ピジョンの実力 2
「ええっ!? まだやるの」
もう終わりだと考えていたインに、再び緊張感が走る。
あの流れは誰だって、終わりだと受け取ってもおかしくないはずだ。
だがさらに考えてみれば、相手はピジョン。
結果的にプレイヤーの多くに嫌われている彼女が、普通の行動をとるわけがなかった。
「もちろん! さぁ、私はインちゃんと戦ってみたいという行動を、インちゃんに証明している最中だよ。インちゃんもライアを助けに行きたいなら、私という山を乗り越えて見なよ!」
言い終わるが早いか、ピジョンは初速で駆け抜けた。
アンとミミを素通り。
インに距離を詰めると、光の軌道を描いて横一文字に腕を振るってくる。
首めがけて放たれた、急所の一撃。
さっきまでならインは、やられていただろう。
だが今は違う。
なんせ、頼りになる虫が二匹もいるのだから。
アンが頭を丸めこむと、ピジョンに向けて発射する。
ピジョンは忍び刀の動きをそのままに足で重心を動かし、その場で回転してインではなくアンに狙いを変える。
だが研ぎ澄まされた凶器がアンを掠ることはない。
当たる直前、ミミが触手でアンをはたいて空へと持ち上げたからだ。
仲間の攻撃にダメージは発生しない。
ピジョンの忍び刀はミミの触手を飛ばせば、もう一本の触手を上空に足場ができるようアンに伸ばす。
アンは足の広さの都合上、立つことはできないが、代わりに同じ要領でピジョンへ向けて飛ばしてもらう。
「へぇ~、虫のくせにとんでもない動きをするにゃ~。運営が虫イベント作って他プレイヤーに迷惑が掛かったらインちゃんのせいね~」
言いつつ体をずらしてアンを余裕の表情で避けると、ピジョンは手裏剣を取り出し投擲。
「ピジョンちゃん。虫のくせにって何?」
無感情で絞り出すようにインが呟くと、ピジョンは不敵な笑みを浮かべてくる。
インは走り出しアンを間一髪で抱き上げると、代わりに手裏剣を肩に受けて赤い花を咲かす。
「いやぁ~、一寸の虫にも五分の魂っていうけど、基本雑魚だからついね~。だいたいのゲームだと最初の町くらいにしかいないし、いたとしてもクモとかでアリはいないからね~」
「アリちゃんが束になればクモちゃんにだって勝てるんだよ!」
わざとらしく手裏剣の刃部分を持ち、ゆらゆら揺らして嘆くピジョン。
インは声を荒げて反発してから、腕の中からアンを開放する。
そこからアンは、ほとんど使えない視力を使ってピジョンの出方を窺うように回る。
「それ結局一匹じゃ何もできないってことだよね。集団で一匹を取り囲んで攻撃してるし。アリは二割の比率でサボるようだしね~」
ピジョンはアンとミミの行動に意識を半々ずつ分けて、注意深くナイフを構える。
「働きアリの法則は違うよ! あれはみんな一生懸命働いちゃうと、みんな疲れて動けなくなるから長期間仕事できるように休憩している。一種の団体行動なんだよ! それよりなんで今その話題!」
ミミの触手がピジョンへと伸びる。
今度も同じようにピジョンが切り落とそうとすれば、直前で動きが変わる。
ピジョンの股下を、トンネルのように駆け巡る。
さらに他の触手も同じようにピジョンを囲うように伸ばしていき、鳥かごにしてから徐々に距離を縮めていく。
「いやぁ~インちゃんは外から指示を出すだけで、一匹でもやられない限り一向に働かないからさ。ついそういう法則に基づいているかと思ってね~」
さらにその中を、何度もアンが触手をトランポリンにして跳ね回り、的確にピジョンとの距離を詰めていく。
「ミミちゃん。残った触手を地中に埋めて!」
「フムフム。そうやって裏をかこうとしているのかね~。でもでも~、声に出すのは減点だよ~」
お道化てはいるが、ピジョンが何かをしてくる気配はない。
刻一刻と鳥かごは小さくなる。
アンの速度も目で追うのがやっとになったところで、ピジョンは口元をゆがませる。
「これでおしまい!」
「い~や、まだだよ。インちゃんにしては面白い戦法を考えたよね~。でも!」
『風魔法:風刃』
ピジョンが何も持っていない手を振りかざすと、若干緑がかった透明な風の刃が次から次へと直線を描いて飛び出す。
そしてスパスパと、触手を両断していくではないか。
「ずるい!」
「ずるいと思うなら、インちゃんも魔法覚えようよ。むしろエルフの方が適正上だよ」
ここでインは、ピジョンができるだけ攻撃アビリティを使わないよう手加減していたことに気づいた。
きっと弱いからこそ、簡単にはやられないようわざと使わなかったのだろうと。
獲物を逃がさないとばかりに迫って来ていた触手の間に突破口が出来ると、鳥かごの中のピジョンは地を蹴って飛び出した。
「まだまだ想定通り!」
インは当初の予定通り水の入った瓶を投げつけ、ピジョンに向かって走り出す。
『風魔法:旋風』
ピジョンの手から上空へと塵や瓦礫を舞い上がらせる竜巻が巻き起こる。
アーチを描いて飛来してきた瓶にヒビを入れ、内容物を飛びだたせる。
「まだまだ! アハハ、意外と面白いよインちゃん!」
「こっちは全く面白くないよ!」
ピジョンが面白そうに笑みを浮かべ、ミミに一歩踏み出してナイフを振るう直前、地中から触手が伸びてくる。
だがやはりピジョンに当たる気配がない。
そのはず、一時的に加速できる『風魔法:疾風』を使用したからだ。
走れば目に映らず、風圧をまき散らすピジョンは、まさに風そのものとなっている。
「ワンパターンだよインちゃん。ちゃんとミミちゃんの触手で出来るアビリティとか確認しなくちゃ」
「それは後で!」
そこに限界近くまで触手間を跳ね、速度を溜めたアンが射出。
インの目には、もう何かが走り抜けた跡すら感知できないほどの捨て身の一撃。
しかしそれすらもピジョンは、つま先に力を込めてその場でターンし、軽やかに躱して見せる。
それどころか『風魔法:風刃』を飛ばし、アンを戦闘から離脱させた。
「あはは、やっぱ魔法があると便利だにゃ~」
「少しは手加減してよ」
「これでも結構手加減してるんだけどね~。分かった、もう魔法は使わないよ~」
ピジョンは手をひらひらと動かすと、一度地を蹴っただけでインに肉薄してくる。
その速さたるや、まさに疑似的高速移動。
宣言前に使った『風魔法:疾風』をそのままに、一切の慈悲なく、ピジョンはインを貫いた。
インの手から、魔物の剣が零れ落ち、カン、カラーンと地面に乾いた音を響かせる。
ピジョンは忍び刀を引き抜こうと力を籠め、――抜けない。
「――えっ、なにしてるのインちゃん!?」
ピジョンから驚きの声が漏れる。
インは体に突き刺さった忍び刀をそのままに、ピジョンの腕を掴んでいた。
どれだけ苦しかろうと、ピジョンが腕を振っても、インは手に力を込めて放さず進んでいき、ピジョンの背中に腕を回す。
「肉を切らせて骨を立つ、だよ。ピジョンちゃんと戦っても、一生当たらない気がしたから、私が弱いなりに考えた結果だよ」
「よくやる~。ゲームっていっても、体には突き刺さっている感覚があるのに。でもでも~」
ピジョンが不敵に笑うと、掴まれていない手でインのわき腹を内側から擽った。
指が這うむずがゆい感触。
身震いして目を閉じそうになるが、それでもインは強い決意を持って腕を放さない。
「ミ、ミミちゃん。今だよっ!」
「ムフフ~、涙目インちゃんカァッワイイ~! っと、そうじゃなかった」
顔と顔がすぐ近くにあるせいか、インのくすぐったさをこらえ目に涙を浮かべる姿に一瞬気を取られたピジョンだが、時すでに遅し。
地中から触手が突き出ると、ピジョンの足に巻き付く。
そして一本、また一本と巻き付いていき、ピジョンの四肢がすべて拘束された。
「ミミズってアリと違ってにおいとか分からないよね? 視覚もない。聴覚もない。良くそれでインちゃんと私の位置を特定できたね」
「か、ひゃう、簡単だ、よ。ミミジュー!! って、体中に感覚細胞があっって、これらで触角、と味覚、そして光をか、感知できるんだよ。後は、私の足にも触手が結んーであるから場所特定。そろそろ擽るのやめて~!」
インのネタ晴らしに、ピジョンが目を向けてみれば確かに触手が巻かれている。
それも地中からではない。
地上からずっと遠回りして巻かれている。
「いつ巻いたの?」
「いつウンッッ!! って、触手の鳥かごを作っていた時、かな」
そう、アンは囮だったのだ。
高速で動いてピジョンの目を誘い、ミミの触手を隠した。
そこから説得でピジョンの魔法を封じ、さらに何もしないのを変に思わせないように自分も水で攻撃を行った。
全てに納得したような表情半分、してやられたなという表情半分、ピジョンは忍び刀を手から落とす。
それを確認すると、インはミミに一言礼を述べてからピジョンの身柄を解く。
「さ、私と戦って勝つまでしたんだから。当然分かってるよね~?」
「そ、その前に息を整えさせて。ふぅ、うん分かってるよ! ピジョンちゃんもいい?」
「フレンドだし負けたからね~。敗者は勝者に従うのみ~」
ピジョンはこうなる事が分かっていたかのように口元をにやけさせると、ナイフを拾い鞘に納める。
目指すは傷ついている魔法少女の元。
二人と一匹は目的地に向かって駆け出していった。
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