意思

 少し黒ずんだ白い床を抉り、一筋の焼き跡を残す破滅を模る光。

 しかしピジョンはそのレーザーを、最小限その場から動くのみで風圧含めて躱しきる。

 不意打ち気味に撃ったはずなのに、簡単に避けられたからか、目を見開くライア。

 それを無視して、既にピジョンは走り出している。


「この、この! なんで! 当たらないの!」


 ライアのレーザーは壁を貫通し、何十何百もの焼き跡を床に刻む。

 イン周りはライアの結界のおかげで無事だが、部屋を初めて来た時に比べ、見る影もないほどに破壊していく。

 そのすべてを、ピジョンは何のアビリティも使わず黙って避け続ける。

 その様はまさに、すり抜けると言っても過言ではない。


「当たれ! 当たれぇ! 当たれぇぇぇ!!」


 ライアの言葉と裏腹に、ピジョンには攻撃ひとつ当たる気配はない。

 ピジョンは牽制ついでに手裏剣を投げつける。

 光り続ける部屋の中で投げられた手裏剣は、ライアがレーザーを向けた事によって焼失する。

 鉄を溶かすどころか、一瞬にして融解させるほどのその威力。

 しかしピジョンは驚くこともせず、少しずつライアに近寄り、隠し持っていたもう一本のナイフで首めがけて横一閃。


 これをライアは大袈裟に横跳び。

 レーザーは当たらないと判断したのか、平静を取り戻し返しに白く丸い弾を数百近く一斉に飛ばす。

 それを試しに威力を確かめようとピジョンがクナイを弾に向かって振るえば、かき消す代わりに先端部分が綺麗さっぱり消し飛び、使い物にならなくなる。


「流石にこれは避けられないで! ってぇぇ!?」


 やはりピジョンには通じない。

 それもその避け方にアビリティを使っている様子も、何らかのスキルを使っている様子もない。

 ピジョン自身が持っている反射神経のみでの回避。

 弾と弾の間を針が縫うように移動し、先を読んでいるかの如く攻撃を仕掛けてくる。


 だがライアの攻撃は、例え反射神経があったとしても避けられるものではない。

 弾幕シューティングでの禁忌、絶対に避けられるはずもない弾幕を張り巡らせているのと同等なのだ。

 なのに、それなのに、――ピジョンには当たらない。


 まるで、未来でも見えているかのように。


「なんで、なんで! なんでそんな簡単に避けれるの! ピジョンってホントに人間なの!!」


『風魔法:風突』


 ピジョン周りの空気が、鋭く尖った刃へと形を変える。

 全体が空気で構成されているためか、無色透明でぼんやりとしか見ることができない数百もの刃先の風。

 それが一斉に、ライア目がけて殺到してくる。


「数がっ!」


 すべてを対処しようとライアはレーザーや弾ではじくも、何発か通してしまい服や肌を貫かれる。

 その都度赤いエフェクトが荒々しく飛び散っては、蒸発するかのように消えていく。


 だがライアには『再生の光』がある。

 体を青く発光させると、その一瞬にして傷が初めからなかったかのように治っていく。


「!」


 刹那、背中を突き刺すような嫌な気配を感じ共にライアが前に飛びのいた。

 さっきまで首があった場所に刀が振りぬかれる。

 目の前には躱されたというのに、依然表情を一つとして変えず、二撃目を振るってくるピジョン。


 相手を倒せば倒すほど、力を吸い取り強くなるライア。

 その力故か負ける事がほぼ一つしかなかった彼女に、本来の意味での感情が生まれる。


 それは恐怖。

 速度や魔力が弱体化したところで、変わらずこっちの方が遥かに上。

 それなのにいくらレーザーを撃っても、いくら弾を撃っても、そのすべてを掻い潜り、眉一つ表情一つ、口も動かさずに急所一点で攻撃してくる、暗殺者の得体の知れなさ。

 次第に動きにも影響が現れ、足が縺れそうになる。

 その瞬間を暗殺者は逃さない。


『風魔法:疾風』


『風魔法:旋風』


 ピジョンは『疾風』で速度を上げ、足でステップを踏むようにライアの背後に音もなく這いよる。

 しかし当然、目の前どころか何度もやられているおかげでライアも学習している。


 ライアが後ろも見ずにレーザーを放った途端、『旋風』で全体重が持って行かれるほどの暴風で一気に空中へと押し上げられる。


『風魔法:風突』


 そこに小さな無数の風の槍が集中する。

 ライアの頭に流れるは一瞬の走馬灯。

 気づいたら侵略者を倒すように行動していたのに、気づいたら用済みと捨てられそうになり、気づいたら狂った人形だと恐れられた過去の記憶。


 生きたい、負けたくないライアの気持ちが、無意識に自身を杖の上に飛び乗らせ密室の空を自在に飛ぶ。


 そしていざ反撃に転じようと標的を見て、小さな球体状の道具が飛来した。

 その道具に、ライアは見覚えがあった。

 気づいた時にはもう遅く、球体はライアの眼前で部屋全体を照らせる光量で閃光。

 瞳を焼かれるような感触と共に、最後の翼すら捥がれて地上へと撃墜した。


「なんで!」


 目的が達成できずやり切れないからか、それともやり場のない暗殺者への怒りからか、床を叩き感情を込めて叫ぶライア。


「わたしは、他の人たちと同じように」


 それと同じくして地に足がつく音。

 目が見えなくても分かる。

 歩幅が小さくとも、着実に死が近寄ってきていると。


「忠告。戦う時は喋る事に力を費やすより、考える事、もしくは経験を身に付けさせた方が手っ取り早いよ。それともう一つ、なんでインちゃんの魔法少女服にあんなエンチャントしたのかな? どうせもう立てないだろうから、せめて教えてほしいなぁ~」


 近くで暗殺者のしゃがむ音が聞こえる。

 何となくだが、止めを刺せるように刀も準備しているのが分かる。

 これ以上やったところで勝ち目なんてないのだろう。

 生きようとする意志すら許されないのだろう。

 ライアは最後の最後で、真に正直な答えを口にする。


「わたしの、今の体に持っているすべての力を集約させて作った服を、新しい体で使おうとしただけ。わたしの体は人工物だから、たとえすべての力を使っても一日だけは動ける。だから」

「なるほどね~。自分を生贄にして、新しい自分の器を強化しようと考えたわけか~」


 ここでライアの命は、幕を閉じる。

 いや、もう既に閉じていた。

 もう何年、何百年前からとっくに閉じていたのだ。

 なのに外の世界に興味を持ってしまった。

 父親に教えてもらった時から、生きたいと、願ってしまった。

 でもそれは、人形の自分には許されない。


 彼女は、ピジョンはきっと、死神なのだろう。

 自分を、元の輪廻に戻しに来た死神。

 だからこうして、自分は殺されそうになっている。


 不思議と、ライアは恐怖を感じていなかった。

 全てを諦め、虚ろになった目から、一筋の線が刻まれる。

 思えば泣いたのはあの時以来。

 あれからずっと、こうして泣いたことはなかったのだ。


 かくしてピジョンは、刀をチャキッと鞘に納めた。

 ライアにとどめを刺すこともせず立ち上がり、インの元に歩いていく。


「……わたし、侵入者さんの考えが分からないよ。友達をやられたのに、止めを刺していかないなんて」


 ピジョンはインの首に腕を回し抱き上げ、「見た目通り軽いにゃ~」と溢してから言葉を続ける。


「興味が失せたってのと、魔法少女ちゃんを倒したら私たちの陣営負けになっちゃうよね~。だからだよ~」


 最後の最後まで、このピジョンという少女は、おどけた表情を崩さない。

 彼女はもう一度、力なく地面に倒れ伏すライアのすぐ近くに寄って来る。


「そうそうそれとだけど、私はわざわざ消える存在に忠告なんて無駄な事はしない主義なので~。インちゃんと友達になった事感謝しなよ~」


 それだけを言い残すと、ライアは眠っているインを連れてその場から消えていった。

 最後に残ったのは魔法少女だけ。

 心身ともにズタボロにされた彼女は、まさに気まぐれな嵐に会ったかのようなやるせない表情で、ピジョンの去った道を見つめていた。

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