リアル

 久しぶりではないのに、不思議と久しぶりに感じてしまうクラス。

 もちろん実際は三時間しか経っていない。

 だからクラスメイトは何も言わず、土日とゲーム含めた五日前だというのに、変わらず接してくる。

 そんなクラスで杏子は、普段通り自分の席に座って虫の駆除法を訪ねてくるクラスメイトの対応をしていた。


「なぁ杏子。最近なんかハチが家の周りに多くてよ。どうすればいいんだ?」

「どこにいるかにもよるけど、そういう時はこちらから絶対に刺激しちゃダメだよ。ハチちゃん達だって、毒とか持ってて危なそうと思うけど、黒い物とか、こちらから刺激しなければ基本何もしないから。で、対処方なんだけど――」


 指でバッテンを作ってから、杏子は本題に入る。


「ベランダに余計なものを置かない事だね。ハチちゃん達も、外敵のいない場所に行きたいから物と物の間に作ったりするから。後は、洗濯に使う洗剤とかもハチちゃんが好んだりするから、どうしても洗濯をしたいときはネットとか張るといいよ!」


 他にもハッカ油が万能である事、ただ下手に使うと刺激する恐れがあるから、火や煙を使用する方が良い。

 蚊取り線香は効かない事と、業者の人を呼んでくるのもてと、等々いろいろな方法を教えていく。


 杏子は大好きな虫でクラスメイトが怪我するのは嫌なのだ。

 かといって、全てがすべて害虫だと思われるのはもっと嫌なことだ。


 杏子の話しはどんどん進んでいく。

 最後に一番は業者に頼む方が良いと話を締めくくった。


「これくらいでいいかな? もっと聞きたいならいつでも頼ってくれていいからね!」

「おう! 助かったぜ!」


 えへんと胸を張る杏子に、男子は手を上げて礼を言い、その場を去っていった。

 杏子は見送る事もせずスマホでネットを開き、虫の論文を眺め見る。


(やっぱり蜘蛛もいいよね~。あの糸あっての蜘蛛。でもやっぱり火に弱いからどうしようって……ええぇ! セミの抜け殻って年間数少なくなっているんだ。生態系の変化か環境の変化か)


「いやぁ~。リアルで隠していると思いきや、まさかのフルオープン。特定が楽だったよ~。それにしてもその虫の知識量、流石だね~」


 と、集中している杏子の後ろから腕を回して抱き着く少女。

 彼女は杏子の方に顔を向けてくると続けて、「やっほ~、リアルでは初めましてだね~」と笑顔を向けてくる。


「えっ……ピジョ――」


 語尾を伸ばす口調、そしてこの接し方にゲームで見た事のある姿。

 驚いて杏子がその名を口にしようとすると少女はにやつき、一本指を伸ばして杏子の唇に押し当ててくる。


「それはゲームの名前だよ~。こうみえて私は、九重くのうあおいって名前があるからね~。はい杏子ちゃん、呼んでみて~?」

「えっ、えっと、……葵ちゃん?」

「よくできましたぁ~! いきなり下の名前で呼ぶって、杏子ちゃんも大胆だね~」


 ピジョン改め、葵は杏子から離れると、他の人のイスを許可なく勝手に持ち出す。

 そして杏子の正面に来るように座り込むと、机に頬杖をつく。


「九重……。それって確か、忍びの子孫として名が残っている名字だよね」


 忍びとして名が残っているといっても、忍びが現代で活動しているわけではなく、そういう子孫で家柄であるというだけ。

 もう奉行所に届け出れば仇討ちが許されるような、刀で斬り合う時代ではないのだ。


「そうそう、むか~しむかしの古い家柄ってね~。他に何か話したいことある? 虫についてでも何でもいいよ~」

「ほんとに!」


 思わず身を乗り出し、杏子は葵の手を包み込むように両手で包み込む。

 少しイスの背に身を寄せ、「あはは~」と笑みを作るピジョン。


 どうやら肯定的に受け取っているようだ。

 気分を良くした杏子は、その場でさっきのハチについて知っている事を延長して話しだす。


 少しでもハチについて知っている人なら良く調べたなと感嘆するところなのだろうが、あいにくこの場にそのような人はひとりとしていない。


 杏子の舌は予想以上に回り続け、ピジョンが解放されたのは、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ってからであった。


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