみると、毒、麻痺、猛毒、など毒の状態異常で溢れかえっていた。

 すぐにインはアンに投擲を止めさせる。


(やっちゃった!)


 いくら割合ダメージで倒せるとはいえ、放り込んでいる蛇の数が多くなればどうなるか。

 そんなの実質的に、拘束を外す攻撃者を増やすようなものだ。

 さらによく見てみると、蛇は全くといっていいほどHPが減少していない。

 一体どういうことなのか。

 いや、考えてみればすぐ理解できた。

 単純に蛇の中に、HPを回復させる効果を持った個体がいたのだろう。


 数の理。

 一般人が20人いれば、現役の相撲取り一人に対して相撲で圧勝できるのと同じように、数というのはそれほど厄介なのだ。

 一騎当千できる存在など、本来そうはいないのだから。

 だからそう、人間は楽だと数十単位で相手にできるピジョンの方が本来おかしいのだ。


(とりあえず、『再生の光』!)


 インが手を向けた先にいるミミが光り輝いた。

 『再生の光』は光魔法の自然回復系アビリティ。

 ライアから引き継いだ装備の、変身しなくとも使えるアビリティ。

 彼女が使っていた物と比べれば格段に性能が下がる。

 それでもミミのHPはぐんぐんと回復していき、やがて大体七割くらいのところでせき止められた。

 元気を取り戻したミミは、俄然勢いをつけて体内の蛇を締め付ける。


(ひとまずはこれで大丈夫かな)


 ポーションをもう少し作っておけばと後悔しつつ、ちらと視線をピジョンに向ける。

 蛇の攻撃を身を翻してひらりと躱し、余裕な笑みを崩さないのを見るに大丈夫そうだ。

 むしろピジョンちゃんらしいと、インは思わず微笑を浮かべた。

 「ヘルプ~」なんて軽口が聞こえてくるような気がしてくるが、きっと幻聴であろう。

 それよりもまずは、蛇のボスを特定しない事にはこの無限地獄は終わらない。


(蛇、蛇といえば……そう、国語の古典で習った何とかの使い! 確かあの蛇は白だったよね。……白? まさか……)


 蛇の群れの中に白い個体は混じっていない。

 なら違うのだろうか。

 状況から、いちおう撤退も視野に入れる。


「ここの蛇のボスって、みんなと違う色だったりするかな?」

「その答えは半分正解だね~」


 なぜみんなと違う色という問いに、半分正解なんて答えが勝ってくるのだろうか。

 あまりに不自然すぎる。

 二匹に指示を出しつつ戦場をよく観察する。

 アンが蛇のHPを抉り、ミミが地中深くから泥をかぶって跳び出した同時、インの脳に電流が走る。


(そうだ擬態! 体に泥を塗っているんだ。でもこの中から目的の一匹を探すのは困難だよね)


 ミミが飛び出したと同時、掘り当てられた土砂のように宙へ放り出された蛇。

 ミミちゃんがいて本当に助かったよ! とインは不敵な笑みを浮かべる。

 この手があったと。

 そして腹いっぱいに空気を吸い込み、広場全域に響き渡るほど大きく叫んだ。


「ミミちゃん『巨大化』!」


 小さな偽りの姿を脱ぎ捨て、ミミの体が膨脹する。

 どこまでもどこまでも大きくなっていき、最大まで行くとミミは鎌首を持ち上げて下界の蛇達を見下ろした。


「アンちゃん退避! ピジョンちゃんも危ないよ!」

「ああそういう、相変わらず頭の中は猫じゃないね~」


 アンとピジョンが急ぎその場を離れる。

 インの指示で、蛇の海に顔から突っこんだミミが口に詰め込んでいたのはなんと大量の蛇。

 衝撃で宙に浮いてしまった蛇達には、長い触手で絡めとり、口の中に頬張った。

 これではさっきと同じ、ただ的を増やしただけに思えるだろう。

 ピジョンも同じ考えに行きついたのか質問してくる。


「同じだよ。時間かけてたら結局やられちゃうからね。ならいっそ、ぎゅうぎゅう詰めにした方が早いよ。それにどこにいるか分からないし、もしボスが中にいれば何かしら行動はとってくるはず」

「本当に考えた末の作戦なのかにゃ~? なんか、馬鹿の一つ覚えみたいだね~」


 現れ続ける蛇。

 その中から、一匹の蛇が跳ね上がる。

 体の色は茶。

 それだけなら他にもたくさんいる。

 だが、ミミの触手が擦れた個所。

 その一部分だけ、白い鱗が現れた。


「ミミちゃん! あの蛇! あの白い蛇を狙って!」


 インが指をさした白い蛇。

 それは正しく、この群れのボス。

 蛇の海をまとめ上げる張本人。

 ミミはインの指示を受け、まっすぐ触手を伸ばした。

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